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3 もう一つの結末


 その場にいるのは管理者と思しき遺跡の主、そして侵入者であるフォンシエとフィーリティア、ミルカ、彼が呼び出した数名の女神の従者である。


 両者が対峙して緊張感が高まる中、フォンシエは相手をつぶさに観察する。

 神の力を用いても内部の状態が把握できなかったため、目視によって情報を得るしかない。


 全身は装飾のない銀の鎧に包まれており、肌は一つとして見えるところがない。全長は大人をはるかに上回る。かなりの強度があるらしく、並の攻撃では傷つかないだろう。


 そして神の力の干渉をも遮る能力があった。 


 なにより圧倒的な存在感を放っていたのは、手にある一振りの大剣だ。刃渡りは長く、フォンシエの剣の軽く倍はある。


 常人ならば剣の間合いに入る前に、その大剣によって叩き潰されてしまうだろう。

 こちらも神の力を用いても情報はほとんど読み取れず、管理者が作り出したものに違いない。あれは神を殺すための武器だ。


 隠しきれない力の余波を浴びながらフォンシエは努めて冷静に問う。


「突然の訪問、失礼しました。外部から連絡を取る手段がなかったため、このような手段を取ったことをお詫びします。俺はフォンシエ。――侵食神を討ち滅ぼした者です。話がしたい」


 鎧からは戦おうとする気配が感じられなかったため、会話が成立するのではないかと考えたのだが、返事はない。


 そもそも、向こうから連絡する意思があれば、遺跡に接近した時点でコンタクトを取ってきただろう。


 そうしなかったのだから、干渉することを避けていたと考えるのが妥当なところだ。


(もし、対立したのなら、そのときは――)


 フォンシエは剣を握る。


 しばしの沈黙。そして――


「貴公の動きはすべて認識していた」


 鎧はフォンシエの使う言語で返してきた。

 その声音には無機質な響きがあった。


(……まさか見られていたとは。やばいな)


 察知されているとは思っていなかった。フォンシエが普段、神の力を使っていなかったのもあるが、気取られないようにする技術があるということだ。


 いつから見張っていたのかは不明だが、少なくとも遺跡に入ってからのことを言っているわけではないだろう。


 かなりの実力者である可能性が高い。

 もちろん、これがブラフでなければ、の話だが。


 相手の顔は鎧に隠れており、表情は読めない。


「望みは世界の支配か」

「そのような大望はありません。ただ……この遺跡が、地上の者たちに危害を及ぼす可能性があった以上、放ってはおけなかったのです」

「遺跡を調べさせてください!」


 会話を遮ってミルカが飛び出そうとするのを、女神の使徒が慌てて押さえた。そしてミルカの口を封じ、「申し訳ございません」と謝罪を口にした。


(女神の使徒をも出し抜くとは、やるじゃないか)


 いや、そもそも、この大事な場面でやらかさないでほしいのだが。

 そのとき、不意に雰囲気が和らいだように思われた。


「人間の子よ」


 鎧がミルカを中心に捉えると、女神の使徒も渋々、彼女の口から手を離した。


「はい! 探検ですね、ありがとうございます!」

「残念だが、その願いは叶えられない。私にその権限はない」

「そ、そんな……!」

「私にできることはただ一つ。この遺跡を守護することのみ。己が願いを叶えたくば、私を打ち倒してゆくがいい!」


 鎧が初めて動き、大剣を構える。もちろん、対象はミルカではなく、フォンシエのほうだ。


 その姿を見て、フィーリティアがフォンシエに視線を向ける。


「フォンくん、どうするの……? できるのが守護することだけなら、戦わなくてもいいんじゃない?」

「弱気になっちゃダメです。遺跡を調べましょうフォンシエさん!」

「もう、ミルカちゃんはちょっと黙ってて」


 フィーリティアに言われると、さすがのミルカも口を噤んだ。


 フォンシエはその場から動かずに、鎧を見つめる。


(ミルカじゃないんだから遺跡自体に興味はないが……危険がないとも限らない)


 なにより、彼には引っかかることがあった。


「あなたは……管理者ではないのですね」

「なにゆえそう思う」


「管理者には元々人工知能が備わっている。その人格によって、争いにどこまで関わるのか、行いも変わってくるが、あなたの様子を見るに律儀な模様。そして遺跡の守護しかできない……というのは、誰かに命じられたから。つまり、すでに管理者は打ち倒され、その勝者の支配下にあるということだ」


 女神の使徒が今、フォンシエの指示に従っているように、この鎧もその命令で動いているに違いない。


 であれば、どこかにこの元管理者である鎧を打ち倒し、その座を奪った存在がいるはずだ。


「いかにも私は管理者ではない。すでに打ち倒された身である」

「ならば、あなたがここを動かずとも、あなたの支配者が動く可能性もある」

「それはあり得ぬことだ」

「なぜ言い切れるのですか」

「すでに彼らは永遠の眠りについている」


 鎧は力なく大剣を降ろした。

 切っ先が地面に落ちてガシャンと音を立てた。


「これは私の独り言であり、我が主君の命に背くものではない」


 そう前置きしてから鎧は語る。


「我が主となった種族は神々を巡る争いに勝利し、そして私を打ち倒して完全な支配下に置いた。彼らは平和を享受していたが、侵食神との争いが始まると劣勢になり、生き延びた者たちはこの遺跡に逃げ込んだのだ」


 フォンシエもまた、そういった未来を辿る可能性はあった。

 侵食神がすっかり我を忘れていたから勝利できたが、もっと早い時期に出くわしていたら、どうなっていたかはわからない。


「彼らは私に一つの命令を下した。この遺跡を守護し、何人にも手を出させぬように、と。そして彼らは遺跡の奥深くに眠り、夢の世界にこもった」


 つらい現実を逃れ、幸せな夢を見続ける道を選んだのだ。

 この鎧が打ち倒されるそのときまで。


 そして、フォンシエが戦う選択をしなければ、彼らは終わることのない夢を見続けることになる。侵食神を倒した今、この鎧に勝利する力があるのはフォンシエくらいなのだから。


 この鎧は命令に従うことしかできず、終わることのない使命を果たし続けようとするのだろう。


「――彼らはその身には余るほど、あまりにも長く生きすぎた。彼らのうち詩人であった者が今も物言うのであれば、きっとそのような言葉であろう、と私は身勝手にも推測する」


 この鎧は永遠を終わらせることを望んでいる。

 皮肉にも、撃退すべき侵略者を応援することで。


 それは元々管理者であったときから備わっていた人格による思考であろう。


(女神マリスカもまた……俺に期待をしていた)


 フォンシエはかつての女神の姿を思い浮かべた。

 あれはただのプログラムであったのかもしれないが、そこには魂があるように思われた。


 が、感傷に浸っている暇はない。すでに話は終わったようだ。

 鎧は再び大剣を構えると、勢いよく地を蹴った。


「身勝手ながら容赦願う! これより主の命に従い、侵入者の排除を行う!」


 防ごうと動いた女神の従者たちを弾き飛ばしながら鎧は迫ってくる。

 もはや戦うしか道はないだろう。


 鎧にとっても、真実を話した以上、フォンシエにその責任を果たしてもらわなければならないのかもしれない。


「勝手に人様の寝所に押し入った身だ。文句を言う権利などないさ」

「それは僥倖! さあ、果たし合おうぞ!」


 接近とともに大剣が放たれると、フォンシエは神滅剣を用いて受け止める。刃が交わり、そのエネルギーを持て余して光を飛び散らせた。


「フォンくん!」

「やるぞ。俺たちはこの先に進む」


 それこそが侵食神を倒し、この場所を訪れた責任の取り方だろう。


 なにが正しいのかはわからない。だけれど、立ち止まっている暇はなかった。


「女神よ、今一度俺に力を!」


 彼の呼び声に応じ、女神の光が剣を包み込む。

 鎧もまた吠えるとともに、大剣に力を込めた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

本日、新作「最強騎士団長の世直し旅」が発売されました! こちらも是非お手にとってみてください。

よろしくお願いします!

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