123 ガレントン帝国
ゼイル王国の北西部からはレーン王国に続いている。
そして西には混沌の地。南西にはガレントン帝国があった。
その国境付近をフォンシエとフィーリティアは駆けていた。
「以前から魔獣の攻撃を受けていると聞いてはいたけれど……かなり数が多いな」
「こっちにも魔王が攻めてきているのかな」
「だとすれば、本当に各地の魔王の動きが活発になっている。歴史を紐解けば、魔王との戦いはいくらでも見つかるけれど、これほど高い頻度で本格的な戦争が行われるのは前代未聞だ」
「……なんだか、フォンくんが賢そうなことを言っているよ」
「俺も勉強したんだよ。王城に長くいたからね。まさか、あれほど拘束されるとは思わなかった」
フォンシエは呆れつつぼやく。
北の支配が彼の名の下に行われるようになってから、結構時間がたっていた。
彼の仕事は、流れてくる書類にサインすること。しかし、知識が足りない彼は一つ一つの作業にとにかく時間がかかった。内容を見ずに筆を走らせるわけにもいかない。
レーン王国との外交、北の統治、東の開拓村との交流――。
とにかく、普段やらないことが多くて彼は大変だった。
「フォンくんは、城でふんぞり返っているほうがよかった?」
「まさか。前にも言ったと思うけど……俺はただの村人だからね。剣を手にするのすら合わないし、畑でも耕しているほうが相応しいさ。魔物がいるから戦うだけで。それに、ああいうのは、偉い立場の人がやることだ」
「でも、フォンくんは英雄になったよね」
フィーリティアが告げると、彼は口を尖らせた。
英雄。それは民が称するのみならず、公的にそういう扱いだった。
というのも、ゼイル王国が彼をそのように取り扱ったからだ。村人と呼称しては、ぱっとしないからだろう。
「それにしても、まさかね。王の狙いが、俺自身だったとは」
「もう各国の力関係に影響を及ぼすくらいの有名人になったんだよ。これまでたくさん、魔王を切ってきたんだから当然でしょ? 歴史を紐解いても、こんな短期間で魔王が討たれた例は類を見ないよ」
「それはそうなんだけどさ。レーン王国との緩衝材にしたいのもわかるし、魔物と戦う力として手元におきたいのもわかる。俺がガレントン帝国で活動する際、政治的な恩を売りたいことも。でも……壁の調査を含め、世界の探索まで活動内容に含めるとはな」
「不満なの?」
「そういうわけじゃない。地形がわかれば、魔物の動きだって読みやすくなる。けど、そうした活動内容を聞いてしまうとさ、ゼイル王国が他国より優位に立とうとしていることが見えてくる。世界を掌握しようとしている、なんて夢想しているわけじゃないだろうけれど、それに近しい考えは透けて見えるんだ」
フォンシエが告げると、フィーリティアはにこにこと笑顔になる。そして尻尾でぽんぽんと叩いた。
「フォンくんは優しいね」
「今の話のどこでそう思ったんだろう? 政治的に利用されるのを嫌がっているとか、国家間の権力争いに嫌気が差しているとか、俺の小物っぷりが露呈しただけじゃないか」
「魔物が襲ってきて困っている人がいるのに、そんなことに執着している偉い人に、義憤を覚えていたんでしょ? だから英雄の権限を使って、王城を飛び出してこっちに来たんだ」
「買いかぶりすぎだよ。こっちに魔獣の被害が出ていて、混沌の地からも魔物が流れてきているっていうから、放っておけなかっただけだ」
フォンシエがそっぽを向くと、やはりフィーリティアは「優しいね」なんて笑うのだった。
そうして話をしているうちに、彼らはガレントン帝国北東部にある都市に到着した。
この国では北部に帝都があるため、国境からさほど離れていないところでも、それなりに栄えている。
その背景には、元々北部にある小さな国だったことがある。
混沌の地が存在しているために高レベルになってもレベルを上げやすく、今でも積極的に混沌の地の調査を行っているのは、この国だけだとか。
かつ魔物の領域とは接していなかったため、魔王の侵略を受けることはなかった。そのため、ドンドン力を蓄えていき、周辺諸国が魔王との戦いで疲弊したところを併呑してここまで大きくなったそうだ。
しかし、今ではそれも裏目に出たかもしれない。
混沌の地から魔物が出てこないという前提があって初めて、北部は守りに長けた土地になる。そこから強力な魔物が出てくるのであれば、帝都とは目と鼻の先、すなわち背後をあっさり突かれてしまう。
そんな物々しい街中を見ながらフィーリティアは狐耳を動かしていた。
「兵がたくさんいるね」
「混沌の地の調査と、防備のためだろうか」
「だから、北以外では魔獣に対応できていないのかもしれないね」
「となると、まずは東を調べたほうがいいのかな」
「まずは話をしないと。一応連絡は聞いていたけど、戦っている人じゃないとわからないこともあるでしょ?」
「そうだね。そうしよう」
二人はそれから兵に声をかけると、
「フォンシエ様、フィーリティア様。ようこそいらっしゃいました。早速ではございますが、ご案内いたします」
すぐに城に通されることになった。
そうして辿り着いた城は、地方の都市であってもなかなか立派なものだ。魔物に備えているのか、非常に堅牢な作りになっている。
客間に通されると、
「しばしお待ちください」
慇懃に頭を下げて兵は退室していく。
フォンシエはフィーリティアと二人きりになると、ソファに腰かけながら呟いた。
「うーん。ご大層なもてなしだね」
「不敬を働いたら、ゼイル王国に喧嘩を売ることになっちゃうから」
「果たして、あの国王が俺のために動いてくれるかな?」
「違うよ。交渉がうまくいく材料にされるんだよ」
「確かにそのとおりだけど……なんだかティアの言い方、辛辣じゃない?」
「フォンくんが失態を演じないよう、私がしっかりしないといけないから。それに、私はいつだってフォンくんのために動くよ」
フィーリティアは言ってからはにかむ。
いつだって彼女は、フォンシエのために戦ってきた。たとえなんの益がなくとも、一緒にいてくれるのだ。
「ありがとう。王が味方になってくれるよりも頼もしいよ」
やがて足音が近づいてくると、二人は会話をやめて待つ。
そして数名の男たちが入ってきた。帝国の文官たちである。
「お待たせして申し訳ございません」
「いえ。状況はどうなっていますか?」
「英雄殿はさすが、行動が早いですな」
フォンシエのあまりにも直接的な発言に苦笑しつつも、彼らは地図や資料を見せてくれる。
「現在、脅威となっているのは魔獣よりも混沌の地から出てくる魔物です。あそこの魔物は本来弱いはずの魔物ですら力があり、そのため小型の魔物も多く、見つけにくいことが問題となっております。明確な目的があるわけではなく、少しずつふらふらと外に向かっていることが確認されておりまして、その段階で見つけられたなら、混沌の地での対処も可能です」
「では、それを見つけ出して倒せばいいんですね。早速、行きましょう」
フォンシエが告げると、彼らはあっけに取られるばかり。慌てて残りの説明を済ませると、二人は礼を言って、城を飛び出した。
そして帝国北に向かっていくと、混沌の地との境界付近に、数多の兵たちが集まっているのが見えてきた。
彼らは大量の兵器を手にしている。その視線の先には、猛烈な勢いで駆けてくるオーガの姿があった。
「あれは……」
フォンシエは敵を見て、一瞬息を呑んだ。
かつて、彼は混沌の地のオーガに殺されかけた経験がある。圧倒的な力を見せつけられたのだ。
けれど、今はもうあのときとは違う。
フォンシエは覚悟を決めると、すらりと剣を抜く。
そしてオーガを見据えた瞬間、
ドォン!
激しい爆発音ともに、その魔物が炎に包まれた。
「なにが起きた――!?」
魔力の高まりは感じなかった。あれはスキルによるものではない。ならばいったい……。
彼が疑問を抱く中、炎の中からオーガが現れる。
「グォオオオオオオ!」
大地を震わせる咆哮が上がる。傷を負いながらも、猛烈な勢いで迫る魔物を見て、兵たちは強張らずにはいられなかった。




