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13 村人と勇者

 林を外から眺めたところ、魔物の気配は感じられない。


 北には広々とした森が存在しているため、わざわざこの小さな、しかも人の都市に近い林に住む理由がないのだろう。


 フォンシエは軽く、先ほど取ったスキルが安全に使えることを確認すると、そちらにゆっくり向かっていく。


(……これほど魔物が少ないなら、むしろ丁度いいかもしれない)


 大軍に襲われては、一人では逃げるほかどうしようもない。といっても、逆に魔物が一匹もいないようでは来た意味もないのだが。


 しかしそんな心配をする必要はなかったようだ。

 林の中を進んでいくと、なにかの息遣いが感じられるようになってきたのである。


 息を潜めてそちらに近づいていくと、一体のホブゴブリンと数体のゴブリンがまとまっていた。


 一カ所にいるため、習得したばかりのスキル「中等魔術:炎」を使うには丁度いい。

 まだ範囲などがいまいち掴めていないため、距離をかなり大きく取る。


 そして木々の合間を射貫くように視線を向け、魔術を発動すると、ゴブリンたちの足元で魔力が高まっていく。


 ホブゴブリンが急に顔を上げるが、魔力の変化に気がつくには時間がかかった。そしてしばらくすると、わめきつつ逃げようと一歩を踏み出す。


 しかし、そのときすでに魔術は発動を迎えようとしていた。


 魔力が瞬間的に増加すると、一気に大地が弾けた。

 ドォン! 爆音とともに、辺りに土が撒き散らされる。


(……なんて威力だ!)


 煙が上がる中、目を凝らして見ると、近くにあった木が倒れていることが明らかになった。


 ゴブリンはすでに吹き飛んでおり、ホブゴブリンもバラバラになっている。


 練習すればより早く使えるだろうし、範囲だってうまく調節できるだろう。最小限の魔力で敵を仕留めることもできるはず。


 しかし、今の一発でフォンシエの魔力は半分以上なくなっていた。

 主力として使うには、魔術師のスキルなどにある魔力を増やすものを取る必要がありそうだ。


(確かに便利だけど……そこまで優先はしなくていいかな)


 敵の大軍が迫ってきたときにぶちかますくらいでいい。

 なんせ魔石も吹っ飛んで遠くに行ってしまい、ほとんど見つからなくなってしまったのだから。


 草木で足元の視界が悪いところでは、小さな魔石の回収はもはや諦めるしかなかった。


 それからフォンシエは猟師のスキル「探知」を最大限に利用し、感覚を鋭敏化して魔物の息遣いを探る。


 はぐれのゴブリンやコボルトがちらほら見えると、一体ずつ仕留めていく。


 これではわざわざ戦地に来た意味がないが、ときおりホブゴブリンやコボルトリーダーなど、やや上位の個体も見える。


 それらを一撃で屠っていくと、やがて向こうに大柄な豚頭の魔物が見えてきた。オークの上位種、オークロードだ。


 魔術は使えずあまり俊敏ではないが、ゴブリンロードよりも力強く、厚い皮膚に守られている魔物だ。格上といってもいい。


 フォンシエの身長では手を思い切り上に伸ばさないと頭に届かないほどの大きさがあり、それゆえに力の差が生じる。


(……思わぬところで、なかなか強い敵に遭うとは。試すには丁度いいか)


 フォンシエはオークロードを、鬼神化のスキルを試す対象に決めた。


 そのスキルは上位の能力を持つ職業のものであり、さらに短時間に集中的に能力を高めるものであるから、短期戦なら圧倒的な強さを誇る。


 周囲に魔物がいないことを確認し、覚悟を決めると、フォンシエは暗殺者のスキル「気配遮断」を使用する。


 そして音も立てずに背後に忍び寄ると、鬼神化を使用。

 力強く跳躍すると、一気に剣を振るい、首を切りつける。


 すさまじい勢いで刃は食い込み、血を噴き出させる。そのまま力を込めて切り落とさんとするも、骨に当たったため引き戻した。


(……ちっ。硬いな!)


 それだけで随分と深く切断したのだが、オークロードは片手で傷口を押さえつけながら、もう一方の手を振りかぶっている。


 高い生命力を持つオーク種は、致命傷を与えてもすぐに絶命はしないようだ。


「ブヒィイイイイイイ!」


 オークロードは怒りのままに叫び、歯ぎしりの音を鳴らす。


 フォンシエは着地して、ぐっと大地を踏みしめると片手を剣から離して、放たれたオークロードの一撃を素手で受け、一気に懐に入ると顔面目がけて拳をたたき込む。


 重い手応えがあった。


 油断していた相手はあっさりと直撃を受け、頭が後ろにずれる。

 体格で劣るフォンシエであったが、ひとたび筋肉を切っていれば、もう力の問題ではなくなったのだ。


 そして相手が隙を見せるや否や、素早く足を払って転倒させ、剣を掲げる。

 無防備な背中を視界に入れると、彼は素早く剣を振り下ろした。全力で叩きつけられた剣は敵の骨をも断ち切り、首を落とした。


 フォンシエは動かなくなった敵を見ながら、鬼神化のスキルを解除する。

 直後、彼は思わず膝をついた。まるで体に重石が乗っているかのように、倦怠感が纏わりついているのだ。


(……なるほど。村人にはかなり負担が大きいようだ)


 これでは、剣を振るときや攻撃を受けるときなど、一瞬に限定した使用にしなければ持たない可能性が高い。


 力比べをしたのは失敗だったとも言えよう。


(だが、課題は見えた。これから練習すればなんとかなるだろう)


 フォンシエはそこらの木にもたれかかって休みながら、今後のことを考え始めた。



    ◇



 フォンシエがそうしている頃、フィーリティアは南東に向かっていた。


 この国の南側には魔人を従える魔王モナクとは異なる魔王が治める土地があり、魔獣と呼ばれる魔物たちが存在している。


 フィーリティアがこちらに来るのは初めてであり、こちらの魔物の状況に、彼女の「魔物といえばゴブリンやコボルト」といった印象は、まるきり変わることになった。


 なんせ出てくる魔物は皆、四つ足で、たいていは毛に覆われているのだから。


 違いを感じながら軽々と走っていく彼女の側には、一人の男性がいる。その人物は酒瓶をぐっと煽ると、ぷはーっと息を吐き出した。


「あー、うめえなあ。この瞬間こそ、生きてる実感があるってもんよ!」


 酒臭い息で言うその男に、フィーリティアは困ったように狐耳をぱたぱたと動かし、それから言葉を口にする。


「あの……アルードさん。勇者がこんな調子で大丈夫なのでしょうか? 民の期待を背負っているわけですから……」


 彼アルードはすでに四十代であり、勇者としての経歴は長く、フィーリティアが意見できるようなものではない。


 おずおずと告げた彼女に、アルードはうろんな目を向ける。


「……嬢ちゃんよ、その感覚は捨てたほうがいい。それは市民の感覚だ」

「どういうことでしょう……?」


 フィーリティアが尋ねると、アルードは少し考え、それからゆっくりと物語を紡ぐように告げる。


「たとえば、嬢ちゃんが父親から家宝の剣を譲り受けたとしよう。絶対に傷をつけてはならないと言われてな。それを大切にしまっていたところ、大勢の村人が押し寄せてきた。そして言うことは、『お前は立派な剣を持っている。だから戦いに行く義務がある』というものだ」


 そのたとえ話を聞き、フィーリティアはうーん、と悩む。


「剣を持っていることと、戦いに行く義務は結びつきませんよね。論理が飛躍している気がします」

「ああ。村人は義務という強い言葉で、相手に感情を押しつけることで動かそうとしているんだ。そして剣は使えばいつか折れる」


 彼が言いたいことをフィーリティアは理解し、狐耳をピンと立てた。

 その様子を見て、アルードは言いたかったことを告げる。


「勇者が賭けるのは折れる剣じゃない。たった一つの命だ。力があるから戦わなきゃいけない、なんてくだらない倫理観の押しつけで動いたせいで落とすには、あまりに惜しいと思わないか」

「ですが……誰かが戦わなければ、いつか人は滅んでしまうでしょう」

「そうだ。だから戦うこと自体は否定しない。だが、よく考えてみろ。兵が守るのは市民だが、それは市民が税を納め、兵が給与を受け取っているからだ。物事には対価が必要なんだよ。利益だけを欲するのは、あまりにもおこがましいと思わないか」


 フィーリティアはアルードの言葉を否定することはできなかった。

 だから、ちょっと口を尖らせて言ってみる。


「……だからといって、そんなに呑んだらよくないですよ」

「いいんだよ、これくらいで。勇者なんて所詮はただの人間だ。村人となんにも変わりゃしねえ。好き勝手にやれるからこそ、こんな仕事もやっていられる。これは命の洗濯だ。嬢ちゃんもそういうものを見つけるといい。そうすりゃ、馬鹿みたいな正義感で無謀な行いをすることもない。新人ってのは、もてはやされ、そうなる傾向が強いからな」


 それはアルードなりのアドバイスだったのだろう。

 だからフィーリティアは、その大切なものを考え始める。


 けれど、頭に思い浮かぶのは、誰かからもらえるようなものではなくて、一人の少年の姿ばかり。


(……そうだ。フォンくんの分も、頑張らなきゃ)


 たとえば金を手に入れれば、強い装備が手に入る。たとえば権力を得れば、大軍を動かすなどできることが多くなる。


 戦うにしたって、考えなしの善行より、頭を使ったほうがよほどいい。

 フィーリティアはちょっとこざかしくも合理的な正義感を胸に、一歩を踏み出した。


 やがて前に四つ足の小柄なドラゴンが見えてきた。といっても、馬よりもずっと大きいのだが。


 今回、とてもそこらの兵では倒せないと救援が求められ、彼らが出ることになった原因である魔物レッサードラゴンだ。


「アレを倒して、褒美をもらいます」

「……早速、いい面になったじゃないか」


 アルードは笑いながら、剣に光を纏わせると突撃する。

 その速さたるや、ドラゴンが気づかぬうちに足元に近づくほど。


「ふんっ!」


 剣を一振りすると、一本の足が切断される。そして立て続けにもう一振り。


「グギャアオオオオオオ!」


 レッサードラゴンの声が響くも、それはすぐに途切れた。

 もう一振りの光の剣が、首を落としていたのだ。


 これにて討伐完了。

 フィーリティアは光の剣を見つめていたが、やがて鞘に収めると、顔を上げた。


 まだ勇者になったばかりであるが、少しだけ、未来が見えたような気がした。


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