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129 女神との邂逅


 混沌の地を抜けて、そこらでゴブリンが居眠りしている光景が見えてくると、フォンシエはようやく一息ついた。


 ケルベロスとの激闘は今もまだ脳裏に焼き付いている。


「……フォンくん、大丈夫?」

「なんとか」

「帝都はもうすぐだよ。頑張ろう」

「ありがとう。ティアのおかげで助かったよ」


 フォンシエが言うなり、フィーリティアは尻尾をぱたぱたと揺らす。

 混沌の地では彼女が魔物を切り倒してきたため、フォンシエはほとんど戦わずに済んでいる。片腕を負傷した状態では、そのほうが都合がよかったとはいえ、なんだか悪い気もしてしまう。


 フィーリティアはそんな内心もお見通しのようで、


「たまにはフォンくんは休んでいるくらいでちょうどいいよ」


 などと笑うのだった。

 それから南へと向かっていき、やがて帝都が見えてくる。

 混沌の地に長くいたわけではないというのに、すっかり平和そうな光景が奇妙に思われる。


(……もし、あのケルベロスがここに来ていたなら)


 そう思うとぞっとする。

 たった一頭でこの都市は壊滅していたかもしれない。


「混沌の地の魔物は出てこない、と言われていたよね」

「そうだけど……今回、いろいろ出てきちゃってるね」

「強力な魔物でも手を出してこないなら放っておいてもいい。そう考えていたけれど……そんな保証、どこにもないんだ」

「遺跡の魔物は出てこないみたいだけど……」

「いつまで続くかはわからない」


 いつ都市が、いや国が滅びるかもわからない魔物が野放しにされているのだ。とても見過ごせるような話ではない。


 二人は危機感を覚えながら帝都に足を踏み入れる。

 その緊張感とは裏腹に、人々は平和に暮らしている。まるで、先ほどまでいた場所が夢幻であったのではないかと思われるほどに。


(だけど……平和は急に壊されてしまう)


 圧倒的な力の前ではなにも守れやしない。ただ、自分たちが強くなるほかないのだ。


 フォンシエとフィーリティアはそれから帝都の城に辿り着くと、皇帝への謁見の機会をいただくことにした。


 二人の顔は覚えられているため、取り次ぐのは容易い。

 兵を見つけると、早速連絡してもらう。


「混沌の地の調査を行ってきました。そこで重大な事実が判明したのです。どうか、皇帝陛下にお目通り願いたい」

「かしこまりました。確認のためお時間をいただきますが、よろしいでしょうか」

「構いません。ことが重大ゆえに、できるだけ早いほうが好ましく、時間がかかるようでしたらほかの方にお伝えしようかと思います」


 はたして、そう簡単に会えるものだろうかと悩んだのだが、最悪、代理の者でも構わない。


 フォンシエはフィーリティアと一緒に待合室で待機する間、落ち着かないようでうろうろしていた。


 そんな彼を見てフィーリティアはからかってみる。


「……もうちょっとどっしり構えないと。英雄とはこうもせっかちなものか、って笑われちゃうよ」

「村人が皇帝陛下に会おうとしているというのに、こんな緊張感がないんだ。それだけでもどっしり構えていると言えないかな?」

「フォンくんのそれは、元々じゃないの?」

「違うよ。昔は村人だからって、ティアが言うところの卑屈になっていたけど、今は開き直っているんだ」

「うん、あまり変わらないね」


 二人でそんな会話をしていると、少しずつ落ち着いてくる。

 頭の中を整理する時間もあって、ちょうどいい頃、ドアがノックされた。


「皇帝陛下がお会いになるそうです」

「ありがとうございます」

「こちらへどうぞ」


 兵に案内されて謁見の間に行くと、皇帝は王座に腰かけていた。

 威厳のある姿だが、よく見れば衣服に皺があったり、急いで来たことが窺える。


「フォンシエ殿、フィーリティア殿。よく来てくれた」

「このような機会をいただき、恐悦至極に存じます」

「早速、本題に入ろうか。混沌の地の調査結果ということでよろしいか」

「ええ。話が早くて助かります。今朝から北に赴き、魔物を討伐してきました。探知のスキルを使うことで南に来る魔物は見つけ出すことができました」

「では、討伐することができたと」

「はい。魔物は倒すことができましたが――」


 めでたいはずの報告だが、続けにくそうにするフォンシエに、皇帝もことの重大さを察する。


 彼が息を呑みじっと見据える中、フォンシエは告げる。


「南に向かってくる魔物は十数体。必ずその数なのです」

「どういうことだ?」

「一体の魔物を倒せば、また別の魔物が動き出すということです」

「なんと……」

「ゴブリンを倒したとして、オーガが動き出すことさえあります」

「それでは、労して倒したところで骨折り損ではないか……!」


 皇帝は絶句して、しばし天井を仰いだ。

 彼が落ち着くまでの間、フォンシエはじっとしていた。なにしろ、混沌の地の魔物との戦いが終わらないことを、彼に突きつけてしまったのだから。


 きっと今、彼は現実を否定する言葉を探しているのだろう。なにか方法はないのかと。

 だけど、それでも受け入れるしかない。


「……以前はこのようなことはなかった。原因についてはわからないのか?」

「調査のために遺跡に行きましたが、最上位個体、ケルベロスに阻まれて探索は不可能でした」

「そうか……」

「幸いにも、遺跡から出てくる気配はありませんでした。……これがことの顛末となります」

「報告、感謝する。……すまないが少し考えさせてくれ」

「かしこまりました」


 フォンシエとフィーリティアは部屋を出る。

 これからどうするか、彼らも考えなければならない。話し合いなど、少しばかり城での用事が残っているが、それが終われば自由の身だ。


「フォンくん。ひとまず、東のほうにいった魔物を倒さない?」

「そうだね。向こうの魔物が片づけば、仮に倒した分だけ動き出したとしても、戦力を混沌の地に向けられる」


 フォンシエがすぐにでも移動しようとすると、フィーリティアは彼の手を取った。


「まだだめだよ。傷、治ってないでしょ?」

「……礼拝堂に行こうとしただけだよ」

「嘘。目を逸らさないの」


 フィーリティアは前にやってくると、じっと顔を覗き込む。

 可愛らしい彼女を見つつフォンシエは、お手上げだと両手を挙げるのだった。


 それから二人は礼拝堂に赴く。


「混沌の地の魔物を倒したから、大きくレベルが上がっていると思うんだ」

「フォンくんならたくさんスキルが取れるね」

「といっても、ほしいものもなくなってきたんだけど……。ティアも上がるんじゃないかな?」

「そうだといいな」


 もはや二人は、女神に対する敬意なんてありゃしない。

 礼拝堂に入っても、ただ祈りを捧げるばかりである。


 レベル 22.74 スキルポイント7560


(……おや?)


 フォンシエは顔を上げて、ふと違和感を覚えた。


「ねえ、ティア」

「ここじゃ静かに――」

「女神マリスカの像。遺跡の材質と似ていないかな?」

「言われてみれば……」

「石像だとばかり思っていたから気づかなかったけれど、これもあの遺跡と関係があるのかもしれない」


 二人でそんな会話をしていたのだが、付近にいた信徒たちの視線が鋭いのに気がつくと、話はあとにしよう、とそそくさと礼拝堂を出るのだった。


 少し離れた路地裏に行くと、先ほどの続きをする。


「女神マリスカとあそこに関係があるのだとすれば……レベルというシステム自体に共通するなにかがあるかもしれない」

「あそこには魔物のレベルを上げるなにかがある、ということ?」

「うん。そもそも、レベルってなんだろうな。魔物を倒して上がる、敵と戦うため与えてくれた力だと言われてきたけれど……改めて考えてみると腑に落ちない。魔物の神も女神マリスカも、種類が違うだけで、同じ機能を持っているわけだ。もしかすると、元は同じものなんじゃないか、という気がしてくる」

「……手のひらで踊らされていると言いたいの?」

「むしろ、勝手に神に祭りあげたというほうが近いかも。……まあなんにしても、ただの憶測だよ」


 フォンシエはそこで話を打ち切った。確かなことはなにもないのだから。

 まったく信仰とは無縁の彼だから、女神マリスカはただ戦う力を与えるシステムと見なしたのだが、そんな話を聞いて顔をしかめる市民も少なくない。


 話を変えるべく、フォンシエはフィーリティアに尋ねた。


「そういえば、レベルは上がった?」

「たくさんね。もう68になったよ」

「じゃあゼイル王国最強の勇者も目の前だ」

「でも、そろそろ混沌の地の魔物でも上がりにくくなってきたかもしれない。フォンくんは?」

「魔王モナクとの戦いで得たスキルポイントを溜めていたのが馬鹿らしくなったよ。とりあえず、光の証を三つ追加で取ってきたけど、まだ6000くらい余ってる」

「使い道に悩んじゃうね」

「悩むまでもなく、片っ端から取れそうだけど」


 フォンシエは取ったスキルに片っ端から光の証を用いれば、いずれあのケルベロスと戦えるくらいにはなるだろうかと考える。


 そのためには、勇者のスキルを扱う技量のほうを高めていかなければ。


「フォンくん、そろそろ帰らない?」

「そうしようか。悩むのはまた明日にしよう」


 今日はいろいろと多くのことがあった。

 フォンシエはすっぱりと考えるのをやめて、フィーリティアと二人の時間を楽しむことにした。


 明日からの戦いに備えて。

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