136 村人の下に、勇者は集い
「元気そうでなによりだ。フォンシエ殿」
レーン王国の勇者、ラスティン将軍はフォンシエを見て笑うのだ。
「ちょうど、南で混沌の地の討伐作戦を終えたところです。レーン王国の順番は、明日の予定でしたが……」
「そのことで用事があってな。ゼイル王国の討伐に我々も加わることにしたのだよ」
「……いいのですか?」
「なあに、これだけ勇者が集まっているところに、文句を言えるものもいないだろう」
将軍が笑っていると、楽しげな様子のフリートが口の端を上げた。
「魔物を殺したくてうずうずしているんだとよ」
いきなりそんなことを言われたラスティンは、
「そういうわけではない」
と否定しておくのだが、ユーリウスが頷きながらも、
「魔物を殺すのは至極当然の使命だ。享楽や悦楽のために行うわけではない。我々が与えられた天運をまっとうすることにほかならないのだ」
などと言うと、それに賛同することもできなかった。
フォンシエはそんなラスティンを見ていて、
(結構、常識がないほうに思えていたけれど、この二人といると常識人に見えるから不思議だ)
などと、自分のことを棚に上げるのだった。
そしてまとまりのない三人のうち、フリートが率先して前に出る。どうやら、彼が一番「魔物を殺したくてうずうずしている」ようだ。
「遺跡にいたケルベロスの話、聞いたぜ」
「……一応、表沙汰にはしていないことだったのですが」
勇者たちにも、この話は詳しくしていなかった。
隠しているわけでもないが、広めようという気もなかった。というのも、勇者たちが相手にするのは、東の魔王二頭だけでも十分な脅威だからだ。
ケルベロスは遺跡から出てくる気配がないため、無理に引き合いにすることもない。
だというのに、フリートはなんとも楽しげで、ユーリウスはどこか気を引き締めているようにも見える。
「それじゃ、誰もいないところで睦言でも交わそうじゃねえか」
フリートは冗談を口にしつつフォンシエの肩に腕を回すと、彼を引っ張り始める。ユーリウスが同行し、ラスティンまで「私もまだまだ若いぞ」などと笑いながらついていく。
フィーリティアはそんな彼らを見ていると、頬を膨らませた。
「フォンくんはあげません!」
彼女はフリートの手を払い、フォンシエの手をぎゅっと握る。
が、フリートは気を悪くした風でもない。
「……俺は普段のこいつはいらねえから、押し倒すなり愛を囁くなり、好きにすりゃいい」
「そ、そんなこと……!」
「おっと、まだ子供は作るなよ。魔王がわんさかいるんだ。戦えなくなっちまう」
「な、なっ……!!」
フィーリティアはフリートのこの発言にはすっかり口を開けたまま、言葉がでなくなってしまう。
勇者といえども、まだ乙女なのである。
フォンシエはすかさず、
「もう、フリートさん。からかわないでくださいよ。そういうんじゃないですから」
と助け船を出してフィーリティアのほうを見るのだが、彼女はなんだか不機嫌そうな顔をしていた。
「えっと……」
「もういいよ、それで」
フィーリティアはため息をつく。
フォンシエはおろおろしていると、ラスティン将軍は彼の背をぽんと叩くのだった。
「では、すまないが、少々お時間をいただこう」
彼の案内に従って大部屋に赴くと、そこには勇者数名がいた。中には、レーン王国の顔見知りもいる。
「こんなに集めてどうするんですか?」
「決まってるだろ。お前が集めたんじゃねえか。魔王をぶっ殺すって」
「ええ、そうですが……もしや、魔王討伐に協力してくれる方ですか?」
「そうだ。そんでもって、手始めに遺跡にいるケルベロスを仕留めようって話になった」
フリートはにこにこしているが、フォンシエは話の流れがさっぱりわからなかった。
ユーリウスに視線を向けてみると、
「魔物は殺さなければならないだろう」
あたかも「なにを困惑しているのか?」とでも言いたげな顔を返してきた。
フォンシエは仕方がないので、ラスティン将軍を見る。
「大翼の魔物は動きが速い。加えて、我々は戦い慣れていない。もし、討伐が順調に進まなかった場合、興奮した魔王が暴れる可能性があるだろう」
「ええ。それとケルベロスになんの関係が?」
「君の話だと、ケルベロスは遺跡から出ることができなかった。つまり、討伐に失敗したとしても、中から出てくることはない。危なくなれば避難することもできよう。これはレベルが上がりにくくなった我々にとっては、格好の獲物ではないか」
「確かに、そういう意味では都合がいいですが……危険は伴います」
「承知している。ここにいる誰もが、幾度もの戦いをくぐり抜けてきているのだ」
ラスティン将軍は勇者たちに視線を向ける。彼らは精悍な顔つきをしていた。
「ま、そういうこった。そんでもって、お前の力が頼りになる。頼むぜ?」
フリートはフォンシエの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「どういう風の吹き回しかと思ったら……フリートさん、一人で戦うのが好きだと思っていたんですが、違ったんです?」
「強い相手と戦えりゃ、それでいい。もっとも、無駄死にする趣味もねえから、一人でそんな化け物に突っ込む気もねえし、お前が言うように都合がよかったんだ。ま、変な村人がどうするのか、楽しみでもあるんだがな」
フリートはフォンシエに興味があるらしい。
思えば、北の昆虫討伐で協力してから、彼はなにかとフォンシエに対しては柔らかい態度を取るようになった。といっても、彼の行動原理は変わっていないのだが。
理想や目的は違えど、強さを求めるという一点においては、共通していたからかもしれない。
ラスティン将軍はフォンシエをじっと見る。
「もちろん、これは君の協力がいることだ。我々だけでは決められない」
「俺はやりますよ。そこに魔物がいるのなら。倒して平和を掴みます」
「君ならそう言ってくれると思った。まずはレベルをできる限り上げる。それからケルベロスを討伐しよう」
目指すはレベル80。かつての遺跡に挑んだ勇者のレベルだ。
フォンシエはたった一人だけ、低レベルで挑むことになる。とはいえ、彼が一番、スキルによって強化することができるのも事実。
(もっと、俺は強くなる)
フォンシエはぐっと拳を握った。
それから彼らは、今後の段取りを考える。勇者たちのレベルを上げるといっても、魔王討伐のための人員だけに集中させるわけにもいかない。
これにはフリートたちは好き勝手に振る舞うかとも思ったが、そんなこともなく、ほかの勇者たちには興味もないようだった。
敵に合わせて対応を変えていくことで合意すると、その場はお開きになる。
フォンシエは明日の準備を整えると、礼拝堂に向かおうとする。と、宿を出たところでフィーリティアが待っていた。
「ティア、どうしたの?」
「フォンくんはこれから礼拝堂?」
「そうだよ。よくわかるね」
「ずっと一緒にいるからね」
フィーリティアはそう言って笑いながら、フォンシエに視線を向ける。
「えっと……ちょっと、聞いてもいいかな?」
「うん。なんだろう?」
「フォンくんにとって、私ってなに?」
彼女がじっと見つめてくる。
澄んだ綺麗な瞳の前では、嘘なんてつけそうもなかった。
「とても大事な人だよ。俺は繊細じゃないから、気づけないこともたくさんあるし、自分の気持ちだって、わかっていないかもしれない。でも、ティアは特別で、大事なんだ。それだけは間違いない。……これじゃ、だめかな?」
フィーリティアはきっと、答えを求めているのだろう。
フォンシエも、ここまでくればなんとなく勘づくものの、はっきりとした言葉も浮かばなかった。どうすればいいのかも。
けれどフィーリティアは微笑み、フォンシエの背をぽんと、尻尾で叩いた。
「ありがと。私もフォンくんが特別だよ」
「……きっと、もう少しなんだ。平和になるまで。だから――」
「一緒に頑張ろうね」
フォンシエはフィーリティアと一緒に街を歩いていく。
今の向かう先は礼拝堂。市井の少女と行くようなところではない。
そしてやることは、祈りを捧げて力を得ること。
レベル 23.07 スキルポイント4050
取れるスキルはたくさんある。
けれど、フォンシエはこれから先、あのケルベロスに挑まなければならない。そう考えると、光の証をいかに多く使えるかがカギになる。
(迷ってなんていられない。俺は勇者よりも勇者らしくならなければ)
彼は光の証を八つ追加する。
使いこなせるかどうか、悩む暇なんてない。使いこなさなければ、敵に勝てないのだから。
フォンシエは大きく息をつき、礼拝堂を出る。
そして待っていたフィーリティアと、宿へと向かっていく。明日の戦いに備えて。
繋いだ手の温もりに、ひとときの安らぎを覚えながら。




