127 この土地を、今度は二人で
翌日、フォンシエは混沌の地にやってきていた。
魔物がここから出てくるという話だったから、できるだけ早いうちに被害をなくしたほうがいいという判断だ。
「どう? 魔物の気配はわかる?」
フィーリティアは狐耳をぱたぱたと動かしながら尋ねる。彼女は聴力に優れているが、はるか遠方のことはわからない。
フォンシエは光の証を「探知」に用いながら、辺りを探ってみる。と、いくつも引っかかる魔物がある。
「この近くにはいないみたいだけど、遠くなら結構いるな」
「ふらふらと迷い出てくる魔物だったよね」
「そう聞いているよ。おっと、どうやら見つかったようだ」
目的としている、南に向かってくる魔物の反応がいくつか。
まっすぐに南下しているというよりは、引き寄せられているといったほうが近いかもしれない。
フォンシエも探知のスキルを使うのに慣れたもので、光の証が使える今では広域を把握することも難しくなかった。
「ゴブリンかコボルトかな。南に向かってくるのが十数体。そのうち、近いところにまとまって二体」
「いける?」
「もちろん。倒しに行こう」
二人だけだから、行動はとにかく早い。
魔物はあちこちに見られるが、今回は目的の個体の駆除が優先される。いくつかの敵を回避していき、やがて向こうに緑の体が見えてきた。ゴブリンだ。
フォンシエはフィーリティアに目配せする。彼女が頷くと、フォンシエは「気配遮断」のスキルを用いて、草木に隠れながら背後に回る。
ゴブリンはまだ気づかない。
(強いといえども、油断しているところなら……!)
一気に飛び出して、光の剣を振るう。
刃はゴブリンの首を刎ねると、血を撒き散らした。
(まずは一体!)
声を上げることもなく、仕留めることができた。しかし――。
「グギャアアアア!」
ほんのわずかな音に反応し、もう一体のゴブリンが振り返る。そしてフォンシエを見るなり、手をかざした。
そこで魔力が高まり、小さな火球が生み出される。「初等魔術:炎」だ。
ゴブリンは口の端を上げる。もう逃げられまいと。
「やあ!」
そんなゴブリンの背後にすっとフィーリティアは現れるなり、光の剣を振るった。
あっさりと首が落ち、スキルを使用しようとしていた体勢のまま、ゴブリンは倒れていく。
フォンシエは剣を収め、ゴブリンが消えていくと魔石を回収する。
フィーリティアはその様子を眺めながら、狐耳を前後にぱたぱたと動かしていた。
「ここの魔物、ゴブリンでも初等魔術が使えるんだね」
「そうみたいだ。俺もなかなか慣れないよ」
「レベル40くらいなのかな」
「おそらく。オーガで50かそこらだろうか。よその魔物よりも40くらい上がってる感じだ」
「でも、種族によって、レベルと単純な強さが比例しないみたいだし、それだけじゃ判断できないね」
「油断しないでいこう」
フォンシエは早速、次の魔物のところに移動していく。
十数体なら、今日中に片づくだろう。
そうしてコボルトとゴブリンを難なく片づけつつ、次第に混沌の地深くへと進んでいくのだが……。
「おや?」
「どうしたの、フォンくん?」
「なんだか、魔物の様子がおかしいな」
探知で引っかかる魔物の動きが先ほどと変わっている。
「南に向かっている魔物を数えてみると……十数体。最初に南に向かっていた数と一緒だ」
「それは……偶然なの?」
「わからない。けど……それまでのんびりしていた魔物が、動き出したんだ。魔物間でなにか生死に関して共有しているものがあるのかもしれない」
いずれにせよ、この活動を続けていけば、偶然かどうかは明らかになる。
二人はさらに奥地へと向かっていくと、大型の魔物も増えてくる。
そこにいるのはミノタウロス。牛の頭を持つ人型の魔物だ。
巨木を担ぎながらうろうろしており、ゴブリンよりは警戒心が強い。
レベルはおそらく60ほど。上位職業の者たちを何人もかき集めて、少なくない犠牲を払いながら、それでようやく倒せる相手だ。
単独で戦うことができるのは、勇者くらいのもの。あるいは、それに匹敵する村人か。
フォンシエは昔のことを思い出す。ミノタウロスやその上位の魔王により、彼が所属する傭兵団は壊滅した。
あのときと今ではまるで状況が違う。それでも、共通していることは一つ。
(こいつを倒さないと、また被害者が出る)
フォンシエは剣に手をかける。
ミノタウロスはふらふらしつつも、南へと向かっている。このまま放っておけば、帝都に到着するのは時間の問題だ。
フォンシエは敵を見定めると、木々の上に飛び乗る。そして敵がよく見える位置を取ると、手をかざした。
「中等魔術:炎」が起動されるなり、ミノタウロスの居場所で魔力が高まっていく。付近一帯を吹き飛ばしてしまうつもりだ。
「ブモォオオオオ!」
外敵に気がついた魔物はすぐさま逃げ出そうとする。
(させるか!)
フォンシエはさらに「初等魔術:土」を併用して敵を閉じ込めようとすると、あたかも檻のように、土が迫り上がって取り囲んでいく。
それでもなお、ミノタウロスは土の壁をぶち破って飛び出した。
だが、その目の前にはフィーリティアが立ちはだかっている。切っ先を向けると、勢いよく光の矢を放った。
「貫け!」
放たれたそれは、ミノタウロスの胸へと向かっていくが、ギリギリのところで動かれて、中心からずれたところを抉り取っていく。
「ブモモオオ!」
ミノタウロスは血を流しながらも、怒りのままに巨木をフィーリティア目がけて振り下ろす。
直後、彼女は光の翼を用いて飛び退った。
ドォン!
「中等魔術:炎」が炸裂し、牛の頭は背後から炎に呑まれ、吹き飛ばされていく。
地面を転がる姿を見てフォンシエは、木々の上から飛び降りた。光の翼を用いて急加速。
相手との距離を一気に詰めていく。
「うぉおおおおおおお!」
首を狙い、飛翔の勢いを乗せた一撃を振るう。
ミノタウロスはそれに対し、腕を振るってきた。光の剣は相手の腕に突き刺さり、フォンシエ自身は殴打されてしまう。体格の差はあまりにも大きい。
「くっ……!」
それでも、負けてなんていられない。必死にしがみつき、離されまいとしつつ好機を待つ。
「フォンくん!」
フィーリティアは加勢に来ると、ミノタウロスの腕を切り飛ばす。
痛みにのたうち回った瞬間、フォンシエは敵の腕を足場に蹴って跳び、ミノタウロスの眼前へと飛び出した。
「食らえ!」
ザンッ!
まばゆい光が縦に走る。ミノタウロスの頭は真っ二つに割れていた。
「よし! こうなればもう戦えないはずだ」
いかに強い魔物といえども、頭を失ってはどうしようもない。
フォンシエは敵の姿を眺めていると、ゆっくりと、角を残して消えていった。
魔石とその素材を回収すると、フィーリティアが警戒を担当してくれるというので、探知に集中する。
「……やっぱりだ。南に向かうのは十数体。同じ数だ」
「倒してもキリがないってこと?」
「ああ。だとすれば……混沌の地のギリギリまで引きつけて倒すのが、一番時間を稼げる」
「だけど……突破される危険性もあるよ」
「それに、南に向かう魔物はランダムみたいで、強い魔物ばかりになったときが危険だ」
もし数十体、ミノタウロスなどの魔物ばかりになったなら、もはや魔王よりも恐ろしい相手になる。
絶対数が少ないため、確率的にはゴブリンやコボルトが多くなるが、あり得ないとは言い切れない。
となると、ゴブリンたちは放置して、強力な魔物だけを駆除すべきか。
「根本的な原因がなにかわからないと、どうしようもないな」
「……奥地の調査に行ってみる?」
「遺跡があるという話だったね。なにか、魔物に関する情報があるかもしれない。北の壁とも関係ある可能性も高かった。……危険ではあるけれど、一緒に来てくれる?」
「もちろんだよ。頑張ろうね」
フィーリティアはぱたぱたと尻尾を振る。
この頼りになる勇者と一緒ならば、どこにでも行けそうだ。
とはいえ、レベル80の勇者でも苦戦したという遺跡だから、油断はできない。フォンシエは気を引き締め、さらに北に向かい始めた。




