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142 空の覇者

 空を自由に飛びながら、まっすぐに向かってくるサンダーバードは雷を帯び始める。

 フォンシエはそれを見るなり、光の盾を展開。攻撃に備える。


「クェエエエエエ!」


 鳥の鳴き声が響き渡るとともに、激しい雷鳴が轟いた。


 ズゴォオオン!!

 あまりのまばゆさに目を細めるも、次の瞬間には空気が震え、フォンシエは吹き飛ばされそうになっていた。


「くっ……!」


 すぐさま光の翼で姿勢を立て直しながらも、冷や汗を浮かべる。あんなのをまともに食らったら、黒焦げになってしまう。


 だが、怯えている時間なんてない。

 攻撃を仕掛けたサンダーバードは彼目がけて突き進んできているのだから。さらに背後にはスザクがいて、炎を吐き出そうとしている。


「お前らなんかに負けるか!」


 フォンシエは光の盾を大きく広げると、サンダーバードの体当たりに真っ向から向かっていく。


「うぉおおおおおおお!」


 ぶつかると同時に、すさまじい衝撃が全身に伝わる。それでも光の盾で踏ん張り、光の盾を押しつけていく。


 ほんの一瞬。けれど確かにその瞬間、敵の動きが止まった。


「今だ!」


 叫ぶと同時に、地上で光が煌めいた。

 無数の光の矢はサンダーバード目がけて突き進む。慌てて逃げ出そうとするが、もう遅い。一度止まってしまったため、動き出すには時間がかかる。


「グギィイイイイイイ!」


 翼に穴が空き、胴体からとめどなく血が流れ始める。


「よし!」


 再生は始まっていない。どうやら、あれはスザクだけの力のようだ。

 フォンシエはすぐさま攻撃に転じようとするが、目の前の怪鳥は怒りに血走った目を向けてきていた。


 まずい。


 そう思ったときには、眼前を翼が覆っていた。

 光の盾で咄嗟に防ぐも、思い切り叩きつけられると衝撃までは殺せない。


「うぐ……!」


 地面目がけてたたき落とされつつ、空を見上げる。

 サンダーバードは力を蓄えていた。そしてスザクは全身に纏っていた炎を一カ所に集めている。


「逃げろ――!」


 狙いはフォンシエだけではない。彼の落ちていく先には、フィーリティアたち勇者がいた。


 すべてをここで薙ぎ払うつもりなのだ。抗わなければ、跡形もなく、ここで消し飛ばされてしまう。


 スザクが一つ羽ばたくと、全力の炎が解き放たれた。


 地上を焼き尽くそうと業火が迫ってくる。もはや、防げる者などいないだろう。

 勇者たちは慌てて散開するが、フィーリティアだけは反対に向かってきた。


「ティア! 逃げろ!」

「わかってる! だから、フォンくんも一緒に!」


 彼女は落ちてきたフォンシエを受け止めると、光の翼を全力で用いる。そして光の海で強化しながら、ありったけの力で飛翔する。


「間に合って――!」


 フィーリティアとフォンシエが二人で光の盾を重ねた瞬間、背後で爆発が生じる。

 すさまじい熱が放たれるとともに、木々が吹き飛び風が荒れ狂い、地上のありとあらゆるものを消し飛ばした。


「きゃあ……!」

「くっ……!」


 二人は衝撃で飛ばされていく。


「ティア、大丈夫か!?」

「なんとか……!」


 フォンシエは辺りを見回しながら、探知のスキルによって状況を把握していく。

 勇者たちは離れたとはいえ、攻撃を完全に防ぐことができたわけではなく、倒れている者も少なくない。


「まだだ! 来るぞ!」


 フォンシエは叫ぶ。

 スザクが飛び去ったあとには、サンダーバードが向かってきているのだ。


 その全身に纏っているのは、激しく撒き散らされる光。

 今にも、地上の者どもへと放たれようとしていた。勇者たちはそれを見ても、すぐには動けない。


 どう対処すればいいのか、迷いが生じていた。


「させるかああああああああ!」


 フォンシエは叫びながら光の矢を放つ。

 それは狙いどおりにサンダーバードを貫いた。それによって片方の翼は半分ほどが千切れ落ちる。


 だが、体が傾いでなお、動きは止まらなかった。


 ズゴォオオオオオオン!


 天が鳴き、空が吠える。地上に落とされた光は、怒りのままに木々を打ち砕き、焼き払っていた。


 巻き込まれたのは何人かの勇者たち。

 直撃した者は、もはや息をしてはいない。


「くそぉおおおおおおお!」


 フォンシエは剣を強く握る。


「フォンくん! 落ち着いて!」

「わかってる! ティアは無事な人の手当てを!」

「……無理しちゃダメだからね!」


 フィーリティアは心配そうにフォンシエを見ながらも、彼が指示する場所へと飛んでいく。


 そしてフォンシエは空へと向かう。

 スザクは先ほどの攻撃で身に纏っていた炎をすべて飛ばしてしまっていた。それゆえに、今なら飛び込んで切ることだってできるはず。


 フォンシエはそう思うも、サンダーバードが立ちはだかり、スザクはゆっくりと距離を取り始めている。このままでは、相手が回復してしまう――。


 彼が焦り出すも、そのときにはスザクに向かっていく者たちが見えた。


「魔王よ! 無防備な姿を晒すとはな!」

「殺してくれと言っているようなものだ!」


 フリートとユーリウスが光の海を自身に用いながら、光の翼で飛んでいた。あっという間に距離を詰めると、光の剣で滅多打ちにしていく。


「ピギィイイイ!」

「どうだ! 炎がなければ、お前は再生もできねえだろ!」

「じっとしていれば楽に殺してやる」


 二人の勇者はスザクの首を叩き切っていく。

 大きさの差があるとはいえ、組みついたまま幾度となく剣が翻ると、肉が断ちきられ、骨が剥き出しになっていく。


 サンダーバードは相方の惨状を見て動き出そうとするが、そちらはラスティン将軍たちが取り囲んでいた。


「行かせると思うか!」


 統率の取れた動きで光の矢が放たれると、サンダーバードはとてもスザクのところには向かえなくなる。


(……頼もしい勇者たちだ!)


 フォンシエは彼らの姿に導かれるように、戦いに加わっていく。

 スザクが近くなると、フリートが切り裂き剥き出しになった首の骨に飛びつく。スザクは暴れているが、彼は光の証を用いた鬼神化を使用すると、その程度ではびくともしなくなる。


 そして光の剣で傷口をつけると、手をかけてありったけの力を込めた。


「へし折ってやる!」


 全身を使って力を込めると、突如抵抗が弱まった。


 ゴキッ!

 大きな音が響くとともに、スザクが大暴れする。しかし、すでに首はあらぬ方向を向いていた。


 直後から、スザクはうまく飛べなくなり、地上へと落下していく。

 フォンシエは再び光の剣を振り上げた。


「とどめだ!」


 骨が外され、剥き出しになった肉へと剣が食い込んでいく。

 そして血を噴き出しながら、首が飛んでいった。


「これで一頭!」


 いかに魔王といえども、こうなっては生きていまい。

 フォンシエは残ったサンダーバードに視線を向けると、その鳥は東に向かって逃げ始めていた。


 さらに、無数の鳥の魔物がこちらに近づいてきている。


「おいフォンシエ! ぼさっとすんな! 追うぞ!」


 フリートが叫ぶ。彼の言うとおり、今が好機なのだ。

 たとえ東が未知の土地であったとしても、逃すわけにはいかない。


「追いましょう!」

「急げ!」


 彼らが動き出すと、勇者たちも続く。そのときにはフィーリティアもついてきている。雷を食らった者も、肌が焼けただれていながらも、戦いに参加してくれる。


 重症であったが、フィーリティアの癒やしの力を用いれば、一時的に戦えるくらいには戻ったようだ。


 しかし、そうであっても。


(すでに死んだ者は生き返らない)


 来たときよりも、勇者の数は少なくなっている。

 だからフォンシエは彼らの死を無駄にしないためにも、剣を握るのだ。


「くそ、速いな!」


 サンダーバードは逃げることに全力で、いつまでたっても追いつけない。

 光の矢を撃ち込むが、距離があるせいで命中もしない。なんとかしなければ……。


 そう思っているうちに、魔物の群れが襲いかかってくる。フォンシエたちはその中を突っ切らねばならなくなった。


「くそ! 邪魔だ!」


 光の矢で進む先にいる個体を撃ち抜き、ひたすらにサンダーバードを追う。


 必ず倒す覚悟はある。しかしそれでも、胸中に一抹の不安が生じる。

 このまま逃がしてしまったなら。


 頭を振って、雑念を追い払う。そして顔を上げたとき、向こうに立ちはだかるものが見えてきた。壁だ。


「東にも壁があるのか」


 やはり、この世界は壁に囲まれている。その推測は正しかった可能性が高い。

 これに阻まれてサンダーバードはどうするのかと見ていると、上昇をし始めた。


「まさか……あの壁を乗り越えていくつもりか!?」


 上を見上げても、果ては見えない。

 サンダーバードはそれでもどんどん上っていく。


「フォンシエ殿! 追ってください!」


 勇者たちが邪魔する魔物どもを防ぎながら、彼に叫ぶ。

 その期待に応えねばならない。フォンシエはフリートやユーリウスとともに追い続けるが、敵の姿はすでに小さくなっている。追っても追っても、届く気がしないほどに。


 だが――突如として、サンダーバードは力を失った。

 すさまじい勢いで上っていたはずなのに、今は落下し始めている。そして体を覆っていた雷も消えていた。


「誘っているのか!?」

「そうだとしても、黙って見てるわけにはいかねえだろ!」


 フリートが言うことももっともだ。そのために、ここまで来たのだから。


 フォンシエは「洞察力」や「野生の勘」を働かせながら、敵を見据える。その体から力は感じられない。


「……敵が力を失っているのは本当だ。やるぞ!」


 一気に距離を詰めると、落下してくる敵目がけて光の剣を振るう。


「うぉおおおおおお!」


 振り上げた剣は、サンダーバードの首を貫いていった。


 フリートとユーリウスがさらに敵を切り裂き、とどめを刺していく。これで二頭。魔王が片づいたのだ。


「やったぞ! 俺たちは倒したんだ!」


 フォンシエは叫ぶ。

 どんな魔物だって、攻めてくるのならこの手で切り倒してみせよう!


 魔王が死した姿を見ると、それまで攻めてきていた魔物どもも、首を反対側に向けて、飛んでいった。


 その姿を見ていると、フィーリティアがやってくる。


「フォンくん、さっきはなにがあったの?」

「わからない……けれど、魔王があの高さ以上に飛んだ瞬間、すべての力を失ったように見えた」

「……もしかして、神様の力が働いているのって、この壁の中だけなんじゃないかな?」

「あり得るな。だから、俺の探知は壁の向こうには届かない。遺跡の中も、同じことかもしれない」

「本当にそうか、試してみる?」

「とりあえず、あの高さ以上に行ったらどうなるのか、見てみよう」


 フォンシエはいったん地上に降りると、一休みしてから鳥の魔物を捕まえる。

 バタバタと飛び出そうとするのだが、足を掴んでいては逃げられない。


 その魔物とともにフォンシエは上昇して、先ほどサンダーバードが力を失った手前のところまでやっていく。そこでピタリと止まると、魔物を放り投げた。


 彼から逃げ出そうと、躍起になっていた魔物は、すぐさま飛行の能力を働かせる。

 そうして飛び始めるのだが……やはり、一定以上の高さになった瞬間、ただ羽根をバタバタさせるだけで、まったく飛べなくなるのだ。


「……魔王だけじゃないみたいだな」


 フォンシエは飛べなくなった魔物を掴み、再び地上に戻る。そこで能力がどうなったのか、しばらく眺めていると、やがて元気になった魔物は飛んでいった。


「放っておけば直るみたいだ」

「でも、これだけ時間がかかったなら、一人のときは墜落死しちゃうよね」

「ああ。うっかり、そこまで飛んでいかないように気をつけよう」


 二人がそんな会話をしていると、勇者たちがやってくる。


「サンダーバードとスザクの肉体は回収できた。戻ろう」

「ありがとうございます。それじゃあ、行きましょう。このことも報告しないと」


 きっと、ゼイル王国は今も大騒ぎになっているだろう。早く安心させてあげなければ。

 勇者たちは勝利の象徴と、なくなった者の遺体を背負いながら西に向かうのだった。


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