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118 北の果てに


 森の中を北に進んでいく勇者たち一行の先頭を行くのは、村人の少年フォンシエである。

 彼は探知のスキルに光の証を使っており、あちこちの魔物を探し出す役割を担っていた。


「前方に二体。中型の魔物がいます」


 彼が告げると、素早く勇者たちが動き出す。そして草陰から様子を窺い、倒せると判断するなり飛び込んでいった。


 勇者の光が瞬くと、魔物の叫び声もなく、剣を鞘に収める音が聞こえる。あっという間の出来事だ。


 こんな調子だから、フォンシエは探知に専念するだけでいい。


 彼らは魔物を倒すと、いったんそこで立ち止まって、残った魔物の肉体や魔石などを始末する。フォンシエの近くにいた勇者二人が地図の製作を担当しており、それぞれ魔物の位置などを記録していた。


 こうして勇者数十人で進むのだから、一人くらい探知のスキルを取っていてもおかしくないところだが、案外うまくはいかないようだ。


 スキルポイントの都合上、探知を取っている場合は光の証を諦めていることが多い。スキルポイント獲得が数倍になっていれば、いずれはそのスキルを取ることもできるかもしれない。けれど、元々スキルポイントボーナスが多かっただけの勇者は、その勇者以外のスキルにしか使えないものを取ろうともしなかった。取れるのがレベル100などになってしまうため、現実的ではないのだ。


 なにしろ、ゼイル王国最強の勇者たちでさえ、レベルはまだ80にもなっていない。


 スキルポイントが多く光の証を取っていても、剣術だとか癒やしの力だとか、戦いに有効なものをまずは取る。


 そんなわけで、探知で広域を把握できるのは、やはりこの村人だけなのだった。

 地図を書いていた男が、ふと呟く。


「思っていたよりも魔物の数が少ないな。遠方も含めて、探知に引っかかったら連絡しているんだろう?」

「ええ。片っ端から言っていますね」

「ということは、北に逃げていったのか」

「どうでしょうね。魔王モナクが引き連れていった魔物が死んだので、ここら辺一帯がすかすかになっている可能性もあります」


 単に魔王モナクが引き連れていったために、ここに魔物がいないだけだった場合、北に行けば戦いが激しさを増すことになる。そこで傷を負えば、戻ってくるのも難しくなるだろう。


 気を引き締めた彼らは、再びフォンシエを先頭に動き出した。


 それからしばらく、魔物がいない時間が過ぎていく。


「こうもなにもないと、かえって不安になるな」


 勇者がそんなことを呟くと、フォンシエは相変わらずの調子で、


「魔物なんていないに越したことはないじゃないですか」


 なんて言うのだ。

 これにはほかの勇者たちは意外そうな顔をした。


「魔物を殺したかったんじゃないのか?」

「平和を守るためには倒す必要がある。だから戦っているだけで、いないなら俺は剣を取らなくてもいいと思っていますよ」

「まさか、本当にそれだけの理由で魔王に向かっていくとはな……」


 勇者たちといっても、戦う理由はそれぞれだ。

 ほとんどの者は、それなりに正義感を持ってはいるが、それは命をなげうってまで守りたいものでもない。むしろ、なにかしらの大切なものがって、そのために戦うことが多かった。


 そう考えると、フォンシエはあまりにも直情的であるが、フィーリティアはそんな彼を誇らしげに紹介するのだ。


「フォンくん、目標にまっすぐなんです。きっと、誰よりも」


 彼女にそう言われて悪い気がしないフォンシエである。

 勇者たちはまだ納得がいかない様子だったが、彼が表情を変えると息を呑んだ。


 いよいよ、敵のおでましか。


「……右前方に小型の魔物が数十体。ここからだとそれくらいしかわかりませんが、これが強力な魔物だと厄介なことになります」

「誰か偵察に行くか?」

「ええ。得意な者は、一緒に来てください」


 フォンシエは気配遮断や隠密行動のスキルがあるため、誰よりも偵察には向いている。けれど、魔物に襲われたとき、頭数がいるだろう。


 フィーリティアも含めた数人が選び出されると、彼らはフォンシエとともに進んでいく。熟練の勇者だけあって、物音はほとんど立たない。


 緊張感が高まる中、やがて遠くから魔物の寝息が聞こえるようになってくる。

 ごくりと生唾を飲み込む音すら、大きく感じられた。


 距離が近くなると、フォンシエは勇者たちを手で制して、一人で草木の向こうを覗くことにする。


 光の証を用いた気配遮断のスキルや隠密行動を生かせば、ぼーっとしている魔物なら眼前にいても気づかれないくらいの効果がある。


 それでもなお慎重に進んでいくと、次第に状況が明らかになってきた。

 見えるのは緑の小鬼。ゴブリンである。


(単に雑魚がいただけか?)


 しかし、混沌の地のように、雑魚のはずの魔物が強い例もある。ここは人類未到の地ゆえに、侮ることはできなかった。


 彼はすぐさま勇者たちを集めると、30人の勇者で一斉に飛び出した。

 居眠りしていたゴブリンたち目がけて光の矢が撃ち出されると、それらはことごとく魔物へと突き刺さる。そして抵抗する声を上げることもなかった。


「……ただのゴブリンだったな」

「まったく、拍子抜けする」


 勇者たちは呆れつつも、予想外の事態にならなくてよかったと安堵した。

 再び移動が始まると、フォンシエはまたしても同じような敵の集団を発見した。


 偵察をしてみると今度は犬面の魔物コボルトだ。ゴブリンに負けず劣らず弱い魔物である。


 念のため、こちらも30人で一斉に攻撃を仕掛けるが、結果は言うまでもない。


(たまたま弱い魔物がいただけなのか?)


 フォンシエはその疑問を抱きながらも、自身にできることは魔物を探し出すことだけだと言い聞かせながら、せっせと北に向かっていく。


 それからも幾度か魔物に出くわすも、どれも似たような弱い魔物ばかり。

 何度もその状況が続くと、さすがに気にしないほうが難しくなる。


 フォンシエはフィーリティアと顔を見合わせた。


「妙だな……上位種がいない」

「ということは、レベルが上がっていないってことかな?」

「外敵の魔物がいないのだとすれば、納得はできる。魔王モナクが防波堤となっていたということか」

「……でも、それは南以外もそうなのかな?」


 魔王モナクはそもそも、東から昆虫の魔王が移動してきたことで、西に移動していった経緯がある。だとすれば、魔物間の争いが起きていてもおかしくはない。


 不穏なものを感じつつ、けれど彼らは移動することしかできない。


 勇者の一人が書き込む地図上の魔物が密になってきた頃、フォンシエは探知に違和感を覚えた。


「……うん?」

「どうしたの?」

「いや、俺のスキルがおかしいだけかもしれないけれど……探知が働かない場所があるんだ」


 フィーリティアは首を傾げる。

 フォンシエも、これまでにこんなことは一度もなかったから、なにがあったのかはさっぱりわからなかった。


「北の一帯がそうなっているんだけど……まさか、スキルの影響が及ばない土地があるんだろうか?」

「そんなの聞いたことないよ」

「だよなあ。……行ってみるしかないか」


 ここから先は危険が伴う。

 覚悟を決めた者たちだけで進むことにすると、全員が頷いた。ここに来た時点で、すでに迷いは捨て去っていた。


 非常時に撤退する者を数名残し、フォンシエたちは北へと進んでいく。移動してみても、探知のスキルの異変に関しては同じままだった。


 呼吸を整えながら、ゆっくりと近づいていく。

 そして、異変の現場に辿り着いた。


「これは……」


 そこに存在しているものを見て、声を上げずにはいられなかった。

 勇者たちもまた、次第にざわつき始める。


「こいつは、弱い魔物しかいないわけだ」


 目の前には、高い高い壁が立ちはだかっていた。見上げるも、それは雲の上まで続いているように思われる。


 これが、魔物が東西にしか移動しなかった理由なのだろう。物理的に南北には移動できなかったのだ。


「いったい、誰がこんなものを作ったんだ?」


 勇者の一人が壁に触れてみる。汚れの具合から、ここ数十年やそこらの間にできたものではないことは明らか。強固なもので、壊せそうもない。


 そして天高く伸びているだけでなく、壁は東西にもずっと続いているようだ。


「……行って調べてみるか?」

「やめておきましょう。とりあえず、このことを報告しなければ」

「そうだな。強い魔物がいないことはわかったんだ。頭数を増やしてきたほうがいい」


 そういうことになると、勇者たち一行は南へと戻っていく。早朝に出てきたため、まだ日は天辺にある。その日のうちに帰るのであれば、ちょうどいい頃合いだ。


 フォンシエは探知のスキルで魔物を探しつつも、行きの時点で倒してしまったために引っかかることはほとんどない。


 だからか、余計なことを考えてしまう。


(いったい、誰があんなものを作ったんだ?)


 人が足を踏み入れていないのだから、魔物がやったことか? しかし、そんな知能があったとは考えにくい、


 思えば、自分はこの世界のことをなにも知らない。人の領域を出れば、あとは魔物に支配された未知の土地ばかりだ。


 そして自分自身のことですら、わからないことが多い。

 女神とはなんなのか。加護とはなんのために与えられるのか。


 そうなると、これまで切り倒してきた魔物という存在もわからなくなる。


 そんなフォンシエであったが、南に近づくと魔王モナクが率いていた魔物の残党が見つかるようになる。


「フォンくん。考えるのはあとにしよう」

「……そうだね」


 彼は首肯すると、前方に見えてきたレッドオーガを睨む。

 フィーリティアが光の矢を放つと、それに合わせて彼は飛び込み、一刀のもとに斬り捨てた。


 勇者たちがたくさんいる状況では、この程度の相手は敵でなかった。行きよりも緊張感がなくなるのも、無理からぬことだ。


 やがて彼らは人の都市を目にすると、すっかり緊張の糸が切れたように、大きく息をつくのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

おかげさまで本日、無事に逆成長チートで世界最強2巻の発売日を迎えることができました。ありがとうございます。

書店さんで見かけた際は、是非お手にとっていただけると嬉しいです。


WEB版ともども、よろしくお願いします。

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