表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/163

エピローグ

 混沌の地の一件が収まってから一ヶ月。

 世界は少しずつ平和を取り戻してきていた。


 あれほど混沌の地から出てくる魔物の被害に苦しんでいたガレントン帝国も、今では魔物の姿などほとんど見えやしない。


 魔物そのものが消えたわけではないが、女神マリスカたちが消えていくとともに、力を失っていった。


 もちろん、人々も女神の加護をなくしたため、職業による恩恵はなくなった。

 とはいえ、人には知恵と武器がある。集団で戦うこともできるのだ。


 魔物を領土から追い出すのには、そう長くはかからなかった。


 そのガレントン帝国の首都、城の中には旅人の姿がある。


「……フォンシエ殿、フィーリティア殿。行ってしまわれるのか」


 告げるのは皇帝だ。

 いたって普通の外套を纏った、どこにでもいそうな少年少女に対する反応としては、少々大げさかもしれない。


「俺がいなくなっても、この世界はもう困らないでしょう」

「もう魔物を滅ぼしたということか」

「ええ。この近辺はあらかた」


 フォンシエは魔物をことごとく仕留めていた。


 魔物どもが力を失った一方、彼一人だけは神の力を持っている。赤子の手を捻るよりも簡単な行いであった。


 それゆえに、世界はすっかり魔物の脅威から解放されてきた。

 彼がずっと願ってきた平和は、ようやく実現を迎えようとしているのである。


「それにしても欲がない。世界の支配だってできようものを」

「俺はそんな器じゃないですよ。それに……ずっと戦いっぱなしだったので、そろそろ休みたいな、とも思うんです」

「まさかフォンシエ殿からそんな言葉を聞く日が来るとは……」

「俺をなんだと思ってたんですか」

「フォンくんはいつだって、魔物を倒すって張り切ってたからだよ」

「それはそうだけどさ。……だいたい、今だってティアが怒るんじゃないか。ゆっくりしたいって言ってるのに、俺は言うことを聞いてくれないって」

「だって、フォンくんはいまだにバタバタしてるんだもの」


 言い合う二人の姿に、皇帝は声を上げて笑う。


「ははは。神殺しも、すっかり尻に敷かれたのか」

「なに言ってるんですか。元々ですよ」

「フォンくん、もう、やめてよ! 元々、私が振り回されていたんだよ。ようやく、ほんの少しだけ、お願いを聞いてくれるようになったくらいなんだから」

「そうだったっけ」

「そうだよ。しっかりしてね」

「ほら、皇帝陛下。しっかり尻に敷かれてしまいましたよ」


 フォンシエが笑うと、フィーリティアも頬を膨らませる。


 これ以上からかっても悪い。「ごめん、冗談だよ」と口にすれば、フィーリティアはそっぽを向いて「現人神のフォンシエ様の言葉は絶対ですから」などといじけてみせる。


「機嫌を直してくれよ」

「だって、フォンくんが意地悪するんだもの」

「ごめんってば。ティアが拗ねてると、困っちゃうな」

「……面倒くさいって?」

「そうじゃないよ。これまではたくさん迷惑をかけたけれど、これからはティアと一緒にあちこち見て、楽しみたいんだ。だからティアが楽しくないと、俺も楽しめない」

「フォンくんは、そういうところ、ずるいよ。拗ねてるのが馬鹿みたいじゃない」


 フィーリティアは言いつつ、彼をぽんぽんと尻尾ではたいた。


 皇帝はそんな二人を見て、


「今日もとても仲がよいのだな」


 と話をまとめるのだった。


 それから二人はガレントン帝国を出て、ゼイル王国に赴く。フォンシエの力を使えば、目立たずにあっという間に移動することもできる。


 道中では魔物に遭遇することもなく、旅人たちがのんびりと歩いている姿が見える。そこには護衛もなく、幼子も歩いていたりする。


 それほど危険がなくなったということだ。


 そして王都に到着すると、ここはガレントン帝国とは違って、非常に騒がしかった。

 活気があるのもそうだが、揉め事も多い。


「政権の交代を! 王は資格を失った!」


 叫ぶ人の姿を見ながら、フォンシエは呟く。


「またやってるよ」


 女神マリスカの信徒が多いこの国では、女神から与えられた職業を理由に、王は王座についていた。


 しかし、それが消え去った今、王座に座る理由はない……というのが彼らの理論である。


 実際、優れた統治というわけでもなかった。フォンシエもまた、あの王にいい印象があるわけでもない。


「わざわざ揉め事を起こしたい人もいるもんだね」

「仕方ないよ。仕組みがガラリと変わっちゃったんだから」


 街の人々は女神の加護を失った。

 誰も恩恵が得られなくなったのだ。


 けれどそれは、皆が平等になったということでもある。


 これまで農民だった者が王を目指してもいいし、騎士になろうとしてもいい。昨日までパンを焼いていた者が、明日には鍛冶を始めてもいいだろう。


 誰もが自分の意思で、自分の未来を決める世界になったのだ。


 そしてフォンシエとフィーリティアもまた、自分の意思で旅人になった。


「さてと、アルードさんはどうしているかな」

「お酒を飲んでるよ」

「それは知ってるよ」


 彼がいるという家を訪ねて、呼び鈴を鳴らす。

 しばらくあって出てきたのは、すっかり顔を赤くしたアルードであった。


「よお、久しぶりじゃねえか」

「お久しぶりです。……アルードさんはなにをしているんですか?」

「なにってお前……そりゃ、見てわかんねえか? 酒を飲んでるんだ」

「知ってますよ。勇者をやめたと聞きましたが」

「ああ。加護もないのに、名乗っても仕方ねえだろ」

「今はなんの仕事を?」

「おいおい、おっさんを酷使しようとするなよ。退職金をもらったんだ。のんびり余生を過ごすさ。ひっく」

「……アルードさんから勇者を取り上げると、ほんとろくでもないですね」


 フォンシエは呆れ、フィーリティアも苦笑い。


「それで、お前さんたちはどうするんだ?」

「世界を覆う壁がなくなったので、今度こそ世界の果てまで旅をしてくる予定です」

「ははあ。新婚旅行か」


 アルードが告げると、フィーリティアが顔を真っ赤にする。


「え、えっと……!」

「それもいいですね。ああ、でもティアは嫌かな」

「嫌じゃないよ! フォンくん!」


 フィーリティアは尻尾をぶんぶんと振りながらはにかみ、フォンシエをチラチラと見ては困ったような顔をする。


 やがてフォンシエの手をぎゅっと握った。


「えっとね……その……」

「うん」

「これからも、よろしくね」


 それが今のフィーリティアの精一杯だった。

 アルードはそんな二人を見て、何度も頷く。


「なるほどなあ。今になってようやく恋人気分ってわけか。てっきり、もうそういう仲だと思っていたが……若いってのはいいもんだ」

「ようやく、平和になりましたから。今までは遊んでる暇もなかったですが、これからはたくさん仲良くできます」

「……なんでフォンくんはそんなに冷静なの?」

「俺は包み隠さずにティアが好きだからだよ」

「そ、そんな……! わ、私もフォンくんは……えっと……その……」

「好きじゃない?」

「……もう、フォンくんの意地悪!」


 フィーリティアにぽかぽかと叩かれるフォンシエであった。


「しかし、そうなるとしばらく会えねえな」


 アルードがしみじみと思う。

 が、フォンシエはけろりとしていた。


「ああ、そのことなんですが。アルードさんはこの家にしばらく住んでますよね?」

「退職金で買ったからな。死ぬまでいるんじゃねえか」

「それはよかった。実はですね、空間同士を繋げる力を持った神がいたんですよ。その力も残っていますし、どこに繋げようかなと思っていたのですが……」


 フォンシエが軽く腕を振ると、アルードの玄関に光の鏡が生じた。


「ここにしましょう。これでいつでもゼイル王国に戻れます」

「ちょっと待て、俺の家になんてもんを作りやがる!」

「どうせ独り身なんだから、いいじゃないですか」

「ったく……仕方ねえな。ふむ、それも悪くねえか。お前さんたちの子供の面倒くらいなら見てやる」

「あ、それは結構です」

「なんでだよ」

「教育に悪そうですし」

「まったく……あの村人はすっかり、可愛げがなくなっちまったなあ」


 アルードは昔のことを思い出しながら、しみじみと呟く。


「それだけ大人になったってことですよ」

「そいつは違うな。嬢ちゃんは可愛いままじゃねえか」

「ティアは汚れた大人とは違いますから」

「惚気話はそれくらいにしてくれ」


 それからしばらく、昔の話をしたり、王都の話をしたり、話題は尽きない。


 思い返せば、女神の加護を得てから失うまで、あっという間であった。これから先、戦っていた時間よりもずっと長い、平和な人生が残っている。いや、これから始まると言ってもいい。


「そろそろ、出発しますね。いつまでもいると、旅立てなくなりそうだ」

「おう。元気でやれよ。気軽に帰ってくるといい」

「じゃあ、お腹が空いたときはお邪魔しますね」

「つまみくらいしかねえが、まあ我慢してくれ」

「ではフォンくんが、食べられそうな獣や魔物を捕まえてもってきますね」

「そいつは楽しみだ」


 キッチリしない砕けた挨拶も、彼ららしい。


 フォンシエとフィーリティアは王都を出ると、ずっと北に向かっていく。


「さあ、いよいよ出発だ。俺たちの旅の始まりだ!」

「楽しいことがたくさんあるといいね」

「ああ。これからは、楽しい思い出をたくさん作ろう」


 死と隣り合わせの日常は終わった。

 平和で平凡で、隣に大切な人がいる。たったそれだけの日々が続いていく。


「あのさ。ティア」

「なあに?」

「さっきの答え、聞かせてくれる?」


 フィーリティアは狐耳を何度も動かしながら、なかなか決断できずにいる。

 けれど、ようやく勇気を出して顔を上げた。


「私は――フォンくんが大好きだよ」

「俺もティアが好きだよ。大好きだ」


 二人は見つめ合い、それから微笑んだ。


 繋いだ手は解けない。このままずっと。これからずっと。

 二人の旅は始まったばかりであった。

お読みいただきありがとうございました。これにてフォンシエとフィーリティアの冒険もお終いとなります。


また、おかげさまで書籍版もシリーズを続けることができております。書店さんで見かけた際は、お手にとっていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ