117 勇者、北へ
ゼイル王国とレーン王国の境目近くの都市に、フォンシエとフィーリティアは来ていた。
魔王モナクとの戦いがあってからしばらくして、レーン王国が落ち着いてきた頃である。
まだ各地では魔物との小競り合いは続いているため、残って戦いに参加してもよかったのだがそれよりも、勇者が求められている仕事があるからそちらに加わることにしたのだ。
そうしてやってきたのだが、勇者が必要になるような騒ぎにはなっていない。都市の街並みは平和そのものだ。
「うーん。ここで合ってるんだよね?」
「そのはずだけど……レーン王国もバタバタしていたから、手続きを間違えた可能性はあるね」
なかなか心配になってくる二人であったが、ふと、聞こえてくる会話があった。
「勇者様たちが来てるって噂、ほんとかね?」
「さあ? そう聞いたけど、なんでまたこんな都市にくるかね。魔物がいて大変なのは、ここよりずっと西のほうだろ?」
「ゼイル王国の勇者も来ているそうじゃないか。だから待ち合わせにでも使ったんじゃないか」
そんな話が二人の横を通り過ぎ、遠ざかっていく。
フォンシエとフィーリティアは顔を見合わせる。
「どうやら間違っていなかったようだ」
「でも、普通の市民にも知られているんだね。こっそり動くんだと思ってた」
「互いにそのほうが都合はいいからじゃないかな。ゼイル王国は貸しができるし、こちらの民の好感が得られる。レーン王国はこれを周知の事実にして、逃げられなくできる。人同士が争うことはそんなにないけれど……小さな思惑はどこにでもあるよ」
フォンシエはどこか達観した調子だ。
フィーリティアはそんな彼を見てくすくすと笑う。
「フォンくん、なんだか大人っぽいこと言うようになったね」
「俺もこの前まで、レーン王国にいたとはいえ国の枠組みの外で動いていたから。これから行く先では、俺はゼイル王国とレーン王国、どちらを名乗ればいいんだろう?」
「じゃあ、間を取って流浪の英雄さん?」
「流浪って言うほど、さまよってはいないかな。俺だって、いろいろ考えて動いているんだよ」
「でも、フォンくんは魔物を見つけたらふらふらって歩いていっちゃうよ?」
これには彼も返しようがない。お手上げだと両手を挙げるとフィーリティアは、「それでこそフォンくんだね」と告げるのだった。
街中をしばらく歩いていると、勇者の居場所が見つかった。探知や野生の勘などのスキルを持つ彼は、人捜しはお手のものだ。
建物は貸し切りになっており、今晩の宿も兼ねているらしい。中には大勢の勇者がいて、くつろいでいた。
二人にも飲食物が用意され、使用人たちが長旅をねぎらうべくもてなしてくれる。早速、フォンシエは飲み物に手をつけながら尋ねてみた。
「ゼイル王国とレーン王国の共同作戦が行われるため、こちらで勇者を募集しているという話でしたが、その場所に相違ありませんか?」
「はい。来ていただきありがとうございます」
「一つ質問なんですが、どうして俺に声をかけたんですか? 勇者ではないのですが」
「勇者と呼んでも差し支えない働きをしていることと、フォンシエ様の力が非常に心強いことが理由でございます」
彼は声をかけられて、ここにやってくることになったのだが、一人一人に尋ねていたのだとすれば、気になることがある。
フィーリティアが狐耳を前後に動かしながら、疑問を口にする。
「そういえば……ユーリウスさんとフリートさんがいませんが、忙しかったのですか?」
「いいえ。彼らには参加の要請をしておりません」
「でも、勇者の力が必要なんですよね?」
「はい。今回は大規模な北の調査を行うのが目的です。魔王モナクがいた土地で、長らく人類が足を踏み入れることがなかったため、魔物による危険が予想されます。集団行動をすることになるため、真に身勝手ではございますが、得意とされている方を優先いたしました」
つまるところ、最強の勇者だろうと集団行動などとてもできやしない者はいらないということだ。
フォンシエは直接会ったことがないためピンとこなかったが、フィーリティアは「なるほど、察しました」と苦笑い。
こうした調査だから、探知などのスキルを持つフォンシエが声をかけられたのだろう。狩人などの職業を持つ者では、勇者たちについていくほどの強さにはならないから。
フォンシエが詳しい情報を求めると、確認も踏まえて説明が始まった。
「では、今後の計画を説明いたします。こちらに集まるのは、ゼイル王国、レーン王国合わせて勇者30人の予定です。魔王討伐以外では、異例の多さと言えるでしょう。また、今回は支援のために同行する人員はいません。できないと言ったほうが正しいでしょうか。ほかの職業では勇者様についていける者が確認できませんでした。そのため要請に応じての支援は行いますが、基本的には30人で行動していただくことになります。また、調査を目的としているため、魔物との戦闘に関しましては、各自の判断にお任せいたします」
最後まで言い切ってから「なにかご質問はございますか?」と問われると、フォンシエは相変わらずの反応を見せた。
「各自の判断に任せるということは、倒せる魔物は倒していいんですね?」
「業務の内容に差し支えない場合には、問題としません」
それから、調査の目的を詳しく説明する。
「魔王モナクは討伐されましたが、このほかに魔王がいないかどうかを確認することや、魔物の活動状況の把握が主な役割です。それから可能であれば、未知の土地である北の土地の把握もお願いすることになります」
誰も行ったことがない土地と言えば、冒険心が刺激されるものだが、そこは魔物の領域。なにが出てくるかもわからない。
勇者の生存と帰還が第一ではあるが、この調査に成功すれば、人類は居住地をさらに広げることもできる。
そうした話を言われても、フォンシエはこれといった反応を見せなかった。そもそも、彼は田舎の小さな村の出身だ。こと魔物との戦闘に関しては、誰よりも熱心に行ってきたが、それ以外のことに関してはその頃からあまり変わっていない。
政治的な話となると、どうにも他人事のように感じられるのだった。
ともかく、そうしてひととおりの話が終わると、フォンシエはフィーリティアと一緒に、勇者たちに挨拶をしに行くことにした。
ゼイル王国の勇者といっても、フィーリティアも遠くから見たことがある程度の者が多く、フォンシエに至っては顔を初めて見たくらいである。
「初めまして。今回参加することになった、フォンシエです」
「ははあ、お前さんがあの噂の! 魔王と聞くや否や、ぶっ殺しに飛び込んでいくって話だったが……そんな風には見えないな? 可愛い顔してるじゃねえか」
「……どんな噂ですか」
さすがに殺戮を楽しんでいるかのように言われるのは心外である。
フォンシエが呆れつつ尋ね返したところで、別の勇者が声をかけてきた。
「レーン王国であった事実そのものさ。都市を包囲する数多の魔物を吹き飛ばしたり、魔王の攻撃を受ける首都に飛び込んでいったり、無茶ばかりしていただろ?」
声の主は、その魔物に包囲された都市に一緒に向かっていった勇者二人であった。
となれば、事情を知っているのも当然。
「ということは、ラスティン将軍も来ているのですか?」
「いや、あの人は辞退した。戦いならいくらでもやるが、片手では着替えが難しい、とね。慣れていないことは自覚しているんだ」
「あの人に常識、あったんですね」
「お前が言うか? 将軍は無茶な戦いを指示する以外はまともだぞ」
これまた心外だ、という顔をするフォンシエ。彼も戦う力があるから使っているだけで、その心根はいたって普通の村人のつもりである。魔物がいなければ、森で家畜を飼ったり畑を耕したり、のんびりした生活を続けようと考えているくらいだ。
「というか、ゼイル王国でも噂になっているぞ? 倒した魔王、あれで何体目だ?」
「ええと……ランザッパ、メザリオ配下の魔王、セーラン、モナク、あとティアが倒した死霊の魔王を入れたら五体目ですね」
「噂も事実じゃないか。まったく、どうかしている」
こんな短期間で魔王を何度も打ち倒している者なんて、ほかにはいないだろう。ユーリウスとフリートもやろうと思えばできるかもしれないが、彼らは普段どこにいるのかよくわからない状況だ。
顔をしかめるフォンシエの隣でフィーリティアは、尻尾をぱたぱたと振りながら、「フォンくんは正義感が強いんです!」と笑顔であった。
そうして交流を深めてから数日。
いよいよ、勇者たちは北に向かい始めた。




