146 遺跡の奥へ
フォンシエは遺跡へと進んでいく。
光の翼をはためかせながら、距離をどんどん縮める。
そして窓枠の向こうにある小部屋が近くなる。その入り口の向こうには、立ちはだかるゴブリンキングがこちらを見ていた。
「おいフォンシエ。まさか戦わずに迂回するなんて言わないだろうな?」
「それだと背後を取られますからね。こちらのほうが数は多いですし、挟み撃ちにしましょう。いけます?」
「当たり前だ。俺が前を行く!」
フリートが口角を上げつつ剣を力強く握ると、ユーリウスも彼の隣で剣を抜く。
二人が引きつけている間に、フォンシエならば回り込めるだろう。
彼らが真っ先に遺跡に飛び込むや否や、フォンシエは別の窓から飛び込んだ。この内部では「探知」が働かず、敵の位置は把握できない。いつ、どこから敵が現れてもおかしくないのだ。
その感覚に慎重になっていると、フィーリティアが狐耳を動かして音を拾い、指で合図を出してくる。
直後、
「グォオオオオオオオ!」
ゴブリンキングの咆哮が響き渡り、
「さあ、始めようぜ!」
フリートが負けじと声を張り上げた。
部屋の入り口の向こうで光が輝くと、フォンシエは「気配遮断」のスキルを用いて飛び込んだ。
見えたのは、ゴブリンキングの背。廊下を塞ぐほどの巨体の向こうでは、勇者の光が幾度となく翻っている。
フォンシエは息を殺したまま近づき、剣を振り上げた。
たった一人、存在感の薄い村人がいたところで、敵は気づきもしない。
だからあとは無防備な背中へと剣を振り下ろすのみ!
「食らえ!」
掛け声とともに剣は光を帯び、廊下を照らし出した。
「グギャアアアア!」
一筋の軌跡はしかと肉を切り裂いていた。
だが、敵の皮膚は厚く、それだけでは致命傷には至らない。ゴブリンキングはすぐさま振り返り、掲げた棍棒を振り下ろす。
すさまじい勢いで迫るそれを光の盾で受け止める彼の隣を、フィーリティアは駆け抜けていく。
「やぁっ!」
跳び上がった彼女は光の剣で敵の顔面を切り裂き、蹴飛ばした勢いでパッと飛び退く。
「ティア、ナイス!」
「来るよ!」
フィーリティアが隣に来たときには、ゴブリンキングが一歩踏み込んで来ている。
そして次の攻撃を繰り出そうと、拳に力を込めていた。
フォンシエが「気配遮断」のスキルを解き、敵を見据えた瞬間、敵が仰け反った。
「背中ががら空きだ!」
ユーリウスが敵を滅多斬りにしており、大量の血を噴き出させていた。そしてゴブリンキングが振り返ろうとするも、そのときには足を義手が握りしめている。
「今のうちに!」
ラスティン将軍が告げたときには、彼の配下の勇者たちが一斉に動き出している。
いくつもの剣が翻ると、ゴブリンキングはとうとう倒れ込んだ。やがて首がかききられると、もがいた後に沈黙する。
「……思った以上に、呆気なかったね」
フォンシエはそんなことを思ってしまうのだ。魔王といえば、激戦の末に倒す印象が強い。まして、混沌の地の魔王なのだ。
フィーリティアは隣で尻尾をぱたぱたと振っていた。
「スザクとサンダーバードを倒したからね。レベルも上がったんだよ。フォンくんが頑張ってきた成果だね」
「連携も前より取れるようになったし、これなら遺跡探索も怖くないな」
「油断は禁物だよ」
「わかってるよ。今の俺は、ティアの聴覚に頼りっぱなしだからね」
彼が告げるなり、フィーリティアは狐耳を揺らしてみせるのだ。
ゴブリンキングの死体が消えて魔石が残ると、フォンシエは再び奥に向かって進み始める。
魔物が出ることもなく階段に辿り着くと、地下へ続く道を進んでいく。
コツコツと足音が響き、真っ暗闇へと向かっていく。明かりは彼らの背にある勇者の光のみ。
しばらく進んでいくと、光に照らされて像が浮かび上がる。
同時に、その周りをうろうろしていたミノタウロスキングの姿も明らかになった。
「撃て!」
すかさず光の海が展開されると、光の矢が浮かび上がり、一斉に放たれる。
「ブモォオオオオオ!」
それらを浴びながらも、ミノタウロスの王は鉞を振り上げながら迫ってくる。いくつもの矢が肉体を抉り取り、血を噴き出させていくが、足は止まらない。
「来るぞ! 構えろ!」
「さあ、二回戦だ!」
勇者たちは光の矢を撃ち続けながら、剣を構える。
足音を響かせながら迫る巨体は、のしかかってくるような威圧感を誇っていた。
そして咆哮とともに鉞が振り上げられ、勢いよく飛び込んできた。
「躱せ!」
ガンッ!
鉞が思い切り叩きつけられたときには、勇者たちはその場から離れている。右に左に別れた彼らは、敵の背後を取った。
足を切り、腕を断ち、首を刎ねる。
あっという間の出来事だった。
「……もうちょっと、楽しませてくれよな」
フリートは不満げに呟く。
きっと、最初の倒れ込んだときにはすでに瀕死になっていたのだろう。それほど勇者たちの力は強まっているということだ。
フォンシエは小部屋の中を進んでいく。
そして石像にて倒した魔物を精算する。ここに来てから二体の魔王を倒しているから、レベルも上がっているが、結局彼のすることは光の証を増やしていくことなので、選択に迷いはない。
「さあ、この向こうだ」
反対側に見える階段に足を踏み入れる。
この先は未踏の地。どうなっているかはわからない。
彼らは息を呑みながら、遺跡の深部へと向かっていく。
フォンシエはフィーリティアにときおり視線を向けるが、彼女は首を横に振る。どうやら、なにも聞こえないようだ。
やがて下の階が見えてくる。
フォンシエはそこに最初の一歩を踏み出す。と、ぼんやりとした暗闇であったが、突如明かりがついた。
(なんだ!?)
すぐさま剣を構え警戒するが、見えたのはただの廊下。どこにも魔物の姿はない。
「俺たちを待ち構えていたわけじゃないのか?」
「ここの明かり……炎じゃねえし、魔石を使ってるようでもない。どうなってるんだ?」
勇者たちは壁面の明かりにおそるおそる近づいていく。
金属の壁のうち、光が漏れ出ているところがある。そこだけ半透明になっており、柔らかい明かりで辺りを照らしている。
「熱くもないな」
「それにしても……気味が悪い」
勇者たちはしばし、そうして辺りを眺めていたが、こうしていても始まらない。
「行きましょう、この先へ」
フォンシエは彼らの先頭に立ち、長い廊下を進んでいく。
魔物はおらず、左右にはいくつもの量の扉が見えてきた。
フリートは真っ先に歩いていって扉に触れようとする。
「ここの扉、開けてみるか?」
「……なにが出るかわかりませんが」
「魔物より恐ろしいものがあるとすりゃ、そりゃ人間の欲望くらいだ」
「ごもっとも。地獄の蓋かもしれませんよ」
「それでも、俺たちはそれを知るために来たんじゃねえか」
「フリートさんは魔物を切るためじゃないんですか?」
「今回はちょっと違うな。面白そうだから来たんだ」
「ろくでもないですね」
フォンシエは呆れつつも頷いた。
フリートが扉に触れた瞬間、それはすっと横にスライドする。
「うおっ」
「……魔物はいませんね」
フォンシエはフィーリティアと部屋の中に入っていく。
無機質な部屋の中にあったのは、宙に浮かぶウィンドウ。ほかにはなにもない。
たった一つだけのそれは……
「女神マリスカのものと似ている」
「……けど、言葉が違うね」
「さっきの石像で見た一覧と合致するものは?」
「ないな」
あの言語に詳しかった勇者の一人が首を横に振った。
フォンシエはおそるおそる、そのウィンドウに手をかざす。瞬間、画面が切り替わり、カギの映像が浮かび上がる。
「……なんだろう、これは」
「使えないってことかな?」
「どこかに錠がある?」
「そんな都合よくはないかも」
部屋の中をうろうろするも、ほかにはなんの手がかりもない。
ここ以外の扉を開けてみるも、結果はまったく同じ。
「この先に向かおう」
曲がり角を三度曲がったところで、突き当たりに階段がある。
そこをずっと降りていき、一番下に行き着いたところで、向こうに見えるのは半透明の壁。
「いったい、どうなっているんだ?」
勇者たちが触れると、かなりの強度があることが判明する。一人が光の剣を振るってみるも、傷一つつけることすらできなかった。
「どうするんだ?」
遺跡の探索はここまでかもしれない。
フォンシエも諦めかけて、それでもなにか道はないかと探るべく扉に触れると――。
「え?」
彼の体は扉をすり抜けて、その向こうに抜けていた。
「フォンくん!?」
フィーリティアは彼へと手を伸ばすが、壁に阻まれて届きはしない。
焦りつつも、フォンシエは戻ろうとすると、壁などないかのように動けることがわかる。問題ないことを確認して一息。閉じ込められたわけではないようだ。
「俺だけが入れるみたいだ。ちょっと行ってくるよ」
「でも……」
「心配ないって。危なくなったら、すぐに引き返してくるからさ」
たとえ危険があったとしても、行かねばならない。そうしなければ、この世界は魔物で覆い尽くされてしまう。
果たしてこの先になにが待ち受けているのか。
彼は勇者たちの視線を背に受けながら、フォンシエは歩き出した。




