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16 オーガの巣

 兵たちは言葉を発することもなく、ゆっくりと進んでいく。

 交戦すれば自ずとオーガは叫ぶだろうし、そうなればほかのところからも集まってくることになる。


 だからせめて、剣を交えるまでは引きつけないでおきたかったのだ。


 訓練されていることもあって、兵たちは一様に押し黙っている。

 不安にもなれば、誰かにその内心を吐露してしまいたくなるものだが、誰もが目線や小さな仕草だけでやりとりをおこなっていた。


 傭兵たちもオーガ討伐で諦めなかった腕に自信のある者がほとんどゆえ、ざわめいてもいない。もちろん、オーガ相手に緊張しているのは確かだが。


 そしてフォンシエは、といえば、むしろ逆に落ち着いていた。

 なんせ彼の周りにいる者たちは、震えている者のほうが多いくらいだ。かろうじて声を上げていないだけ頑張っているとも言える。


 そんな者たちがいるせいで、びくびくしているのが滑稽に見えてくるのだ。


(……とはいえ、これじゃあオーガが来たら逃げ出しそうだな)


 そうなったとき、一人で戦うのもなんだか心許ない。


 フォンシエはいざというとき、紛れ込む場所を探しておく。兵は皆が同じような装備だが、傭兵たちのそれには如実に経験が表れている。


 ある程度慣れてきた者は装備が必要以上にごてごてしていることが多く、逆にベテランともなれば必要な最小限でうまく整えている。新人はそもそもろくな装備がない。


 集団で見ればそれだけでどの辺りに強い人物が集められているのかわかってしまう。


(あそこがいいな)


 割と前方のほうに、そういった人物が多く集まっていた。

 前ならば戦いも増えるが、ろくに戦えない者に混じるよりは安全だ。


 そんなことを考えていると、兵たちがいくつかの隊に別れていく。どうやら、職業に応じてバランスよく割り振っているようだ。


 そして傭兵隊を預かる兵たちがやってくると、続いて調査を行うことになる。隊長は大剣を背負った人物だ。戦士か狂戦士だろう。


「では、これから傭兵隊も調査に向かう」


 寄せ集めということで詳しい作戦はない。しかし、戦力的には期待されているようだ。もしかすると、上位の職業を持つ人物も紛れているのかもしれない。


 他の部隊が散り散りになっていくと、フォンシエたちも岩場をせっせと進んでいく。オーガの住処というのは随分高低差があるようだ。


 といっても、人の倍も身長があるオーガからすれば、たいした差ではないのかもしれないが。


 深く行くにつれて、臭いがきつくなってくる。


(うっ……こりゃあひどい臭いだ)


 漂ってくる空気だけで気持ちが悪くなる。おそらく、オーガが糞などをそのまま放置しているのだろう。


 森ではなく岩場なので、それを処理する小さな生物たちもいないのかもしれない。


 誰もが顔をしかめ鼻を押さえる中、先頭にいた兵たちの様子が変わる。どうやら、近くにオーガがいる可能性があるようだ。


 誰もが緊張感を高め、音を立てないように進んでいくと、やがて一本道になった。これでは挟撃される危険があるが、ほかに道はない。


 途端、地響きが生じた。


「ひぃっ!」


 フォンシエのすぐ近くでは声を漏らさずにいられなかった者のほうが多い。

 しかし、それは遠方から聞こえてきたものだから、襲撃によるものではない。


 先に決められておいた方針は、基本的に奇襲ができるなら、魔術によって仕留めていくというものなのだ。


 オーガの厚い皮を考えれば妥当な作戦だが、気づかれている場合は戦わねばならないし、そのような状況では魔術も使いにくい。


 そしてひとたび音を立ててしまえば、無防備な姿を晒している敵などいなくなるはずだ。


「ここに半数を残し、それ以外で探索を行う」


 兵数人と傭兵の半分を警戒に立たせておき、残りの者は先へ。フォンシエもどうでもいい者たちが集まる後方に交じり、調査に参加することになった。


 立て続けに数度大地が揺れる中、傭兵の隊は進んでいく。


 やがて、先頭を行っていた隊長が息を呑む。岩陰の向こうに、枝葉を取り払った木々が無造作に転がっているのが見えてきたのだ。


 それはオーガがねぐらとして使っているものだろう。巨大なベッドの中には干し草が敷き詰められ、巨大な鬼が寝ているに違いない。


 すでに爆音で目を覚ましているだろうから、近くを歩いている可能性がある。


 警戒しつつ彼らは、そちらへと進んでいく。そして視界が開けた途端、息を呑んだ。


「やつらはどこに行った……?」


 爆音に目を覚ましたとしても、そこらで警戒しているはずだ。

 しかし、その近くにオーガの姿は見えない。


 誰もがその姿を探す中、後方にいたフォンシエがはっとする。


(……どこだ? なにかがいる――!)


 前方にいる狩人たちが気づいた気配はない。ならば――!


 見上げたフォンシエは、そこに影を見つけた。


「上だ!」


 彼の声とともに、後方の集団に影が落ちる。迫ってくるは、青い巨体。オーガだ。


「ひぃ!」

「うわああああ!」


 絶叫が上がるが、彼らはうまく動くことができなかった。誰の目にも戦い慣れていないのは明らか。


 しかも彼ら目がけて飛び込んでくるのは、ただの一体ではない。初めのオーガが飛び出した横穴から、まだ数体が続く。


 潰れる音を立てて、十数名がオーガの巨体の下敷きになった。ろくな鎧も着けていない者は、それだけであっさりと内臓をぶちまける


「ガアアアアアアアア!」


 上がる咆哮に震える者もあれば、後じさりする者もある。

 そして、切り込んでいく者も。


「せいっ!」


 勢いよく剣を振るうのはフォンシエただ一人。全力の踏み込みは、飛び散った臓物をも潰していく。


 そして刃がオーガの足を全力で切り裂くと、鬼の巨体が傾いでいく。

 下敷きになった一人がうめくも、すぐにオーガが暴れると、バキバキと音を立てて静かになった。


 その間にも傭兵たちは動き、オーガの周りには人がいない空間ができあがっている。闘いに不慣れな者たちは、オーガから逃げたのだ。


 が、それも束の間。

 すかさず飛び込んできたのは、腕利きの傭兵。そして彼らを率いる兵たちだ。


「ふん!」


 気合いとともに剣が放たれるたびに、オーガが一体二体と倒れていく。

 そして多くが膝をついたのを見るなり、一人が叫ぶ。


「魔術で仕留める! 待避しろ!」


 その言葉とともに、傭兵たちが一気にぱっと飛び退いた。それを確認するなり、魔術師たちがオーガを睨んだ。


 途端、オーガたちを包み込むように魔力が高まる。

 そして逃げ出すよりも速く、統一感もなくまばらに爆発が起きた。


「グオオオオオオオ!」


 煙の中からすさまじい怨嗟の声が聞こえてくる。

 フォンシエは離れたところから煙の中をじっと見据える。まだ、生き残ったものがいるかもしれない。


 ぐっとのめり込むように見据えた瞬間――。


 煙が吹き飛び、飛び出してくる個体が一体!


 先ほどフォンシエが切ったオーガだ。それは片足を引きずりながらも、彼を殴り飛ばさんと拳を振り上げる。


「グガアアア!」


 放たれる一撃に、フォンシエは軽く飛び退く。

 そして反撃の機会を窺っていると、オーガが仰け反った。そして倒れていくと、その後ろにいた人物が明らかになる。


 オーガに大剣を突き刺しながら佇むのは、この隊の隊長だ。


 手負いのオーガとはいえ、それをたった一撃で打ち倒す膂力など、フォンシエにはない。鬼神化のスキルを使えばあの大剣も振り回せるだろうが、一瞬しか使えないため、持ち運ぶことも難しい。


 やはり上位の職業の、それも熟練の兵と比べると、村人ではどうしても力に劣る。


「これですべてか」


 抑揚のない声で隊長が告げると、他の兵がオーガの肉体が消えて魔石が残るのを確認していく。


 隊長は倒したばかりのオーガの魔石を拾い上げると、フォンシエのところに向かってくる。


 つい身構えてしまった彼に、隊長はこれまた抑揚のない声で告げた。


「これは君にあげよう。それが相応しい」

「……ありがとうございます」


 褒められたフォンシエは、魔石をもらうと袋に突っ込んだ。


 あのような人物に認められたことは嬉しいし、集団戦でも立ち回れたことに安堵もする。けれど、それ以上に彼の胸中を占めていたのは、憧れと不甲斐なさだった。


(俺も、あれくらいできるようにならないと。そうじゃないと、フィーリティアに追いつくどころじゃない)


 フォンシエはより具体的な強さを知り、直近の目標を修正する。

 まずは上位職業の者に追いつく。だけど、それで満足しているようじゃだめなのだ。


 ぐっと拳を握ると、フォンシエは一つ息をつく。


(よし……!)


 それで意識は切り替わり、今は余計なことを考えず、この土地から生きて帰ることに専念する。


 視界の隅には、オーガが消えて潰された者たちの姿がよく見えるようになっていた。

 気を抜けば、いつ自分がああなってもおかしくない。


「分割した隊と合流する」


 隊長が歩き出すにつれ、者どもが移動し始める。

 フォンシエも気合いを入れて歩き出した途端。


 その先から、絶叫と咆哮が聞こえてきた。

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