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125 皇帝と村人


 フォンシエとフィーリティアは戦いを終えると、馬車に乗りながら南に向かっていた。

 窓から外を眺めると、兵たちが歩いているのだが、一方で魔物はあまり見られない。


 どういうことかと、すぐ近くにいる案内の男に尋ねてみる。


「混沌の地から魔物が来ているという話ですが……あまり見られませんね」

「ええ、だからこそなのです」

「といいますと?」


 フォンシエが首を傾げると、兵は重々しい口調で告げる。


「お恥ずかしいことですが……混沌の地の魔物が、在来の魔物を倒してしまっているのです。また、同種の場合は従えてしまう場合もあり……」

「なるほど。以前、同じような経験がありました」


 レーン王国に行ったとき、混沌の地から出てきた魔物を討伐する機会があった。あのときはストーンゴーレムが対象だったため、複製能力によって多数を相手にすることになり苦戦したが、その上現地の魔物を従えていた。


 勇者であれば、どれほど有象無象が増えても困りはしないだろう。

 しかし、そうでない一般の兵たちからすれば、強敵がいて、さらに相手をしなければならない魔物も増えることになる。


「その件につきまして、おそらく陛下から話があるかと思います」

「……陛下?」


 フォンシエはついぽかんと口を開けてしまう。


(はて、あの国王が関わってくる理由などあったか?)


 今回の件にゼイル王国は関わっていない。

 フォンシエが勝手に飛び出してきたというのがことの顛末なのだから。


「急なお話で申し訳ございません。今回の報告を行ったところ、皇帝陛下が是非話をしたいとおっしゃられまして……」

「皇帝陛下ですか」

「はい」

「なんと……」


 フォンシエは陛下がこの国の皇帝を示しているのだと聞いて、言葉が出てこなかった。

 困惑する彼にフィーリティアが微笑む。


「フォンくん、人気者だね」

「うーん? 最近、偉い人たちと会う機会が増えたけど、なんでだろうね。こんな平凡な男の顔を見ても仕方ないだろうに」

「でも、私はフォンくんの顔を見ていると落ち着くよ」

「これといった特徴もないのに」

「あるよ」

「たとえば?」

「世界で一つだけの、フォンくんの顔だから」

「そりゃそうだよ。俺の顔がたくさんあったら怖いよ。それはほとんどドッペルゲンガーだ」

「そういうことじゃないよ。もう」


 フィーリティアが口を尖らせながら、尻尾でぽんぽんと彼を叩く。

 フォンシエはそんな彼女を見ていると、


「確かに、俺もティアの顔が一番安心するな」


 急に呟くものだから、フィーリティアは顔を赤らめるのだった。


 馬車の移動はのんびりしたもので、とても魔物の被害に困っているとは思えなくなる。だが、兵たちのほっとした顔を見ていると、魔物を倒さねばならないとフォンシエは思うのだ。


 しばらくして帝都に辿り着くと、フォンシエはその大きさに圧倒されることになる。


「これは……魔物がたくさん来たって、びくともしないんじゃないか」


 そびえる外壁は重々しく、オーガが来たって崩せそうにはない。

 さらに視線を上に上げていくと、中央にいくにつれて土地が高くなっており、さらに三つの壁が見える。


 つまるところ、魔物がこの都市を落とそうとすれば、四度の守りを崩さなければならない。


 ゼイル王国の王都は華やかであったが、こちらはそれとは対照的に、無骨で力強い印象を受ける。

 きっと、それこそがこの都市に求められていることなのだろう。絶対に魔物には負けない強さこそが、民の安心の源である。


「驚きましたか? この都市は一度も魔物の侵入を許したことはないんですよ。とはいえ、ここに到着する前に魔物を倒す作戦が採られることが多いのですが」

「確かにそのほうが都合はいいでしょうね」


 そうしてフォンシエは進んでいくと、途中で会う兵たちも心なしか自信を持っているように見える。


 とはいえ、彼らはやはり普通の職業なようだ。

 あまり上位職業の者は多そうに思えなかった。このような見張りなどの日常業務だから、ということだけが理由ではないだろう。


(やはり、魔物討伐で忙しいのか)


 カヤラ国も勇者や上位職業の者が少なく、彼らに頼ってばかりであったが、ここも状況としてはさほどかわらないのかもしれない。


 だが、国を挙げて魔物と戦おうとしている辺りは、魔物の脅威をしかと理解している証拠だ。


 そんなことを考えていると、いつしか最後の壁を抜けていた。

 その先に見えるのは、無骨な外壁からは考えられないほど綺麗な街並みだ。


「どうですか? ゼイル王国ほど華やかではありませんが、ガレントン帝国の王都も捨てたものではないでしょう?」


 兵は誇らしげに告げる。

 フォンシエは少し考えるも、


「そうですね。俺のような田舎者は、場違いに感じてしまいます」


 などと言う。そこでフィーリティアは彼の言葉を継いだ。


「素敵だと言いたいそうですよ」

「いくらなんでも意訳すぎない?」

「フォンくんはちょっと卑屈なところがあって、皮肉に取られそうだからだよ」

「気をつけるよ。なにしろ、皇帝陛下の前で粗相があってはいけないからね」

「ほら、そういうところ」

「そんなに言われたら、もう口を噤むしかないじゃないか」


 フォンシエが硬く唇を結ぶと、フィーリティアは「いじけないの」と笑った。

 そんな若い二人を見て微笑ましそうにしていた兵たちであったが、城への案内の者が来ると、業務を引き継いだ。


 それからフォンシエは街中を進んでいき、やがて城内に足を踏み入れる。

 石造りの重厚な外見に違わず、中も作りはしっかりしている。


「陛下がお待ちです。準備はよろしいでしょうか?」

「ええ。早いほうがいいでしょう」


 フォンシエは待つのが好きではない。せっかちな彼らしい答えにフィーリティアは笑うしかなかった。


 廊下を行き、兵が扉を開くと一室に入る。


 ガレントン帝国の皇帝は、中年の男性だった。


「フォンシエ殿、フィーリティア殿、よく来てくれた。貴公らの助力、誠に感謝する」

「もったいないお言葉でございます」

「そう硬くならなくてよい。なに、この私も市井の民草と変わるものではない。魔物を打ち倒す勇者に憧れたというだけのことだ」


 皇帝は気さくな人柄らしく、朗らかに笑うのである。

 フォンシエはそう言われて、黙っていることもできた。しかし、そうするのは不誠実に思われたので、僭越ながら、と申し出る。


「私は勇者ではありません。一介の村人でございます」

「ふむ。そうだったな。ゼイル王国の英雄殿は村人と聞いていた。これは失礼した」

「謝罪されるようなことはございません。皇帝が村人に謝るなど、格好がつかないではありませんか」

「なにを言う。私が尊敬しているのは、魔物から人々を守るために命を捧げる誇り高い者たちだ。職業それ自体ではない。言うなれば、この国の兵士一人一人が英雄にほかならないのだよ」


 皇帝は本心からそう思っていた。

 フォンシエはこの国で見てきた兵たちが自身に誇りを持っている姿を思い出す。きっと、この皇帝あればこそなのだろう。


「おっと、すまない。話が逸れたな。貴公は魔物の情報を欲しているそうだな」

「はい。やつらを打ち倒すために参りました」

「それは頼もしい。現在、魔物の勢力は大きく二つある。一つは混沌の地から迷い出てくる魔物だ。原因は調査中だが、謎が多い土地ゆえにはっきりしない可能性が高い。そしてもう一つは、混沌の地から出てきた魔物が帝国内で魔物を従えた勢力だ。東部で見られるため、積極的な駆除が行われている」

「では、それらの勢力を叩けばよいのですね」

「ああ。だが、敵も移動しているため、簡単には見つからない」

「その点は、私のスキルがあれば問題ないでしょう。すぐに見つかると思います」


 フォンシエはあっさりと述べる。探知と光の証を取っているのは、彼くらいのものだろう。


 皇帝は驚いた顔をしたが、二人が帝国内で動きやすいよう取り計らうと、


「よろしくお願い申し上げる」


 深く頭を下げた。

 フォンシエはどうしていいかわからなかった。偉い人物にここまでさせる経験なんてなかったから。

 けれど隣のフィーリティアが


「お役目、確かに承りました」


 優雅に礼をすると、彼もそれに倣った。


(そうだ、俺がすべきことは魔物を倒すこと。行動で示すしかない)


 用件が終わって退室していくと、フィーリティアはフォンシエに微笑みかける。


「期待されてるね」

「でも、嫌な感じはしないよ。さあ、行こうか」

「フォンくんはせっかちだなあ。その前に研究所に行くんじゃなかったの? お昼もたべていこうよ」

「そうだったね。ごめん」


 フォンシエはフィーリティアの手を取る。

 皇帝の前では二人の勇者英雄であるかもしれない。けれど今は、ただの幼馴染み二人だった。


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