1 外の始まりと新たな問題
前回までのあらすじ
フォンシエはすべての神を統一する存在「管理者」との戦いに勝利した後、世界を覆っていた壁の外に出発した。そこでは別の神である「侵食神」が地上すべてを飲み込もうとしていた。
外の住人であるアートスやシーナ、ミルカたちの話を聞き、フォンシエは彼らをも救うことを決意する。
やがて侵食神との戦いに勝利したフォンシエは、平和になった世界で、今度は人々の手伝いでもしようか、と考えていた。
早朝、フォンシエはフィーリティアとともに荒れ地に来ていた。
一見するとなにもない土地であるが、ここには大勢の人の思いが眠っている。侵食神がかつて、人類を飲み込んで滅ぼしてしまった場所なのだ。
(……大切な町だったんだ)
侵食神が飲み込んできた人々の記憶を探ると、かつての美しい街並みの光景が、荒れ地に重なった。
鮮やかな色合いの屋根、流れる川、青々とした街路樹。
それらはもう、同じには戻らない。いや、神の力を用いれば、そっくりそのままの町を再現することも可能だっただろう。しかし……。
「さて、どうしようかな」
「元どおりの町を作るの?」
「前と同じように過ごして欲しい、とは思うけれどね。いなくなった人たちは戻ってこないから。家だけあっても仕方ないだろ?」
誰もいない空き家が多くあれば、心の中にもぽっかりと空いた穴だけが残ってしまう。きっと、いつまでも彼らの空虚な存在がつきまとうだろう。
亡くなった者たちを思い返すのは悪いことではないが、生者には生者の人生がある。これから続いていく未来があるのだ。その足を引っ張ってはいけない。
だから、作るのは生きている者たちのための新しい町だ。それは自分たちの手でやらねばならないこともである。
「とりあえず、自然だけを戻そう」
フォンシエが手をかざすと、植物の神の力が発動する。
荒れ地に種がまかれるとあっという間に芽吹き、豊かな緑色で覆われていく。もはや荒れ地だったとは誰も思えないくらいだ。
それから土の魔術を用いて道を舗装し、水の魔術ですっかり枯れた川に水を流していく。
「畑を耕せるように、微生物も準備しないとな」
「……そんなことまでできるの?」
「侵食神が飲み込んだものが、そのまま蓄えられていたからね。元に戻すだけだよ」
フォンシエがせっせと働く姿をフィーリティアは眺めるのだった。
日が上り始めた頃になって、人々がやってきた。彼らがこれから、自分たちで建物を建てて、町を作っていくことになる。
美しい大地に歓声を上げる彼らを見つつ、フォンシエは呟く。
「そういえば都市計画は立てていなかったね。ああ、でも俺はそういうのはわからないや」
「神の力の中に、そういう知識はないの?」
「あるけれど……それじゃあ、彼らの町じゃなくて、神が作った町になる。あくまでも、住む人たちが考えることなんだ。それに……なにか手伝おうかとも思ったけれど、大丈夫そうだ」
仮の家を作るべく働き始めた人々の様子を窺いつつフォンシエは、とりあえず今日の仕事を終えるのだった。
木陰に二人並んで座って休みつつ、活気溢れる声を聞く。
そうしていると、フィーリティアの楽しそうな顔が見えた。
「どうかしたの?」
「フォンくん、変わったなあって思って」
「そうかな? 例えば……どの辺りが?」
「前はいつだって、どこか焦っていたように見えたから。今はのんびりしてるよね」
「あのときは魔物がいたから、生きるので精一杯だったんだ。……というか、そのときから穏やかだったと思うけれど」
フォンシエの言葉にフィーリティアは首肯することもせず、にこにこと笑うばかり。
だからフォンシエもまた、「……あのときは、戦いばっかりでごめん」と謝るのである。
「これから平和を満喫しようね」
フィーリティアがそっと彼にもたれかかる。
と、そのとき、騒々しい声が響いてきた。
「フォンシエさん、フォンシエさん!!」
大慌てで駆け寄ってくるミルカの灰青色の尻尾は激しく揺れている。いつもの数倍揺れている。目を輝かせながら大興奮だ。
町の人たちはそんな彼女が横を通り過ぎると、振り返って見ずにはいられない。
フォンシエは嫌な予感がするのだった。
「なにか面倒事を持ってきたみたいだ」
「話も聞かないうちからそんなこと言っちゃ可哀想だよ」
「でも、ミルカはろくな提案しないだろ」
「それは否定しないけど……」
早速、到着したミルカは話を切り出した。
「さあ、行きましょう!!」
「……せめて説明してくれない?」
「わかってるくせに、いけずですね。もったいぶらないでくださいよ。神の力で私の心の中まで把握してるのは知ってます」
「いや、そういう力の使い方をしたことはないんだけど」
「嘘ですね。気になる女性の心の中が気にならない少年がいるわけないじゃないですか。フォンシエさんは私が大好きですし」
「男が気になる女性の心を読むものなら、まさしくミルカの心を読む理由がないんだけど」
「つまりフォンシエさんが覗くのはフィーリティアさんの心だけってことですか」
「え、えっと……そうなのフォンくん!?」
「違うって! ……いや、ティアが気にならないわけじゃないけど、そうじゃなくて……!」
フォンシエが慌てて弁明すると、フィーリティアも顔を赤らめる。
なんとも言えない雰囲気になっていると……。
「はあ。どうでもいいので、早く行きませんか?」
ミルカが呆れた顔を向けてくる。
「誰のせいだと思ってるんだ」
「フォンシエさんです」
「ミルカだろ。で、とりあえず説明してくれ」
「仕方ありませんね。以前、フォンシエさんからもらった内部構造を把握する神の力を使って地中を調べていたんです」
「なるほど。宝探しか。……なにか秘宝でも見つかった?」
「はい! 聞いてくださいよ! ななななんと! 神の力を使っても内部構造がわからない空間があったんです!」
ミルカが大興奮で告げる。
フォンシエの顔色が変わった。
「ちょっと待て」
「待っていられません! 早く行きましょうよ!」
「なんでそれを早く言わなかったんだ。神の力が通じないってことは……」
「面白いですよね!」
「ちっとも面白くない。一大事じゃないか。妨害できるってことは、神と同等の力を持っているか、あるいはさらに上位の存在ってことだぞ」
そうであれば、危険な存在が眠っていることになる。
刺激しないで放置する手もあるが、まったく調べないわけにもいかないだろう。
ミルカが行こうとする方向を探ってみれば、確かに力が通じない場所がある。かなり距離があるが、そんなところまで行っていたらしい。よほど穴掘りが大好きな狐のようだ。
「仕方ない、行くか」
「はい! 行きましょう!」
「安全を確保するために」「大冒険の始まりです! わくわく!」
フォンシエはミルカと顔を見合わせる。
「もうちょっと緊張感を持てよ」
「持ってますよ。それこそ冒険の醍醐味じゃないですか!」
「いやそういうことじゃなくて……」
「なにが出てくるんでしょうね。ドキドキハラハラです!!」
「……はあ。もうそれでいいよ」
フォンシエはうなだれた。結局、ミルカに振り回されることになってしまった。
「そういうわけで、調べに行くんだけど……」
「私も手伝うよ。頑張ろうね、フォンくん」
フィーリティアはぐっと拳を握るのだった。
それから三人はアートスとシーナのところに向かっていく。彼らは設営部隊の本部にいる。
アートスは自警団の中心になっており、シーナはそこで救護を手伝っている。
なにかあったとき、二人には動いてもらうことになるだろう。
テントの中を覗くと、せっせと働く二人がいた。
「よお、フォンシエ。今日もミルカのお守りか?」
「どうにもそういうことらしい。ミルカの宝探しに付き合うことになったんだが、結構危険がありそうでさ。どうなるかわからないから、伝えておこうと思って」
「ま、フォンシエなら大丈夫だろ。お宝を期待してるぞ」
アートスが言うと、シーナも乗ってきた。
「今月、ちょっと家計が厳しいから、売れそうなものがあったら嬉しいな」
「二人ともすっかり所帯じみてるな」
「フォンくんはもう少し、気を使ってくれたら嬉しいな。お金に無頓着なんだもの」
「尻に敷かれてるアートスさんと違って、フォンシエさんは亭主関白なんですね」
「うるさいな。無駄遣いしてるわけじゃなくて、最低限の生活をしていける金があれば十分なんだよ」
「はあ、欲がないんですね。私だったら大量のお金を手に入れて、あんな研究やこんな調査や……うへへ」
「ミルカはもう少し欲望を抑えろよ」
「我慢できないからこそ、欲望と言うのですよ」
「そりゃ本能のままに生きてるミルカだからだろ」
「さあ、行きましょう!! 衝動のままに!! 楽しみです!」
走り出したミルカを見つつ、「あとのことは頼んだ」とアートスに言い残して、フォンシエはフィーリティアとともに動き出した。
町を出ると、魔物の神の力を用いて一本角の馬、ユニコーンを呼び出した。
その背に飛び乗ると、フィーリティアも後ろに乗る。ミルカはフォンシエを見上げていた。
「どうかした?」
「フォンシエさんと違って、普通の人は巨大な馬に乗るほどの脚力はないんですけど。それに、白馬の王子様は颯爽と抱えて乗せてくれるものと相場が決まっています」
「なるほど。それは悪いことをした」
フォンシエは飛び降りると、ミルカを持ち上げる。
そして――
「ティア、パス!」
ぽいっと放り投げてフィーリティアに渡す。しっかりキャッチされたミルカを見つつ、再びユニコーンの背に乗った。
「フォンシエさん、まったくなんという扱いをするんですか!」
ミルカの尻尾が逆立つ中、
「さあ、出発だ!」
声をかけるとユニコーンは走り出す。
後ろからグチグチと小声が聞こえていたが、しばらくすると、
「うへへ……ユニコーンが動いてます。ははあ、体の中はこうなってるんですね……ふふふ、いい筋肉してますね……」
そんな不気味な声が聞こえ始めて、まだ小言のほうがマシだったと思うフォンシエだった。
ユニコーンの背に乗ることしばらく。彼らは目的地に到着した。
ミルカが指し示すところをフォンシエも確認する。
「この地下だな」
「はい! 掘り出してみましょう!」
早速、フォンシエは魔術を用いて土を取り除く。
すると、そこから出てきたのは遺跡であった。
(これは……管理者のいた遺跡と同じだ)
であれば、管理者と同等の権限を持つ構造が侵食神に飲まれずに残っていたと見ていいだろう。中に生存者がいるかどうかは不明だが……。
フォンシエは息を呑みつつ、入り口を探す。
そして間もなく、中に続く扉を見つけた。
いつもお読みいただきありがとうございます。皆様の応援のおかげで、新シリーズがヒーロー文庫から発売されることになりました!
タイトルは「最強騎士団長の世直し旅」で、最強の騎士団長フェリクスが団員のシルルカやリタと一緒にお忍びで世直し旅に出る話です。観光したり悪党退治をしたり、とても賑やかで面白く仕上がっています!
また、イラストはパルプピロシ先生が担当してくださいました。シルルカとリタがとても可愛く仕上がっています。
↓に表紙イラストを載せましたので、ぜひ見てください! イラストにピンと来た方は、本文にも満足していただけるかと思います。
6月28日発売ですので、予約してくださると嬉しいです。
逆成長チートともども、よろしくお願いします!