119 彼の夢
フォンシエたちは都市に戻ってくると、兵たちがすぐに迎えに来てくれた。
「勇者の皆様、お疲れ様でした」
「いろいろ予想外の出来事はあったが、ひとまずは無事に終わった。取り急ぎ報告に行きたいのだが……」
「かしこまりました。ご案内いたします」
兵はすぐに駆けていき、城主たちがいる屋敷まで案内してくれる。そこにゼイル王国やレーン王国のお偉いさん方がいるらしい。
皆が安堵しながら歩いている中、フォンシエはじっと考えている。
フィーリティアはそんな彼を見て、微笑むのだ。考えるのをあとにしようと提案した彼女の言葉を聞いて、本当にそうする辺り、なんとも素直な少年である。
「……俺の顔になにかついてる?」
「ううん。フォンくんはいつもまっすぐだなって思ったの」
「きっと、考えが及ばないだけだよ。なんせ、俺は田舎の出身で貴族たちのような教育を受けていないし、勇者のなんたるかも教えてもらってはいないから」
「でも、それがフォンくんのいいところじゃないかな?」
「ありがとう。これで勇者のお墨付きだ」
冗談めかして言うフォンシエと、からかうように尻尾でぽんぽんするフィーリティア。
少年少女は、すっかり疲れた様子の勇者たちの中ではどうにも浮いていた。
そんな一行はやがて屋敷に到達すると、貴族や文官たちが並んでいる前にて頭を下げた。
こうした形式的な行いができるのは、協調性のある勇者を集めたからだろう。ユーリウスやフリートであれば、横柄な態度を取るのは目に見えている。
「ただいま戻りました」
「此度の遠征、真に大儀でございました。この平和への一歩、民もよろこぶことでしょう」
そんな表向きの会話がひとしきり終わると、いよいよ誰もが待ちわびていた報告の中身に入る。
「北には壁が存在していました。東西に延びており、あれがなにかを囲ったものだとすれば、相当巨大な建造物でしょう。重要な施設の遺跡などであったのかもしれません」
その言葉を理解するのに、者どもは時間がかかったようだ。遅れて、質問が上がる。
「壁の調査は行ったのでしょうか」
「古めかしい見た目から、長い年月がたっていることが推測されました。また、破壊も不可能な模様」
どうやら、勇者が光の剣を用いて強度を確かめていたようだ。
勇者でも破壊できないのであれば、いったいどうやってあんなものを作ったのかと、場は騒然となる。
そこにフォンシエが発言する。
「あの壁の中は、探知のスキルが反応しませんでした。壁の厚さが途方もないのか、それともスキルが発動しない仕掛けがあるのか、なにかしらの原因が考えられます」
ますます、場がどよめく。
なにからなにまで、異例のことばかりなのだ。そこにダメ押しとばかりに、予想外な魔物の状況が告げられると、もうそこにいる者たちは呆然とするしかなかった。
だが、それは吉報でもある。
フォンシエはすかさず続ける。
「魔物が弱い今、制圧するのは容易です。西の魔王配下の残党、東の昆虫の魔物が来る前に行動してしまうのがよろしいでしょう」
勇者でもない一人の発言など、黙殺されてもおかしくない状況だ。
しかし、彼らは思わず頷いていた。フォンシエは君主のスキル交渉術に光の証を用いていたのである。確固たる意思を持たない、しかも状況が掴めずに混乱している者たちは、なるほど、と思う以外の術がなかった。
「では、すぐに兵を招集いたしましょう。また、支援のために待機させていた上位職業の者たちも北へと向かわせます」
「一時的な拠点として村を作るため、魔術師たちを使いましょう」
「材木は向こうで調達するとして、必要なものは――」
次々と話がまとまっていく。もう、フォンシエの手を離れて。
そうして翌日には出発する計画が決まると、彼らがあれこれと白熱した議論を交わす中、フォンシエはフィーリティアと一緒に部屋に戻ってきた。
「フォンくん。ずっと考えていたのって、さっきのこと?」
「そうだよ。今ならあの土地を容易に得ることができる」
「……それは、東の開拓村も考えてのこと?」
言われてフォンシエは目を丸くする。けれど、嬉しそうでもあった。
「ティアにはお見通しか。あのときは昆虫の魔王も、水棲の魔王セーランも退けたけれど、脅威がなくなったわけじゃない。あそこは魔物の土地にはみ出しているから。……これは俺のエゴで、平和のための行いじゃないのかもしれない。だから、責任は取ろうと考えているよ」
「うん。フォンくんが決めたなら私は応援するよ。頑張ろうね」
フィーリティアはぐっと握りこぶしを作ってみせる。
フォンシエはぱたぱたと揺れる彼女の尻尾を見ながら、いつも一緒にいてくれる彼女とこれからもそうであればいい、と願うのだった。
◇
翌日、早朝から大量の兵たちが北に向かっていた。
まだ南寄りの土地は強い魔物がいるため、上位職業の者たちや勇者が優先的に前に出ていたが、北のほうでは普通の兵でも魔物を切り倒していた。
彼らを先導するのは、村人のフォンシエである。
付近の魔物を片付けては「高等魔術:土」を利用して拠点を作り上げる。そこに兵を残してまた北へと向かっていくのだ。
ずっとそんなことを続けていた彼は、やがて北の壁に到着していた。
その壁に触れたフォンシエは、ふと提案する。
「ティア。少し東まで行ってみない?」
「うん。じゃあ、ほかの勇者たちにここを預けるね」
今日は拠点で一夜を明かす予定だから、日没を気にする必要はさほどない。
二人だけで壁沿いに東へと向かっていく。光の翼を用いてぐんぐんと加速して突き進んでいくのだが――。
「まったく、終わりが見えないな」
「うん。こんなものがあったなんて……」
「北はずっと遠くまで大地が続いていると思っていたよ。思い込みとは恐ろしいものだ」
「改めて考えてみると、北から別種の魔物が来なかったり、魔王モナクがずっと覇権を握っていたり、変化がなかった理由として、考えられなくもなかったんだよね」
二人で話をしながら、途中のコボルトやゴブリンを仕留めていく。ときおり、上位の個体も見られるようになってきた。
と、向こうにこれまでと異なる魔物が見えた。
黄色い蜂の魔物、ポイズンビーである。
「……ここが最前線かな」
「開拓村との中間くらい?」
「だと思う。もし、この一帯を制圧することが可能であれば、国一つ二つ分くらいにはなりそうだな」
「それがフォンくんの野望?」
「国が欲しいわけじゃないよ。ただ……魔物を滅ぼせば、ほんの少しだけ、平和に近づけるんじゃないかって思うんだ。放っておけば、また魔王が現れる」
争いが続けば、魔物もレベルが上がって魔王が生じる。完全に防ぐには全滅以外の方法はない。
フォンシエは魔物を光の矢で撃ち抜くと、再び東へと向かっていく。
どこまでもどこまでも壁が続いている。これはなにかを囲っていたというよりも……。
「俺たちの土地が囲まれていた、ということかもしれない」
フィーリティアも頷き賛同する。
それに関してフォンシエがまず考えるのは、驚きや不安、疑問といったものではなく、
(……もし、この土地に限界があるのなら、すべての魔物を滅ぼすことだってできるはず)
魔物がいなくなる日を夢見てきた。
それが空想なんかではなく、現実になる日も来るかもしれない。
そう考えていたフォンシエだったが、探知に引っかかる魔物の存在があって思考を中断した。
今度は水棲の魔物がやってきたのである。開拓村以東に来てしまったようだ。
「この先にも行ってみたいけれど」
「それはまた今度。皆が待っているからね?」
フォンシエは頷きつつも、一人でも魔物を打ち倒すために戦う覚悟を決めるのだった。




