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134 平和のために

 息せき切らしながら森の中を駆ける。その時間はたいした長さではなかったのだろうが、東の森を抜けてガレントン帝国に戻ってきたときには、何日も経っていたような疲労感があった。


 フォンシエとフィーリティアは視線を西に向ける。

 ガレントン帝国の都市が見えて、それが無事なことに一息つくのだ。


「……よかった。平和で」

「でも、私たちが東に行ったから事情を知ってしまっただけで、あの東の状況は以前からずっと続いていたんだよ」

「いつこの国が滅んでもおかしくない状況だった、ってことだよね」

「知らないほうがよかったのかもしれない」

「……じゃあ、皇帝に報告はしないほうがいい?」

「そうは言っていないよ。でも、普通の人たちにとっては、知らせないほうがいいのかな」


 どうしようもない脅威を知ってしまえば、以前と同じ生活はできなくなる。

 知ったからといって対策もしようがないのだから、それならば、まだ束の間の平和を味わっているほうがいい。


 とはいえ、それは為政者が考えることであって、フォンシエたちが悩むことではない。


 二人は光の翼をはためかせて、勢いよく駆けていく。

 途中の魔物には目もくれず、一目散に帝都へ。


 そうして辿り着いたそこは、少々騒がしくなっている。だからフォンシエは兵に声をかけてみることにした。


「なにかあったんですか?」

「東で死霊の魔物の騒動があったのはご存じですか?」

「ええ」


 なにしろ、倒してきた本人なのだから、知らないはずがない。


「それに引き続き、混沌の地から魔物が出てくるようになったんです」

「なるほど。それは大変だ」


 フォンシエは何食わぬ顔で返すが、これも予定どおりである。

 あの土地から出てくる魔物は一定数とされていた。そしてすでに飛び出して、ガレントン帝国の領内を荒らしている魔物を駆除したのだから、その分だけ混沌の地の魔物が出やすくなるのだ。


「戦力もこちらに集中させていますが、どうなることか……」


 彼の話によれば、勇者たちも来ているとか。

 この国には勇者もそんな多くはないから、混沌の地に対する防備を固めたのだろう。そんなところに、死霊の魔物の騒動がやってくれば、混乱するのも無理もない。


 さらに悪い知らせを持っていくのだから、フォンシエはちょっと気が引けるのであった。


 とはいえ、先送りにしてもいられない。

 二人は街中を進み、城に達すると、


「火急の用がございます」


 と告げる。それを聞いた兵は大慌てで城内に招き、連絡を行い始める。

 程なくして、彼は皇帝陛下その人の前にまで来ていた。


(……他国の人物を、こんな簡単に皇帝に会わせてもいいものなんだろうか?)


 フォンシエはそんな疑問を抱いてしまうくらいである。


「フォンシエ殿。よく来てくださった。早速で申し訳ないが、用件について聞かせていただけるか」

「今から告げることは、この国の――いえ、この世界を揺るがす大事です。心して聞いていただけますか?」

「……あいわかった」


 皇帝は息を呑み、次の言葉を待つ。

 フォンシエも緊張を孕みつつ、ゆっくりと口を開いた。


「東では、混沌の地の魔王が二頭潜んでいました」

「なんと……!」


 皇帝は驚き、椅子から転がり落ちそうになる。足は震え、それでもぐっと堪えて聞き返すのだ。


「その魔物が西に来る可能性は?」

「わかりませんが、大翼の魔物で空を飛んでいましたから、いつでもあり得ることかと……」

「そうか……」


 互いに言葉は重くなる。

 倒せそうもない相手がいつ襲ってくるかわからないのだ。無理もない。

 しかし、フォンシエはそこで諦めるという選択をする気もなかった。


「つきましては、勇者たちとともに混沌の地の魔物の駆除を行い、レベルを上げたいと考えています」

「それは構わないが……」

「かつて混沌の地の遺跡に赴いた勇者たちがいたという話を聞いています。そこでは、勇者はレベル80で対応できましたが、ほかの職業の者たちがついていけなくなったとのこと。ですが、その役割は私が担いましょう。「探知」も「癒やしの力」も活用できますから、比較的危険が少なく魔物の駆除を行えます」

「それは……我が国の勇者の育成を担うということか?」

「この国だけではなく、すべての勇者です。もう事態はそこまで差し迫っているのではありませんか?」


 フォンシエは落ち着いた口調で告げる。

 ここで勝てなければ、勇者たちが魔物を倒すことができなければ、蹂躙される以外の道はないのだ。


「…………すぐにでも動こう。だが、表向きは混沌の地の調査という形にしていただきたい。民に知らせるわけにはいかぬ」

「そこはお任せします。では、他国にも掛け合ってきましょう。レーン王国でも混沌の地の魔物の被害はありましたし、ゼイル王国には魔王との戦いを渇望している勇者がいます」


 たとえ国が動かずとも、個人として動いてくれる者はいるだろう。

 ただの村人がそこまでの影響力を持っているのも妙な話ではあるが、これまでの戦いの成果の一つだろう。


「よろしくお願い申し上げる」


 皇帝が頭を下げると、フォンシエは早速、城を出て動き始める。

 まずはゼイル王国へ。国王はこの話を聞いて腰を抜かしてしまい、決断を下せずに慌ててしまうので、勇者ギルドにて事情を伝える。


 どれだけの勇者が乗ってくれるかはわからないが、強くなることは保身にも繋がる。その場にいた何人かが興味を示してくれた。


 それからレーン王国へ。ラスティン将軍をはじめとして、ともに戦った勇者たちは真剣に話を聞いてくれる。


 そうした話し合いを済ませたら、フォンシエは今度は西国に移って、あちこちで話をしていく。これにはラスティン将軍も同行してくれた。


 なにしろ、フォンシエの名前は知られていないから、まともに取り合ってもらえない可能性があった。


 あっという間に一日が過ぎていき、混沌の地をぐるりと回ってガレントン帝国に戻ってきたときには、すでに日が暮れようとしていた。


 そのときには、隣にいるのはフィーリティア一人。最初から最後まで、ずっといてくれるのは彼女だけ。


「……フォンくん。この計画はどうなるかな?」

「まだわからないけれど……とりあえず、最初のうちは俺が日替わりで各国を回るような形になるから、遅れを取るような形にはしたくないって考えるんじゃないかな」

「そこまで考えて動いていたの?」

「いや、そういうわけじゃないけれど、結果的にそうなったってだけだよ」

「えっとね……フォンくん」

「うん?」


 フィーリティアはフォンシエをじっと見つめる。

 それからちょっと目を伏せながら彼に尋ねた。


「本当に大丈夫?」

「そうだといいけど、相手が相手だから、確証は持てないな」

「そうじゃなくて。フォンくんの負担が大きくなっちゃうから」


 フォンシエはそこでようやく、フィーリティアが彼自身の心配をしているのだと気がついた。


 彼女の優しさを知りながらも、フォンシエはどうすることもできない。敵と戦って打ち勝たねば、未来は存在しないのだから。


 だから、代わりに彼女をそっと抱きしめた。


「魔王を倒したら、コナリア村にでも戻って、二人で暮らそう。村人も勇者も関係なく、昔みたいに」

「……うん。待ってる」


 フィーリティアもそれ以上はなにも言わなかった。

 フォンシエは「明日から動く。今日はもう戻ろう」と彼女を宿に促した。


 そうして夜は明け、翌日。

 帝都を出たフォンシエの前には、混沌の地に赴く勇者たちが集まっていた。


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