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143 勇者たちはそれぞれの道へ



 ゼイル王国の城内に、招かれている者たちがいた。


「此度の討伐、誠にご苦労であった」


 そう告げた国王は、魔王討伐から帰ってきた勇者たちを迎えると、何度も頷いた。


「して、魔王の首はどこに……?」

「こちらにございます」


 王に仕える者たちがサンダーバードとスザクの頭を持ってくると、彼は大きな声を上げる。


「おお、これはまさしく――!」


 興奮する王であるが、対照的にフリートは大きな欠伸をしていた。


「ふぁあ……ったく、なあにが『まさしく』だ。実物を見たこともねえくせに」


 傍若無人な彼の近くにいたゼイル王国勇者は、聞こえていないかと顔を強張らせるのだが、幸いにも、王は魔王討伐という成果に夢中になっていたため、その言葉は右から入って左に抜けていったようだ。


 しかし、面白くないのは彼だけでもないだろう。

 フォンシエもまた、冷ややかな視線を向けていた。


(まるで手柄を自分が上げたみたいだ)


 勇者たちは全員、この場に呼ばれていた。ラスティン将軍など、ゼイル王国以外の勇者たちもである。


 だというのに、国王はあたかも自国の勇者さながらの態度を取るのである。


 フォンシエはラスティンを見る。彼は人間が出来ているので、特に不満を口にすることはないが、レーン王国に忠誠を誓っている以上、なにかしら思うところはあるだろう。


(……それにしても、俺が勇者たちを集めて混沌の地に挑もうとしたときは、いい顔をしなかったのに)


 こういうときだけ、前に出てくるとは、なんともいい身分だ。

 そんなことを考えていると、顔に表れていたのか、


「今回はフォンシエ殿が立案したそうだな」


 と、王が視線を向けてきた。

 慌てて姿勢を正したフォンシエである。


「はい。世界の危機と感じたため、彼らとともに魔王討伐に乗り出しました」

「そうか。素晴らしい。なにか褒美を取らせようと思うのだが――」

「いえ、民のために行ったことです。当然の行いですし、そこまでしていただくわけにはいきません」

「しかし――」


 王が食い下がると、フリートがうんざりした声を出した。


「面倒事には首を突っ込まず、うまくいったときだけ金でなんとかしようとは、つまんねえ人生だなあ」

「貴様――!」


 王の護衛の兵たちが気色ばむ。

 一触即発の空気になったかと思いきや、実情はまるで異なっている。


 軽い調子のフリートに対し、兵たちは手に汗を握っているのだ。蛇に睨まれたカエルである。


 フォンシエからすれば、もはや親しい勇者の一人に過ぎないのだが、彼は最強最悪の勇者として知られている。彼の顰蹙を買ったなら、場合によっては、本気で切り殺されてしまうかもしれない。


 王の護衛は上位職業の者たちであるとはいえ、王国最強の勇者の前では、いてもいなくてもさほど変わらないほど、実力差があった。


「よい、あの者の性格は知っておる」


 王は兵たちを制止する。

 フリートはそれでもなお、「なんだ、かかってこないのか?」などと挑発する。兵たちは侮辱されたとあって、顔を赤くしているが、同時に足も震えていた。


 ユーリウスもまた、そんな状況で好き勝手な発言を始めた。


「用件はそれだけか?」

「う、うむ」

「ならば、私は帰らせてもらう。これ以上は時間の無駄だ」


 くるりと向きを変えると、彼はつかつかと歩いていってしまう。ドアを乱雑に開けると、たじろぐ兵を見ることもなく、退室してしまった。


「さて、じゃあ俺も行くとするか。おいフォンシエ。またなんか面白そうな話があれば、声をかけにこいよ」

「ええ、もちろんです。けれど、フリートさんはたまにどこにいるのかわからないときがあるので……」

「そんなら、勇者ギルドのほうに伝えておく」

「わかりました」

「じゃあな」


 その状況に、王や兵たちが困惑していると、さらにラスティン将軍も頭を下げた。


「我々はレーン王国の勇者です。ゼイル王国から褒賞を受け取るのは相応しくないでしょう。お気持ちは嬉しく思いますが、辞退させていただきたく」


 彼に従っている勇者たちも、同様に頭を下げた。

 それからフォンシエに、


「またなにかあれば、いつでも駆けつけよう」


 と言い残して、城を去っていく。

 そんなことが何度も繰り返され、やがて王の前にはフォンシエとフィーリティアだけになる。


 勇者たちが心を突き動かされたのは、国や権威ではなく、村人の英雄としての素質だったのだろう。


 彼らはなににも縛られはしない。

 フォンシエは、それこそ勇者らしいと思うのだ。


「陛下、それでは私たちも失礼します」

「ま、待ってくれ!」


 彼が縋るような視線をフィーリティアに向けると、彼女はにっこりと微笑む。


「なにかご用件がございましたか?」

「民にこのことを周知する際、貴公らにも同席してほしいのだ」


 それはすなわち、王の管理下に彼らがある、と示したいということ。

 勇者が魔王を打ち倒したと大々的に発表して、その当人が一人もいないのであれば、格好がつかない。


 けれど、フィーリティアは笑顔のまま返すのだ。


「ごめんなさい。これから、フォンくんとお出かけの予定なんです」


 そして彼の手を取ると、ぱたぱた尻尾を揺らしながら、その場をあとにする。

 フォンシエたちはようやく街の中に戻ってくると、民の表情が明るいことに気がついた。


 噂というのは、どこからともなく現れて、広まっていくものなのだろう。


「っと、本人が広めていたのか」


 店先で酒を飲みながら、陽気に笑っているフリートと、それに付き合っているユーリウスが見えた。


 以前なら、人々に恐れられてきた粗暴な彼らが、こんな過ごし方をすることもなかっただろう。


「変わったね」

「うん。フォンくんもね」

「そうかな」

「そうだよ」

「例えばどんな風に?」

「えっと……かっこよくなったよ」


 フィーリティアがはにかむと、フォンシエまで気恥ずかしくなってくる。

 だから誤魔化すように、彼は誘う。


「魔王を倒した今日くらい、戦いはお休みにして、のんびり過ごさない?」

「うん。エスコートしてね」


 二人はそれから街中を眺めていく。おいしそうな料理の香りが漂えば気ままに釣られていき、綺麗な宝飾具を見つければ二人で眺める。


 そんな平和な時間を過ごしているうちに、街中は次第に興奮に包まれ始めた。

 どこもかしこも、勇者の話題で持ちきりになるのである。王が正式に発表したのだろう。


 そしてフォンシエたちも、市民から声をかけられるようになってしまう


「フォンシエ様! 魔王討伐の話、聞きました! すごいです!」

「平和になってなによりだよ」


 彼は特に気にしていないのだが、驕らない立派な性格と見なされたようで、次々と人が集まってくる。


 若い女性に囲まれた彼を見るなりフィーリティアは、


「フォンくんは人気者だね」


 なんて言うのだ。


「俺よりティアのほうが人気があるんじゃないの」

「そんなことないよ」


 と否定するのだが、街のおっちゃんたちは「こんな美人、そうそういねえぞ!」だとか「さすがは勇者様、お美しい!」だとか、彼女を褒めちぎっていた。


 そんな状況は落ち着かない。

 けれど、権力もなにもない、ただの民から平和を喜ぶ声が聞けるのは悪くなかった。


「ねえ、フォンくん」

「うん?」

「……明日も頑張ろうね」


 彼は頷く。

 今はひとまず平和だが、これからどうなることか。


 魔王を倒したとはいえ、混沌の地に関する問題はなにも解決してはいない。いずれ、また魔王が生じて、世界の危機となるかもしれない。


 だからその前に、できる限り、この世界のことを調べておきたい。


 そう思いながらも、今ばかりはひとときの喜びを分かち合うのだった。


    ◇


 翌日、フォンシエとフィーリティアは王都を出て、魔物の領域を北東に向かっていた。

 探知を駆使しながら、邪魔な魔物をときに光の矢で撃ち抜き、ときに避けて進んでいくと、高い壁が見えてくる。


「ようやく、到着だ」

「その割に、息も切らしてないね」

「とても広いと思っていたけれど……この世界は案外、狭かったみたいだからね」

「それが本当かどうか、確かめに行こうよ」


 これから壁沿いに東へ向かい、どこまで続いているのかを確かめるのだ。

 二人が駆け出すと、魔物が見えてくる。


 けれど、今の彼らの敵ではない。このままどこまでも行けそうな感覚があった。

 そうして彼らは世界の果てを目指し始めた。


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