1 外の世界へ
フォンシエとフィーリティアは王都を旅立ち、北に向かっていた。
神の討伐後、しばしゆっくり過ごしていたが、そのときに世界を旅しようと約束したのを果たそうとしているのである。
森の中には魔物が多々見られるが、今やそれらは力を失い、ただの獣同然になっている。
神の力を得たフォンシエ、そしてその力を分与されたフィーリティアの敵ではない。
「それにしても……この力、すごいね」
フィーリティアは魔物を打ち倒しつつ、呟いた。
「神の力は元々、神使に分け与えることができるものだった。本来は手勢を増やして、他の神を滅ぼしていくのが、順当な使い方だったんだろうね。だから、特に違和感なく使えるはずだよ」
「……じゃあ、私はフォンくんの手下ってこと?」
「ち、違うよ! そういうつもりじゃ……」
「フォンくんは神になったんだもの、仕方ないよね。崇めてあげる。フォンシエ様、私めに力を与えてくれてありがとうございます」
「ちょ、ちょっと、やめてよ!」
フィーリティアがあからさまな態度で拝み始めると、フォンシエは慌てて彼女に向き直った。
と、そこで悪戯っぽい笑みに気づいた。
「……もしかしてティア、からかってる?」
「うん。本当に拝んでると思った?」
「いや、そんなことはないけれど……この力のせいで、距離が開いたらいやだなって」
「大丈夫だよ。フォンくんはフォンくんだから」
「そう思うなら、悪い冗談はやめてほしいなあ」
「最近のフォンくん、私が尻に敷いているってよく言うから仕返しだよ」
フィーリティアが頬を膨らませながら尻尾でぽんぽんとはたいてくると、彼もなにも言えなくなった。
そんな調子で進んでいた彼らは、かつて世界を覆う壁があったところに辿り着いた。
あれほど高かった壁は跡形もなく消え去っており、その向こうには荒廃した大地が広がっていた。
ところどころに草木が見えるが、ほとんど枯れかかっている。
地面は黒く変色していた。
「これはいったい……」
「フォンくん、神の力でなにかわからない?」
「おっと、そうだった」
「もしかして、ここに来る前からわかってた? フォンくんだけ知ってて、私を驚かそうとしていたの?」
「違うよ。せっかく旅なんだから、驚きも共有しようと思って、力が発動しないようにしていたんだ。でも、これはそうも言っていられないな」
彼が感覚を広げて周囲一帯に及ばせると、状況が具に把握できる。
遠くだろうと、目でみてきたよりも正確な情報が得られた。
「壁があった場所に沿って、大地の色は黒と茶色で境界ができているから、以前から変色していたと考えてよさそうだ」
「原因はわからない?」
「詳しくはね。でも、かすかに神の力みたいなものが感じられる」
フォンシエは変色した大地に視線を向ける。
目を凝らしてみれば、遠くで倒れている魔物が見える。もはや動かず死んでおり、少しずつ地面に沈んでいるようだ。この大地に巡らされている力は、生命力を吸収するものと見える。
「女神マリスカは、おそらく戦いは終結している、と言っていた。だとすれば、他の神との争いに勝利した、唯一の存在がいるはず」
「……大丈夫なの?」
「確信は持てないけれど、どうにもこの力が弱く感じられるんだよね。かなり広範囲に影響を及ぼしているようだから、薄まっているだけかもしれないけれど。管理者と戦ったときみたいな、圧倒的な力は感じない」
「隠しているだけかもしれないよ」
「気をつけていこう」
フォンシエはなにがあってもいいように、常に全力を解放した状態にする。
無数の神の力を手に入れた今、願ったことは自在にできるようになっている。とはいえ、所詮は人の身。これまでと大差ない使い方になる。
地道に探索範囲を広げて、引っかかったものを片っ端から確認。「探知」のスキルの強化版でしかない。
しばしそうしていると、魔物以外に引っかかる存在がある。
「人が三人。馬車みたいな乗り物に乗っている。後ろからゴブリンロードに追われて逃げているみたいだ」
「助けないと!」
フィーリティアが動き出そうとする中、フォンシエが続ける。
「問題が一つあって、どうにも彼らは、俺たちと違う人間みたいだ」
「外の世界の人ってこと?」
「おそらく。魔物を見て驚いているし、常識が通じない可能性がある」
「だからって、見捨てる理由にはならないよ。困ってる人を助けるための力なんだから」
「そうだね。行こうか。……あと、気になることがあって」
フォンシエが意識を傾けると、彼らの声がフィーリティアまで届くようになる。
先ほどから聞いていたのだが、その内容は……。
『わあ、あの生き物、人間に近いですね! どういった進化の過程を辿ったのでしょうか!? 人から分かれたのでしょうか? それともまったく別の生き物が、生存に有利な共通の形質を得たのでしょうか。気になりますね! 詳しく調べたいですね!!』
『そんなこと言ってる場合か!』
『はい! 今を逃したら、もう見られないかもしれないんですよ!?』
『死んだら天国しか見られなくなるっての!』
『もう、喧嘩しないでよ! なんとかしてよ!』
「……楽しそうだね」
「だから邪魔しないほうがいいかなって思ったんだけど」
「意地悪言わないの。ゴブリンロードなんて、いくらでも見られるでしょ? ほら、行こうよ」
フィーリティアに手を引っ張られて、フォンシエは駆け出した。
透明な翼で舞い上がると、漆黒の大地を眼下に見ながら、一気に目的の場所へ。
見えてきたのは、走る馬車だ。しかし、肝心の馬がどこにも見当たらない。
そして上にゴブリンロードが乗っかっていた。
「あれをどかせばいいんだな」
フォンシエが手をかざすと、疾風が生じてゴブリンロードを吹き飛ばした。
そのまま拘束してしまうと、いかにもがこうとも、体はぴくりとも動かなくなる。
「なにが起きたの!?」
慌てて荷台から顔を覗かせるのは、桃色の髪の少女だ。
その隣から勢いよく現れるのは、灰青色の尻尾と耳を持つ少女。二人とも、フィーリティアと年は同じくらいだ。
「超常現象です! あわわ、不思議なことが次から次へと起こりますね! 壁の向こうはファンタジーですね!」
「だからやめようって言ったのに!!」
二人が言い争っているところに、
「取り込んでるところ申し訳ないんだけど、ちょっといいかな?」
フォンシエがさっと割り込む。フィーリティアには少し待ってもらっておきつつ。
突如、眼前に現れた彼を見て、少女らは悲鳴を上げた。
「ひゃあ!」「きゃあああ!」
「なにもんだ! いつの間に現れた!?」
赤毛の少年が筒を持って向けてくる。
(あれはなんだろうか?)
フォンシエが読心術を用いると、どうやら魔石によるエネルギーを用いて、中に入っている弾を撃ち出す「銃」というものらしい。
つまり、警戒しているのだ。
「俺はフォンシエ。壁の中……いや、君たちからすれば壁の外から来た人間だよ。君の名前は?」
「俺はアートス、こっちがシーナ、そして――」
「ミルカです! はいはい、質問です! どうやってフォンシエさんは宙に浮かんでいるんですか!? 原理を教えてください! できるだけ詳しく!」
身を乗り出してきた少女ミルカは、灰青色の尻尾をぶんぶんと揺らす。好奇心旺盛らしい。
「おい、それより大事な話があるだろ。まずは安全を確かめるのが……」
好き勝手に興味の赴くままに動くミルカと、それに振り回されるアートスとシーナという三人組のようだ。
「敵意はないよ。質問にはできるだけ答えよう。浮いている原理だけど、俺はよく知らない。そういうスキルで浮かんでいるだけだから」
「……スキルとはなんです?」
ミルカが首を傾げる。
(おや? 知らないのか?)
壁の外にも神がいて、同様の仕組みがあると思っていたのだが……。
「魔力を使って、いろいろな現象を起こす方法だけど」
改めて考えてみると、どういうものなのか、うまく言語化できなかった。
だから、手をかざして実演してみる。
黒い地面が盛り上がり、自在に形を作っていく。
ミルカはそれを見て、狐耳をピンと立てた。
「神通力のことですか?」
「ってことは、おい、ちょっと待て。さっき『黒土』を操ったのと言い……」
アートスの顔が青ざめていく。
「侵食神じゃねえか! 逃げるぞ!」
馬車が急加速して動き出す。こちらも魔石のエネルギーを使い、車輪を回転させて動かしているようだ。
「待ってくれ。俺は侵食神とやらじゃない」
フォンシエはさっと車内に飛び込む。
アートスは口の端を固く結ぶと、銃口を向けてきた。
「くそ!」
「アートスさん待ってください! 侵食神とは限りませんし、対話可能な侵食神も確認されていません。ここで対話に成功すれば、道が開けるかもしれません!」
ミルカが叫ぶ。
(なるほど。彼女と話をするのが早そうだ)
「それに、たぶんその武器じゃ俺は殺せないよ。侵食神というのがなにかわからないんだけど、教えてもらえる?」
「いつから実在するのかは不明ですが、一節によると神話の時代からと言われています」
「ミルカちゃん、そこからじゃなくていいでしょ」
「ここが面白いところなのですが……おほん。世界中の大地を汚染し、生命が存在できない土地に変えていく存在のことです。『黒土』から神使を生み出し、通りがかる人を捕らえては食らうと言われています」
(……なるほど。「神使」など一部の用語は共通のようだ)
この外の世界を支配しているのが侵食神と呼ばれる存在で、人々はその神使に追われている、ということらしい。
「そんな危険な土地に、なんでミルカたちは?」
「もう世界の大半は黒土に成り果てましたし、希望と言えば、あの壁の向こうだけだったんですよ」
「あんな化け物がいるんじゃ、それも難しいけど……」
どうやら彼らは、神の力の加護をなにも得ていないようだ。
だとすれば、そこらの魔物相手ですら戦うことはできないだろう。
一方、神使たちというのは、そんな者たちであっても、逃げられる程度の相手ということでもある。
「つまり。その侵食神とやらを倒せば、荒れ果てた大地は元に戻るんだな?」
なんてことはなくフォンシエが尋ねると、三人はきょとんとした顔になる。考えたこともなかったようだ。
「フォンくんならやってくれるよ」
フィーリティアがすっと隣にやってくると、三人はまたしても喫驚するのだった。
お久しぶりです。
本日、逆成長チートで世界最強6巻が発売されました。おかげさまで書籍版も最終巻となりました。ご声援、ありがとうございます。
書籍でも世界を巡る謎が片づいたということで、WEB版を補完する物語の投稿を始めました。
こちらも楽しんでいただけますと幸いです。




