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144 東の果てで

 フォンシエとフィーリティアは、左手に壁を見ながら、ずっと駆け続けていた。

 あまりにもわずかな変化だから、見た目にはわからないが、どうやら世界を覆っている壁は少しずつ曲がっているようだ。


 つまり、上から見れば弧を描くような形になっている。


「やっぱり、この世界は囲まれているんだね」

「綺麗な円形じゃないみたい。どちらかと言えば、四角に近いかな?」


 二人はそんなことを言いながら、南東へと向かっていく。

 そうすると、大翼の魔物がちらほらと見られる。北から走り始めて、もうこの世界の東の果てにまで来たのだ。


 光の翼を用いれば、そんな魔物の翼では追いつけない速さになる。

 彼らはぐんぐんと南に向かっていき、やがて魔物の種類が変わってくる。現れたのは魔獣。


 真っ黒な狼の魔物、ダークウルフである。


「……こっちは魔王フォーザンの領域だっけ?」

「元々、ここよりずっと北西――ゼイル王国の南東部にいたんじゃなかったかな?」

「ということは、やっぱり混沌の地から出てきた魔物に追いやられてしまったんだな」


 フォンシエはそれらの魔物を横目に見ながら、さらに南へ。

 探知を働かせていると――


「おや、思わぬ魔物が引っかかった」


 光の証を用いた探知は、かなりの広域を調べることができる。だから遠くで眠っている魔物も、呑気に食事をしている個体も判別することが可能だ。


 そして今、見つかったのは――。


「魔王フォーザンがいるけど、どうする?」


 普通の魔物を見つけたかのような気軽さでフォンシエはフィーリティアに問う。

 そして彼女も、ごく当たり前のように返すのだ。


「倒せそう?」

「今はぐっすり眠っているみたいだ。あと、負傷している可能性が高い」

「じゃあ、やろっか」

「そうしよう。俺が先に仕掛けるよ」

「うん。援護するね」


 フォンシエは敵の居場所を伝えると、二人で森の中を駆けていく。

 そこらの魔物は、突風を感じて目を覚ますも、そんなのろまでは二人の姿を捉えることなどできやしない。


 何事もなかったのだと判断して、再び居眠りを始めるばかり。


 フォンシエは敵との距離が近づくと、「隠密行動」に光の証を用いる。こうなると、彼の存在感が薄くなり、フィーリティアのほうが目立ってしまうため、魔王フォーザンの近くに来るまでは、使わないでおいたのだ。


「魔王フォーザンに動きはない。やろう」


 フォンシエはフィーリティアが頷くのを確認すると、「気配遮断」を用いる。光の証で強化されたそのスキルを使うと、もはや認識することすら難しくなった。


 目の前で見ていたはずのフィーリティアでさえ、一瞬彼がいなくなったように感じてしまう。


 フォンシエはフィーリティアよりも前に出て、さらに速度を上げた。


 そして音もなく一気に飛び出すと、視界が開けた。


 木陰で眠っているのは、銀色の狼。人をも軽く丸呑みしてしまう巨躯だ。

 その胴体には無数の傷跡がついている。おそらく、混沌の地の魔物に追いやられたのだ。


 強力なあの地の魔物に対抗できるのは、魔王くらいのものだ。ほかの魔物であれば、あっさりと歯牙にもかけず、殺されてしまうだろうから。


 魔王フォーザンの近くには、何十頭ものアストラルウルフ。ダークウルフの上位個体であるそれらは、魔王を守るためにうろうろしている。


 嗅覚に優れ、見張りとしてはこの上ない種族であるが、彼の接近には気づかない。光の証を用いられた「気配遮断」は、認識すらも阻害していた。


 気づかれることもなく、フォンシエは魔物の集団へと乗り込んでいく。


 そして光の矢を生じさせる。狙いは魔王。


(――行け!)


 狙いどおりに放たれた光の矢は、魔王の頭を撃ち抜く。


 どっと血が流れ出すが、気を失わずに立ち上がってきた。ギリギリのところで光の矢の眩しさに目を覚まし、咄嗟に体を動かしたのだ。


(だが、もう致命傷だ!)


 襲撃に気がついたとはいえ、こちらの居場所は割れていない。

 フォンシエはアストラルウルフに隠れつつ、もう一度光の矢を放つ。


 魔王フォーザンはすぐに反応するが、矢の速さの前では躱しきることなどできなかった。胴体を掠めていくと、血が溢れ出す。


 そこまで深い傷ではなかったはず。となれば、塞がりかけていた傷が、今の攻撃で開いたと見るべきだ。


「ワォオオオオオオオ!」


 魔王が吠えると、何十頭というアストラルウルフは一斉にフォンシエ目がけて向かってくる。


 だが、彼は落ち着いて剣を振るった。


 正面から迫る狼を叩き切り、その勢いのままくるりと回転すると背後の一頭を仕留める。やや離れたところにいる魔物には、「初等魔術:炎」をぶち込んでいく。


 光の剣が翻るたびにアストラルウルフの首が落ちる。力の差は歴然としていた。


 その活躍に、魔王フォーザンの意識はフォンシエ一人に向けられている。だから、気がつかなかった。もう一人の勇者の存在に。


 フォンシエは一瞬だけそちらを見る。


 直後、光が弾けた。


 気がついたときには、魔王フォーザンの頭が消し飛んでいる。


「勇者の適性」「光の海」で強化されたフィーリティアの光の矢は、フォンシエのものよりもずっと高い威力を誇っていたのだ。


「フォンくん、大丈夫?」


 フィーリティアは駆け寄ってきて、アストラルウルフを倒すのを手伝ってくれる。そのうち、魔王を失った魔物たちも逃げ始めた。


「……俺、いらなかったんじゃないの?」

「そんなことないよ! 私は隠れることはできないし。フォンくんが最初に傷つけたから、動きが鈍くなったんだよ」

「そうだといいけれど。……なんだか、またしてもティアに置いていかれちゃった気分だ」


 混沌の地の魔王を討伐したフィーリティアは、ますますレベルが上がっている。名実ともに、最強の勇者と言ってもいい。


 フォンシエもレベルは上がっているが、彼女ほど如実に強くはならない。とはいえ、フィーリティアはもはやレベルも上限に達している。なにしろ、そこらの魔王を倒してもレベルがまったく変わらない状態なのだから。


 これ以上の強さを求めるには、混沌の地の魔王を倒すほかない。

 フィーリティアは尻尾を振りながら、


「追いかけてきてね」


 とフォンシエを誘うのだった。

 だから、彼もまた、頑張ってまた追いつこうと思うのである。


「さて、魔王はどうしようか?」

「探索を続けたいけど……放っておくのはダメだよね?」

「一応、魔王だからね。いったん、ガレントン帝国に持っていこうか。報告だけしておこう」

「うん。ついでにお昼にしよっか」


 二人は魔王を倒したあとだというのに、そんな呑気さだった。

 魔王フォーザンの死体を担ぎ、彼らは走り出す。


 まだ主人の死を知らない魔物たちが呑気に寝ている横を通り過ぎ、彼らはやがてガレントン帝国に戻るのだった。


    ◇


 そうして帝都にやってきた二人だが、魔王を担いでいると、非常に目立ってしまう。


「フォンシエ様! フィーリティア様!」

「おや、見張りご苦労さん」


 駆け寄ってくる兵を労っていると、彼らは慌てて、二人の代わりに魔王を担いでくれるのだ。


「皇帝陛下に会いたいんだけど……大丈夫かな?」

「お二方はすぐ通すように言われております。ご案内いたします!」


 そんなわけで、あっという間に城へと連れていかれる。


「うーん。村人も出世したなあ」

「大活躍だからね」

「ただ魔王を倒しているだけだよ」

「村人さんも言うようになったね」


 フィーリティアはにこにこしている。

 常人が恐れる魔王も、もはやただ倒すべき相手に過ぎないのだ。こんな村人がどこにいようか。


 そうして皇帝のところに行くと、彼は温かく迎え入れてくれた。


「フォンシエ殿、フィーリティア殿。よく来てくださった」

「突然の訪問、申し訳ありません」

「気にしないでくれ。それよりも……魔王フォーザンの討伐、誠に感謝する。あやつには、長年民が苦しめられてきたのだ。今後は安らかに暮らせるだろう。貴公こそ、誠の英雄だ」


 快活に笑う皇帝を見ていると、フォンシエもなんだかいい気分になる。

 きっと、この人は心底、民の安寧を願っていたのだろう。


「ですが、混沌の地の魔物がいるでしょう」

「そのことだが……数が増えているようなのだ」

「なんと……」

「フォンシエ殿がいないため、正確な数の把握はできていない。しかし、明らかにこちらに攻めてくる魔物が増えた。勇者たちを鍛えてくれたおかげでなんとかなっているが……。いや、本当にありがとう。君のおかげで持ちこたえられている」

「いえ……ただ、魔物を倒していただけですから」


 フォンシエは謙遜なのか本心なのかよくわからないことを口にする。両方かもしれない。


「もう少し、外の領域を見ていたかったのですが、事態は急を要しますか?」

「いや、様子を見る時間くらいはある」

「わかりました。では、その間に……世界の果てを探してきます」


 フォンシエはフィーリティアと顔を見合わせると、


「その前にご飯にしようよ。忘れてるでしょ」


 と、苦笑されるのだった。


「では、ささやかながら食事を用意させよう」


 皇帝はすぐに料理人を呼び、フォンシエたちをもてなしてくれるのだった。


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