2 遺跡の奥へ
「さて……どうしようか」
フォンシエが遺跡の扉を見つめつつ呟くなり、
「突入です!」
ミルカが飛び出した。
「いや、待てよ」
「ふぎゃっ!」
フォンシエはミルカの尻尾をむんずと掴むと、走っていた彼女はつんのめった。
尻尾がピンと伸びきって、それでもジタバタと前に進もうとする根性だけは認めてやってもいいかもしれない、なんてフォンシエは思うのである。
「なにするんですかフォンシエさん」
「こっちの台詞なんだけど。中になにがあるか、まだわかってないんだぞ」
「だから調べるんじゃないですか」
「計画を立てるとか準備があるだろ」
「そうは言いますが、神の力を使っても外から中の情報がわからなかったわけですから、どうしようもないです。調べるしかないんです、さあさあ、早く早く」
フォンシエの手の中で灰青色の尻尾が暴れ狂う。
もう興奮を抑えきれないらしい。
「仕方ない。行くか。いいか、不審なものがあったら――」
「わかってますよ。……調べるしかないですね!」
「用心しろって言ってるんだよ。まったく……」
フォンシエが肩を落とすと、フィーリティアが視線を向けてくる。
「私がミルカちゃんを見てようか?」
「いや、ティアは周囲を警戒していてほしい。ミルカのお守りは――」
フォンシエが女神マリスカの力を用いると、神器、神滅剣が現れる。美しい輝きは、神を切ったときから衰えていない。
剣を天に捧げると、女神マリスカの従者である翼の生えた女人が幾人も現れる。彼女たちは今、フォンシエの命に従って活動している。
あらためて神との戦いとなったときは、その剣をもって活躍してくれることだろう。その身に纏った女神の光は美しく、神々しさとともに力強さを感じさせる。
そんな従者たちを見つつ、ミルカは呟いた。
「フォンシエさん、こんなときにまで美女を侍らせるなんて……権力を持った男はやることが違いますね……」
「なに勘違いしてるんだ。というか、ミルカのお守りのために呼んだんだからな」
「そこまで接待されるとは思ってもいませんでしたが、なかなか楽しそうな遺跡ツアーの始まりですね!」
ミルカがはしゃぐと、フィーリティアが呆れる。
「えっと……この人たちは、女神様の従者さんなんだよ」
「そうなんですか。ぜひぜひ、体を調べてみたいですね!」
「ええ……」
彼女の反応に、フィーリティアは苦笑い。
フォンシエはミルカをまじまじと眺める。
「ミルカは壁の中に住んでいたわけじゃないから、信仰心もないんだろ」
「あ、そっか」
「といっても、普通は女神と聞いたら畏敬の念くらい抱くものだと思うけど……」
「ミルカちゃんだから仕方ないよ」
「そうだな」
「お二人とも、早く行きましょうよ」
うずうずするミルカが扉に触れようとするなり、フォンシエが視線を向ける。従者たちがパッと飛びつくと、ミルカを抱っこする。
赤子さながらに腕の中で丸くなっている彼女は、ついぼやく。
「あの、護衛というのが、思っていたのと違うんですが」
「お守りって言っただろ。じゃあ肩車にしようか」
「わあ、いいですね! ……って、そうじゃなくてですね。これでは私が自由に探索できないじゃないですか!」
「自由にさせないためにそうしてるんだけど」
「フォンシエさんはひどい男です! こんなに面白そうな遺跡を前にして我慢しろだなんて!」
ぷんぷんと尻尾を逆立てるミルカを放っておいて、「さて、扉をなんとかするか」とフォンシエはフィーリティアとともに動き出す。
扉はかなり厳重に守られているらしく、神の力を使っても構造はさっぱりわからない。
これをこじ開けるのは、開いてはいけないものに手を出してしまう予感もあった。
が、なんにせよ、野放しにするわけにもいかない。
「さあ、開けよう」
「歴史的な瞬間ですね! さあ、なにが出てくるのでしょうか! わくわく!」
「フォンくん、大丈夫?」
「ああ。任せてくれ」
フォンシエは扉を見据えると、神滅剣を振りかぶる。
そして管理者の力を上乗せすると、剣は輝きに覆われる。そして――
ズゴォオオオオオン!
剣の一振りとともに、扉は木っ端微塵になった。
「ああああああああ!」
ミルカが絶叫し、大暴れするも、従者の腕からは抜け出せない。
「この歴史的に大事な建造物を壊すなんて!!!!!! なんてことを!!!!!!」
「案外薄かったみたいで助かったな」
「取り返しのつかないことをしたんですよ!? 自覚はないんですか」
「中の様子がわかるようになったけど……反応はないな。てっきり、迎撃のための措置が働くと思ったけれど」
「なんてことをしてくれたんですか!! ああ、私の遺跡が――」
「フォンくんだもの。仕方ないよ。それにミルカちゃんの遺跡じゃないと思うよ……」
しまいには泣きわめき始めたミルカであるが、フォンシエたちとともに遺跡の中に入ると、
「このよどんだ空気がたまりませんね」
なんて言いながら興奮し始めた。
「神の力で息ができるようにはしてるから、心配はないぞ」
「では遠慮なく堪能します。すーはー、ふへへ……」
「うわあ……」
仄暗い通路ははるか遠くまで続いている。
彼らの足音だけがコツコツと響き、それ以外に動くものはない。
フォンシエは壁に触れると、神の力で調べてみる。
「……やっぱりこの材質は、俺たちのいた世界にあった遺跡と一緒だ」
「じゃあ、ここにも管理者がいるってこと?」
「その可能性は高いね。侵食神の記憶を探ってみても、この遺跡に関する情報はなかった。だからおそらく、この遺跡は俺の世界ともミルカの世界とも違う世界のもので、そこでも神の力を巡る争いが終わって世界を取り囲む壁が崩壊した。それから同様に争いに勝利した侵食神との戦いになって敗北したものの、遺跡だけは気づかれることなく放置されていた……ということじゃないかな」
「つまり人々は侵食神に食われても、遺跡だけは手つかずのまま残ったってことですね! 楽しみです!」
「あれ? でもフォンくんが管理者を倒したときの遺跡は世界の壁と一緒に崩壊したけど……」
「たぶん、壁と遺跡の崩壊のトリガーは別なんじゃないかな。壁は神の争いに決着がついたとき、そして遺跡は管理者が討伐されたときに崩壊するんだと思う。だからここには管理者が残ってるんじゃないかな」
フォンシエはすべての神を滅ぼし、同時に管理者をも打ち倒したため、その両方が発動しただけだろう。
侵食神も同様の行いをしたようだが、この世界の勝者は管理者には挑まなかったようだ。
あれこれ考えていると、ミルカの狐耳が立った。
「そういえばフォンシエさん、侵食神が管理者を倒した遺跡もあったはずですよね。崩壊しているとはいえ、跡地くらい残っているはずです。見に行きたいですね!」
「その話はあとでな」
「はい! この三つ以外にも遺跡がある可能性も合わせて! あとでたーっぷり! 語らいましょう!」
「それはそれで遠慮したいな」
ミルカの話に付き合っていたら、探索が進まない。
フォンシエは遺跡の奥へと向かっていく。
挟み撃ちにされないように、どこかに隠し通路がないかと調べるも、そのような機能はないようだ。
ひたすらに続く一本道をずっと歩いていくと、扉が見えてきた。
外から全体を把握した限りでは、ここがおよそ最深部となる。
何事もなく来てしまったせいで、やや拍子抜けする感じだが、フォンシエは扉に手をかけると力を込める。
今度は抵抗もなく、あっさりと扉が開いた。
その向こうに現れたのは――
「やはり、管理者がいたか」
フォンシエは剣を構え、相手を見据える。
ミルカを連れた女神の従者が下がり、それ以外の従者がフォンシエを守るべく前に出た。
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