15 夕暮れの街
夕暮れの街は、赤く燃えているように輝いていた。
行き交う人々の表情は明るく、とても戦争が近いとは思えない。
(……平和なんだな)
フォンシエはそんな感想すら抱いてしまう。けれど、「城壁の中」は平和そのものなのだろう。
誰もこの街が魔物に蹂躙されるなんて、思ってもいない。
そんな街中を歩いていると、この街には愛着なんてありゃしないというのに、明日には魔物から守るために戦いに行くことが誇らしく感じられる。
(一人でいる時間が長くなったせいかな)
フォンシエは苦笑しながら、今は隣にいない相方を思い浮かべた。
フィーリティアは勇者になり、自分は村人。
レベル上昇1/100の固有スキルにより、剣士や狩人など要求の低い職業の若手には勝てる程度の実力がついたが、それと彼女に追いつけるかどうか、はまた別の話だ。
剣聖や狂戦士など上位の職業はそれだけで恩恵が大きく、普通の村人なら間違いなく相手にもならない。しかしフォンシエは、この調子でスキルを取り続ければいずれ達成できると踏んでいた。
だけど、勇者に関してはわからなくなりつつあった。
今でもいずれ追いつきその隣に立つのだと信じていることは間違いない。しかし、彼は勇者の力を一度も見たことがないし、自分とはすっかり遠くなってしまった存在に感じられていた。
「……体を休めようと思ったのに、全然できないなあ」
魔物を打ち倒しているときのほうがずっと、精神的には楽だったかもしれない。立ち止まっていると、不安に思ってしまうから。
そんな彼は、結局礼拝堂に来ていた。
オークロードを倒したため、それなりにレベルが上がっているはず。
中に入っていつものように祈りを捧げると、
レベル 3.35 スキルポイント250
なんらかのスキルくらいは取れそうだった。
オーガを倒しに行くに当たって、非常に皮が硬いことが問題となる。剣は買い換えたばかりだからまだ切れ味はいいが、切っているうちに刃が欠けるなどで切れなくなっていくはずだ。
そうなったとき、どうするかを考えねばならない。
と、そこでふとフォンシエは思い出した。
(刃が欠けたなら研げばいいんじゃないか?)
もちろん、戦場で丁寧に研いでいる時間なんぞないため、さっと済ませねばならない。フォンシエは早速、それを可能にするスキルを取得する。
鍛冶職人のスキル「研磨」を100ポイントで取得。
これにより必要な作業回数が低下し切れ味が増すため、素人でもあっという間にそれなりに研ぐことができる。
普通、わざわざ10レベル分のスキルポイントを使用してまで取る者は鍛冶屋に勤めている者くらいだが、フォンシエにとってその程度の消費は痛くなかった。
(あとは砥石を買わないとな)
通常の砥石ではなく、魔石を組み合わせることでより使いやすい効果を発揮するものもある。
それからフォンシエは、オーガの巣の情報を思い出す。
岩場に木などを用いて作った巣であり、移動が大変とのことだ。そして岩陰に隠れることができるという。
ならば、敵に見つからないようなスキルをとってもいい。
密偵のスキル「隠密行動」を100ポイントで取得。
これは暗殺者のものと同一だが、重複するためにより大きな効果を発揮してくれるだろう。これで敵に感知されにくくなり、移動力が上がる。
そうしてスキルの取得を終えると、フォンシエは祈りを終えて、礼拝堂を出る。
あとは明日の準備をすればいいだろう。
適当に街を歩いて鍛冶屋を見つけると、そこで矢を買い、それから砥石を選ぶ。
魔石による魔力で砥石が微細な振動を起こすものなど、値は張るが戦地でも使いやすいものもある。
それには魔石を粉にして混ぜたものや、ただ埋め込んだだけのものがあり、前者はほとんど使い捨てになるが素早く、後者は長く使えるがたいした効果はないということになる。もちろん、高いのは手間がかかっている前者だ。
フォンシエは手頃な値段のものをいくつか買うと、明日の準備を終えることにした。
(これからどうしようか)
店を出たはいいが、今後の計画は白紙だ。
彼がこれまで都市に行ったときは農作業関連の仕事があるため遊ぶ時間もなく、そして「村人」になってからは常に戦い続けてきた。
そんな彼だから、いざ自由となっても、なにをしていいものか検討がつかなかった。
当てもなく道を歩いていると、夕暮れの街を駆ける少年少女が見えた。年は五つかそこらだろう。
それだけなら気にもとめなかったが、少女には尻尾が生えていた。
だからフォンシエは、昔のことを思い出さずにはいられない。
(俺とフィーリティアにも、あんな頃があったな)
出会った頃はよく覚えていない。気づいたときには一緒にいたのだ。
どちらも捨て子みたいなもので、親の顔も覚えていないし、一人でいるよりはそのほうが安全だったのだろう。
幼い頃から食事を得るため野山を駆けまわって育ったから、ややもすればゴブリンに殺されていたかもしれない。実際、そうなりかけたことだって何度もあった。
けれど、ここの少年らはそうではない。この城壁の中にいれば魔物に襲われることはないのだから。
自分が珍しい境遇というわけではないが、なんとなく彼らには羨望を覚えてしまう。
(……もし、こうして育っていたなら、俺が村人にしかなれなかったと、歯噛みすることもなかったんだろうか)
そんなことを思ってしまうも、すぐにかぶりを振った。決意が揺らいでしまいそうな気がしたから。
フォンシエはなんだかもう街中を見る気もしなくなって、さっさと宿に戻ることにした。
楽しそうに酒を飲んでいる人々も、仲良く夕食を取り囲んでいる家族も、今は通り過ぎていく光景にすぎない。
彼は宿に辿り着くと裏庭を借りて、剣を握る。
軽く素振りをすると、精神が落ち着いていく。今はこれでいい。
そうしてその日は、結局普段と変わらぬ一日を過ごすことになった。
◇
翌日、フォンシエは一つ目の城壁のところにいた。
門の外で待機するわけにもいかないため、そこに傭兵たちが集められていたのだ。
人数の確認などが終わると、いよいよ都市のほうから兵がやってくる。
「これよりオーガの討伐に向かう! 各々、役割を果たし、奮起するように!」
馬上の男が叫んだ。
馬を操り戦うことに長けた職業「騎士」であるが、そもそも馬が高いことから、傭兵たちにとってはあまり人気がない。
一方で騎士という職業への誇りがあるため、なかなかいいところの家のものにとってはステータスとなりうるそうだ。騎士ギルドに所属していれば、要職の斡旋もあるとか。
聖騎士・暗黒騎士という上位性能を持つ職業があるため、下位の騎士は手頃なスキルポイントでなれるというのもある。
とはいえフォンシエも傭兵たち同様、馬など飼えるはずもないので、その職業のスキルは魅力的に思えなかった。
さて、兵士たちが動き始めると、傭兵たちもまた門をくぐっていく。
傭兵は数が少ないため、端のほうにおまけとしてくっついているような状態だ。
フォンシエはその傭兵の中でも、どうでもいい集団に位置していた。
周りにいるのは、若すぎる剣士や食うに困って渋々参加したのかぼろきれを纏った乞食など。一応、剣だけはひっさげているといった有様だ。
村人レベル3なんだから文句の一つも言いようがないが、こんなところにいてなにができるだろうか、と思わなくもない。
さて、そうしているうちに北の森へと足を踏み入れることになった。
幾度となく戦闘が行われるが、正直なところ、フォンシエがやることはない。
しばらく時間がたつと、いよいよ岩場が見えてきた。オーガの巣だ。
どこかに敵が潜んでいて、いつ飛び出してくるかもわからない。緊張した面持ちで、兵たちは硬い岩を踏んだ。




