135 帝国勇者と混沌の地
フォンシエは集まった勇者たちをぐるりと眺める。
ガレントン帝国には勇者は多くないため、ここに来た人数もさほど多くはない。しかし、戦いになれた勇者だけでなく、まだまだ若い者もいる。
「それじゃあ、行きましょう。魔物を見つけ次第、連絡しますので、よろしくお願いします」
フォンシエが告げると、彼らは北へと向かい始める。
勇者の中には、光の翼が使えない者もいる。まだ、レベルが高くはないのだ。
本来であれば、混沌の地に挑めるレベルではない。しかし、そんな彼らがその地の魔物を倒したのであれば、一気に強化することができる。
フォンシエはそちらを窺いつつ、魔物が蔓延る混沌の地へと足を踏み入れた。
光の証を「探知」や「洞察力」「野生の勘」に用いれば、感覚がグッと広がっていく。
こちらに向かってくる魔物が十数。以前より数が増えているのは、ガレントン帝国東で魔物を倒してきたからだろう。
「近くにコボルトかゴブリンが二頭。ちょうどいいので、若手の方に倒してもらいましょう」
フォンシエが視線を向けると、勇者なりたての少年が緊張した面持ちで頷いた。
フィーリティアとともに進んでいき、木々の向こうにその魔物を見つけると、フォンシエは「気配遮断」と「隠密行動」を光の証で強化して接近。
まだ欠伸をしているコボルトの手をひねって木製の槍を奪うと同時に、「格闘術」によって足を払い、バランスを崩したところを一気に投げる。
なにが起きたのかがわからないコボルトが飛んでいく先には、剣を構えた若い勇者。
ただ飛んでくる魔物を切るだけであれば、タイミングさえ合わせればいい。
「やあああああ!」
気合いは十分。光の剣が振るわれると、魔物は肩口から腰にかけて真っ二つになった。
軌跡は若干ぶれていて、力任せに叩き切ったに過ぎない。技術はあまりにも未熟。
しかしそれでも、骨ごと両断してしまうのは勇者の力だろう。
彼はほっとしていたが、すぐに構え直した。
「次!」
フィーリティアはゴブリンの腕をへし折って動けなくしたまま組み伏せて、彼のほうを見ていたのだ。
勇者が構え直すのを確認した彼女は、ゴブリンに蹴りをくれる。
「グゲェエ!?」
勢いよく飛んできたゴブリンに、勇者は再び光の剣を解き放った。
二度目も剣はややぶれている。緊張していることもあるのだろう。それでも、彼はこの地で魔物の討伐を二度達成したのだ。
荒い息をつきながら、自分の手を眺める彼のところに、フォンシエは向かっていく。
「大丈夫かな?」
「あ、はい」
「こんな感じで魔物を倒していくから。頑張ってくれよ」
フォンシエが言うと、彼は力強く頷いた。
「あの……混沌の地って、強力な魔物が蔓延る土地だって聞いていたんですが」
若い勇者にとっては、あまりにもあっさり敵を倒せたことが驚きなのだろう。それには年配の男が答えた。
「おいおい、調子に乗るなよ? あのゴブリンだって、ひよっこのお前にゃ、手がでない相手なんだからな」
「それは百も承知しています。ですが、フォンシエさんや皆さんを見ていると、そこまでの脅威ではないように感じてしまいまして」
「ここが恐ろしいのは、魔物が強いことじゃない。なにがあるかわからないことなんだ」
若い勇者は首を傾げる。
「あちこちに高レベルの魔物がうじゃうじゃいる。そんなところには突っ込んでいけない。だが、たったの二体しかいないとわかっていれば、遠慮なく切りに行けるだろ」
「なるほど。敵が見えないことが恐ろしいのですね」
「そういうこった。一方的に居場所がわかっていりゃ、奇襲だってうまくいく」
探知のスキルを持つ狩人がいればいいのだが、この土地で活動できるほどレベルが高い者もいない。それに、高レベルになるほど、職業による力の差は開いていく。
だから、これは探知と光の証を併せ持つ者がいるからこそ、できる行いであった。
フォンシエはそれからも同じような手順で魔物を仕留めていく。
勇者たちも次第に慣れ始めた頃、彼は大型の魔物を見つけた。
「……サイクロプスがいます」
「一つ目の巨人か。あいつらは元々レベル20以上あるよな」
「ええ。ですから、ここだとレベル60から70くらいでしょう」
そんな会話を聞いていた若手は、困惑しながら様子を窺っている。
けれど、フォンシエとフィーリティアはけろりとしていた。
「倒そうか」
「そうだね」
これにはベテランの勇者たちも顔を見合わせずにはいられなかった。とはいえ、これだけ勇者を集めて、帝国の戦力そのものと言っても差し支えない状況なのだから、敗北するような事実があってはならない。それは人類が魔物に完敗したことにほかならないのだから。
「具体的にはどうするんだ?」
「ティア、光の海をお願いできる?」
「うん。私が使いますから、皆さんは光の矢で撃ってください。サイクロプスは動きが速くありませんし、そこで重症を与えられるでしょう」
「それでも迫ってきた場合は?」
「俺が止めますよ。「中等魔術:土」で覆います」
「……もうなんでもアリだな」
すっかり呆れられる彼であるが、サイクロプスの近くにいる邪魔になりそうな魔物を片づけると、いよいよその魔物のところへと向かっていく。
草木をかき分けながら、ゆっくりと距離を縮める。
いた。
巨人は大木を手にしながら佇んでいた。
一つ目はきょろきょろと動いているが、反応が鈍いのか、まったくこちらに気づく気配はない。となれば、一方的に仕掛けてしまってもいい。
フォンシエが合図を出すと、フィーリティアは光の海を発動させた。
勇者のスキルの中でも、特別なスキルだ。勇者の能力を底上げし、普段以上の力を発揮させる真髄とも言えよう。
フォンシエにはその効果はまったく実感できない。けれど、驚く勇者たちを見れば、効果は歴然としていた。
「勇者の適性」を持つフィーリティアのそのスキルは、多大な効果をもたらす。そしてフィーリティア自身への影響は、「勇者の適性」によってさらに増加させられることになる。
相乗効果で磨き上げられた彼女の実力が今、解き放たれる。
フィーリティアは切っ先をサイクロプスに向けると、勢いよく光の矢を撃ち出した。
サイクロプスが気づいたときにはもう遅い。
「グゥオオオオオオ!」
胴体へと光が吸い込んでいき、どっと血を噴き出させた。さらに数本の光の矢が続く。ほかの勇者たちの攻撃だ。
しかし、そちらは威力が乏しかった。いや、サイクロプスが強靱すぎたと言うべきか。皮膚を抉るも、フィーリティアの攻撃のように致命傷を与えることはできなかったのである。
サイクロプスが勢いよく迫る中、フィーリティアは二発目を撃ち込む。
敵も回避しようと動き、脇腹を抉るだけにとどまった。
「おい、止まらないぞ!」
「だったら止めて見せる!」
フォンシエは前に出ると、「中等魔術:土」を発動させる。光の証で強化されたそれは、一瞬で発動した。
サイクロプスの足元の土が盛り上がり、絡みついていく。
突然のことに、魔物は反応することができずに足を取られた。そして倒れ込んだときには、全身を土が覆っていた。
「撃ち込み続けろ!」
フォンシエは自身も光の矢を放ち、勇者たちを鼓舞する。彼らは必死になって攻撃を続ける。それでもサイクロプスはよろめきながら立ち上がり、最後の力を振り絞る。
「これよりとどめを刺す! 行くぞ!」
フォンシエはフィーリティアとともに飛び出した。
敵はすでに体中に穴が開き、誰の目にも弱っているのは明らか。もう警戒するほどの力は出せないだろう。
フォンシエは最初に飛びかかると、サイクロプスは手にしていた大木を叩きつけようとしてくる。
が、彼は「鬼神化」を用いると、それをもいなして懐へと入り込んだ。
巨人の足の指を掴むと、
「ふんっ!」
力任せにぶん回す。巨人は小さな少年に引きずられて転び、したたかに背を打ちつけた。
そのときにはフィーリティアが背後に移動しており、サイクロプスの足の腱を裂いていった。もう敵は動けない。
「よし、やれ!」
勇者たちは一斉に飛びかかり、光の剣を振るう。強大な相手も、こうなってしまえば動かぬ的だった。
何度も何度も、切りつける。そこには若い勇者の姿もあった。
「……はあ、はあ。やったぞ! こんな魔物を、倒したんだ!」
「お前の力じゃねえぞ」
「わかってます! でも、すごいじゃないですか! 人類はこんな魔物にも勝てるんですよ! フォンシエさんもフィーリティアさんも、僕と年はそんなに変わらないのに、すごすぎますよ!」
「……お前、おっさんの俺を馬鹿にしているのか?」
「そ、そんなことはありません!」
「まあ、強さは時間じゃない。くぐり抜けた修羅場の数さ」
そんな会話を繰り広げる勇者たちを尻目に、フォンシエはフィーリティアと話をしていた。
「……これならティアもレベルが上がるかな?」
「うん。そうだといいな」
すでにレベルが70にも到達した彼女は、混沌の地の魔物ですらレベルが上がらなくなってきている。
かつてここの遺跡に挑んだという勇者たちはレベル80だったと聞いている。そこまで強くなれば、東のあの魔王にも立ち向かえるだろう。
とはいえ、それはここの勇者たちにとってはあまり関係がないことかもしれない。なにしろ、多くは混沌の地から出てくる魔物から国を守るために、強くなろうとしているだけで、世界を滅ぼしかねない脅威と戦おうとしているわけでもないのだから。
「それじゃあ、続きをしましょうか」
フォンシエが告げると、彼らは「まだ戦うのか」とでも言いたげな顔になったが、若手の勇者が元気のいい声を上げると、負けていられないと奮起するのだった。
◇
そうして混沌の地におけるレベル上げは一日目が終わり、フォンシエとフィーリティアは慌ただしく北東のゼイル王国に向かっていく。
混沌の地の周りをぐるりと回りながら、周辺諸国の勇者の底上げをしていく予定なのだ。
今晩は休むとして、明日はゼイル王国の勇者たちと協力することになる。
そう思って、今晩の宿を訪れたのだが……。
「ラスティン将軍」
レーン王国のその人物が、どういうわけか、ゼイル王国最強の勇者ユーリウスとフリートとともに、フォンシエを迎えた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
おかげさまで、「逆成長チートで世界最強」3巻が12月28日に発売される運びとなりました。
本巻も全編書き下ろしとなっています。書店さんで見かけた際は、お手にとっていただけると嬉しいです。
WEB版ともども、よろしくお願いします。




