120 勇者と村人、東へ
夜、フォンシエは簡素な拠点をうろうろしていた。
夜警の兵たちもいるし、探知のスキルも働いているから、そうする必要もない。しかしどうにも落ち着かないのだ。
一方、兵たちとしても彼が背後をてくてくと歩いているのを見ると、見張られているようで落ち着かなくて背筋を伸ばしているのだが、フォンシエは特に気にした様子もない。
ほかの勇者たちはベテランが多いこともあって、余裕たっぷりで中には酒を飲んでいる者すらいる。だからほかの拠点はここより賑やかだろう。
そんな彼のところにフィーリティアがやってくると、
「フォンくん。どうしたの?」
と彼の顔を覗き込む。
フォンシエはフィーリティアを見ていると、焦燥感は消えていくのだが、一方でなんだか恥ずかしい思いもする。
「開拓村も、こうして作ったなと思ってさ」
「そうだね。今はもっとたくさんの兵士さんがいるよ」
「だから、その分だけ責任も重い」
フォンシエが南に視線を向ける。この拠点の作成は、なかば彼一人の思いつきで決めてしまったところがある。彼の力なしではできないことだったから、無理もない。
今回は勇者たちも来ているから、前回のように拠点を放棄することもないだろう。しかし一方で、彼らを巻き込んだということは、国にとっても捨て置くことはできない一大事になったということでもある。
と、フォンシエの探知に魔物が引っかかると、彼は木々の向こうに存在する闇に視線を向ける。そして光の矢を放った。
一瞬にして魔物は仕留められてしまったが……。
「もしかして、あれは偵察だったかもしれない」
「……昆虫の魔物の?」
「ああ。……あの種類の魔物は数が多いし、成長だって早い。もしかすると――」
新しい魔王が生まれた可能性がある。
フォンシエは口にはしなかったが、フィーリティアは頷いた。
明日、勇者たちとともに、魔王の偵察を行おう。手順は――。
いろいろ考えていると、フォンシエは落ち着かなかった。けれど、それで体調を崩しては元も子もない。
なんとか翌日に備えて、彼は床に就くと眠ろうとするのだった。
◇
翌朝、早くからフォンシエは目を覚ました。まだ寝たりない感じがあったが、外がやけに騒がしいのだ。
フィーリティアと一緒に起きて外に出ていくと、意外な人物がいた。
「フリートさん、ユーリウスさん。どうしてここに?」
彼女が尋ねるのを見て、フォンシエは納得した。
態度が雑で見た目も派手なのがフリート、無愛想で身なりがきちっとしているほうがユーリウスだ。
どちらも一目見ただけで実力者であることが窺える。
以前、ほかの勇者とは比べものにならないと言っていたのも頷ける。
しかし、絶望的な実力差を感じないのは、彼もまた成長してきた証か。
「よおフィーシエ。聞いてくれよ、ひどい話だ。今まで散々、北には手ぇ出すなって言っておきながら、魔王が出てきたと思ったら討伐されちまってるんだ。モナクは俺がぶっ殺す予定だったってのに」
フリートは心底残念そうだ。確かに、彼の実力で苦戦を強いられるような相手は、魔王といえども多くはないだろう。
一方でフリートは、
「魔物が死んだ。それだけで十分だ。問題はそれよりも、今まで禁止されてきた北への干渉を解除しておきながら、我々を遠ざけたことだ。魔物を殺すのには、それ以上の適者などいないというのに。これまで潜んでいた魔物を根絶やしにする絶好の機会を、みすみす捨てようと言うのだから、正気の沙汰ではない」
と断言する。
フィーリティアはフィーリティアで、この二人の言葉も正気の沙汰ではないと思うのだが……。
「お二人が来てくれて心強いです。実は、魔物を統率している存在がいるのではないかと推測されているところでして」
フォンシエは頼りになる、とでも言いたげな顔だった。誰もが怯える最強の勇者を前にしても、魔物討伐に使える、くらいの認識である。
そこでフィーリティアはふと、こうも思うのだ。
(フォンくんもあまり変わらないかも……?)
ユーリウスは魔物を殺すことこそ絶対の正義と見なしているが、フォンシエも平和が目的ではあるものの、その過程に関しては魔物を殺すのが最良だと考えている。
強さを手に入れるには、仕方がないことなのかもしれない。
もっとも、そのフォンシエを応援するためだけに、種々の魔王を切り殺してきた彼女も彼女なのだが。
さて、そんなフォンシエの提案を聞いたフリートとユーリウスは、
「よし、そんじゃ行くか」
「早いほうがいい。やつらはすぐに増える」
と、もはや動き出す。
フォンシエは「ほかの勇者方も呼んできます」と告げるも、二人は「どうせ来ねえよ」と、ある程度自分たちがどう見られているのかを認識しているようだった。
そんなわけで、そこらの兵たちに出発の旨を告げると、四人で東に向かっていく。
「五百歩ほど先に魔物が十体」
「……ここからわかるのか。便利だな。探知か?」
「はい。それと野生の勘、洞察力を使っています」
「へえ。俺もそのうち探知を取るか」
フリートはそんなことを言っているが、すでにレベルも高くなりすぎて、魔王を切ってもほとんど上がらない状態だ。いつになることか。
彼の性格からして、その頃にはすでに忘れているだろう。
そうしてフォンシエが探知を用いながら探していると、動く昆虫の魔物の群れが見つかった。統率が取れていることから、この一帯を支配している魔物で間違いない。
「魔王かどうかはわかりませんが、上位の個体が見つかりました。どうしますか?」
「高等魔術を用いて吹き飛ばそう。人もいない」
ユーリウスはなんとも大雑把な方法を提案するのだがフリートは、
「それじゃ魔王もぶっ飛ばしちまうじゃねえか」
つまらないと反論する。
ならば、とユーリウス。
「お前が勝手に突っ込めばいい。魔物を逃すようなら、お前ごと吹き飛ばす」
「それでいいが、間違いが三つある。一つ、俺は魔物を逃さない。二つ、てめえが俺を吹き飛ばす前に、この剣がお前の首を刎ねる。三つ、俺が勝手に突っ込むのは無理そうだ」
肩をすくめるフリート。彼よりも先にフォンシエが突っ込もうとしているのだ。
「血気盛んな若者は嫌いじゃない」などと言いつつ、フリートも彼に続く。
「敵のボスのところに案内します。ついてきてください」
フォンシエが告げると、勇者三人も彼に同行するのだった。
近づいていくと、草むらから蜘蛛の魔物が飛び出し、蜂の魔物が刺しに飛んでくる。数十の群れが迫ってくることもあった。
しかし、光の盾に遮られては近づくこともできないし、光の矢を撃ち込まれたらあっという間に沈黙する。ゼイル王国が誇る実力者たちの敵ではなかった。
そうして進んでいったフォンシエは、敵との距離を測っていく。
(移動する気配はない。敵が情報を伝達するよりも、俺たちが到着するほうが早い)
フォンシエは初手から大胆に攻める方針を決めると、地を蹴る足に力を込める。
やがてポイズンビーの数がやけに増えてきた。これはおそらく、どこかに巣がある。きっと、それがここらの魔物を統一している上位個体。
そう考えていると、ポイズンビーの上位個体、キラービーが増えてくる。強力な顎で人間もかみ殺してしまう凶暴な魔物だ。
進化した個体がこれだけいるということは、さらに上位の魔物がいる可能性も非常に高い。
フォンシエは探知のスキルを使うと、巣を発見し、その付近を飛んでいる巨大な敵影を感じ取った。
「巣の外に女王蜂がいます。あれが魔王でしょう。このまま切りかかりましょう」
「お、あんなに魔物がいるのに、飛び込んでいくつもりか?」
「光の盾で防げないですか?」
「村人に説教されるほど落ちぶれちゃいねえな」
そういうことになると、彼らは勢いよく飛び出した。
視界が開けると、そこには千匹近いキラービーが飛び回っていた。
光の翼を用いたフォンシエたちは一斉に飛び出して、敵中を飛んでいく。その先には巨大な蜂。倒すべき魔王!
様々な敵が迫る中、彼らは光の剣を振るい、矢を放ち、盾で侵攻を防ぎながら立ち向かっていく。
「行くぞ!」
真っ先に飛びかかったのはフォンシエ。すらりと抜いた剣を掲げ、横を通り過ぎるとともに刃を振るった。
剣は女王の胴体を切り裂いていく。
そして仰け反ったところへと、フリートが飛び込んで頭を切り裂き、ユーリウスが足を落としていく。
痛みとともに、光の海に包まれたことで暴れる女王の足をかいくぐってフィーリティアは接近し、顎へと剣を突き立てる。さらに光の矢をぶち込みながら離脱。
戻ってきたフォンシエが羽を切り裂くと、女王蜂は体液を撒き散らしながら落下していく。
「よし、やった」
とどめを刺そうとフリートが飛びついたところに、次々とキラービーが群がってくる。
「鬱陶しい雑魚が!」
フリートが苛立ち混じりに切り殺している中、突如、飛来するものがあった。




