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114 王都の戦い


 レーン王国の王都は赤々と燃えていた。

 家々は焼き払われ、逃げ惑う人々は行き場を失っている。魔物は彼らに凶暴な視線を向けると、巨体で踏み潰し、槍で貫き、剛力で首をひねった。


 そして一つ目の単眼巨人、サイクロプスがぎょろりとした目を剥き出しにして、地上を見下ろす。剣を手に震えた兵がいた。


 彼はもはや、戦う気力を失いつつある。

 勇者は魔王との戦いに行ってしまった。彼らの勝利を信じていないわけではない。勇者でも敵わない相手がいるはずもない。女神マリスカを信仰しているものであれば、誰もがそう思っている。


 しかし――それと、自分が生き残ることができるかどうかは、また別の話だ。

 サイクロプスが手にした棍棒を振り下ろせば、あっさりと血をぶちまけることになるだろう。それでも、戦い続けた体はもはや、動くのを拒絶していた。


 男が絶望しながら敵を見据えていると、まばゆい光が走る。途端、サイクロプスが一つ目から血を噴き出しながら、彼のところへと倒れてきた。


「うわ! な、なんだ!?」


 下敷きにならないよう咄嗟に距離を取ると、いつしか倒れたサイクロプスの上に降り立つ少年と少女の姿がある。


 二人は巨人の頭に剣を突き立てる。見るものを魅了する光を纏った剣を。


「思った以上に大型の魔物が多いな。防衛はどうなってるんだろう」


 フォンシエは呟き、フィーリティアが返す。


「あそこに兵士がいるよ。聞いてみようよ」

「そうだね。……今、王都の避難状況はどうなっていますか?」


 突如、声をかけられた兵はあっけに取られていたが、我に返るとそこに希望を見いだして状況を告げる。一度話し始めると、堰を切って流れ出した言葉は止まることを知らなかった。


「魔王モナクと一部の魔物が王城へと侵攻しており、勇者様が交戦中です。市民は避難をしておりましたが、避難先が王城付近の建造物のため、現状は不明です。また、魔物によって中断させられたため、生き残りの把握も不可能となっております。魔物は市壁の破壊後に市街地に入り込み、外から徐々に攻めてきています。勇者様、どうか、国をお救いください……!」


 それはあたかも女神マリスカに祈るかのように、兵は懇願する。

 フォンシエは頷き、


「必ずや、魔王を切り倒してみせましょう」


 そう約束する。

 魔王モナクとその配下の魔物は王城にいる。しかし、そちらだけに気をつけていれば、討ち取った頃にはこの街がなくなっていてもおかしくない。


「ティア。俺が上空から敵を倒していくよ。先に大型の魔物を仕留める」

「でも、それだと飛べる敵が集まってきちゃうんじゃ?」

「おそらくね。だから、そっちを仕留めるのにもちょうどいい。……もし、魔王モナクが出てきたときは、そこを狙い撃ってくれ」


 フォンシエの覚悟にフィーリティアは頷くと、崩壊した家屋に身を潜める。

 その様子を確認しつつ、フォンシエは光の翼を用いた。ぐっと跳び上がると、四つある光の証のうち、剣術、神聖剣術、幻影剣術に用いていたものを解除。空中では光の翼による機動力頼みになるため、剣で競り合っていなければ不要になるからだ。


 探知、野生の勘に使用し、光の矢を使う準備をする。これで五つ同時に使う状況になる。


 感覚が広がっていき、都市全体を把握できるようになり、魔物と人の区別もできる。目眩がしてしまいそうになるが、その中から倒すべき相手に意識を集中。


 動く魔物の中には、王城で暴れているデーモンロードの姿もあった。しかし、ここから狙い撃つのでは、距離が遠すぎる。躱される可能性が高いのだ。


 フィーリティアであれば、光の海による強化を経て、的確に貫いていけるだろう。


(俺には俺のやり方がある)


 呼吸を整えると、フォンシエは光の矢を生み出し、敵目がけて放つ。

 同時にいくつもの矢を放つことは難しい。けれど、すでに都市内部の魔物すべてに狙いを定めている状況なのだ。一つを放ったときには別の魔物目がけて鏃が向けられている。


 一体、二体、三体……。


 音もなく、サイクロプスやミノタウロスが倒れていく。

 まだデーモンロードは気がつかない。倒れた魔物ですら自身の死を知らず、付近の魔物が襲撃を認識するまで時間もかかるだろう。


(できるだけ多くを仕留める!)


 フォンシエがひたすら敵を刈り続けていると、視界の隅で漆黒が動き始める。魔王モナクの尖兵たるデーモンロードだ。


 二、三体ほどが飛翔し迫ってくると、フォンシエはそちらを牽制しつつ、距離を取るように移動。


 飛び回りながら眼下の魔物を狙い撃つのは難しく、命中率が落ちてしまう。しかし、なかなか彼を仕留められずにいることもあって、彼を狙って上空にやってくる敵の数も増えてきた。


(魔王モナクは釣られないか……!)


 勇者と交戦中であるらしく、フォンシエになど構っていられないようだ。

 ならば、意識せずにはいられなくするまでのこと!


 フォンシエは付近に逃げ場がほとんどないほど魔物に囲まれていることを確認すると、その場で魔力を高めていく。


 用いるのは、光の証を用いた「高等魔術:炎」だ。

 急激に魔力が高まっていく中、フォンシエは光の翼をはためかせて、さらに敵のいない天高くへと昇っていく。


 高高度になるにつれて、息苦しさが増してくる。が、それもわずかのこと。

 敵に逃げられる前にスキルを発動させねばならないのだ。


 一散に逃げ出そうとする魔物の群れを目にしつつ、フォンシエは光の盾を生じさせる。そして、次の瞬間には轟く轟音。


 ドォン!


 都市の上空が赤く染まる。

 フォンシエは光の盾に意識を集中するも、至近距離で爆風を浴びて飛ばされていく。


 彼自身も巻き込まれることになったとはいえ、炎に呑まれたデーモンロードの反応はなくなっている。


 魔力も大魔術師の「魔力増強」を光の証で強化した分でそこそこ補えている。その光の証を解除し、光の矢を撃ち込まんと残党を探し始めた瞬間――。


(来る!)


 爆風の中を突っ切ってくる存在が探知に引っかかる。その早さたるや、常人では追い切れぬほど。


 フォンシエにとっても、逃げ切れるかどうかも怪しいくらいだ。間違いなく、魔王モナク。ここまでの大事をやらかしたのだから、来るのも無理はない。勇者よりも彼を優先したのだ。


 距離が迫ってきて、やがて爆風の中から大柄な悪魔ディアボロスが姿を現す。

 骨張った翼は空を切り、血にまみれた黒い肉体には小さな傷がいくつもついている。勇者たちとやりあったのだろう。


 しかし、はたしてやり合ったと言えるのか。これほど国を揺るがす事態となっているのに、小さな傷しかないということは、勇者たちが総掛かりでもほとんどダメージを与えられなかったということだ。


 そんな相手を誰が倒せるというのか。

 否。倒せるかどうかではない。ここでやらねば誰がやる!


「魔王モナク! 貴様の横暴もここまでだ!」


 フォンシエは気を吐き、剣を抜く。もはや探知に光の証を用いる意味はない。なにしろ、敵が目の前にいるのだから!


 剣術、神聖剣術、幻影剣術に光の証を用い、それから光の翼で体勢を整えて敵の突撃に備える。


(倒せない相手じゃない。傷跡は鋭利だった)


 硬くて傷が少なかったわけじゃない。回避されていたからだ。

 勇者のスキルを用いれば、切断も可能だということ。魔王モナクと張り合った勇者がいる。おそらくはラスティン将軍が粘っていたのだ。


 ならば一撃を与えてやればいい。


 フォンシエが集中する中、勢いよく向かってきた魔王モナクは、腕を振り上げた。


「ウォォオオオオオオ!」


 鋭いかぎ爪が彼の首目がけて迫ってくる。

 フォンシエは咄嗟に見切りのスキルを働かせ、剣を構えた。直後、激しい衝撃が襲ってくる。


 ビリビリと痺れて剣を手放してしまいそうになるも、なんとか堪える。けれど、悠長なことを考えてなどいられない。魔王は次の一手を打とうと、フォンシエとの距離を詰めてきているのだから。


 さらなる一撃が加えられようとした瞬間、フォンシエは魔王モナクを見据えて光の海を用いた。


 勇者の中で最上のスキル。

 彼らが格段の威力を持つようになる、特別なものだ。


 魔王モナクはこれまで、勇者と戦い続けてきた。それゆえに、このスキルを何度も目にしている。


 だから、意識してしまった。

 村人にとってはなんの意味もなく、範囲内にいる魔物にダメージを与えるだけのスキルを。


 魔王モナクが攻め込むのを躊躇した瞬間、フォンシエは光の海を消して切り替え、光の矢を放つ。


 咄嗟に回避した魔王は、フォンシエのスキルがはったりであったと見なして口角を上げ、彼をひねり潰そうとした。


 が、そんな魔王モナクを貫く光の矢があった。


「グゥオオオオオオオオオオオオ!」


 上がる絶叫。

 光の矢は魔王の肩を抉り取っていた。


(くそ、浅いか!)


 立て続けにさらなる光の矢が放たれるも、魔王モナクはそれを回避してしまう。


 地上から魔王を見据えていたフィーリティアは、もはや奇襲はこれまでだと判断して光の海を解いた。


 フォンシエがそのスキルを用いたのには、フィーリティアが使っていることを気取られないようにする意味もあったのだ。


 光の矢で狙い撃ちできないとなれば、空中戦を挑む理由はない。相手のほうがその技術には長けているのだから。


 フォンシエはすぐさま地上に降りると、フィーリティアが隣に立つ。


「大丈夫、フォンくん!?」

「ああ。うまくやつを引きつけられなかったけれど……」

「だから、二人で倒そう」


 フィーリティアは剣を握り、魔王を見据える。

 血を流しながら、ゆっくりと天から舞い降りてくる悪魔の姿に、人々は恐れおののかずにはいられないだろう。


 地上は魔物に襲われ地獄の様相を示している。

 けれど、これは反撃の狼煙でもあったのだ。魔王をも倒しに勇者がやってきたのだと。


 あちこちで勇敢なる声が上がる。二人の戦いに感化された兵たちが魔物を切り裂き始めていた。


 二人への賛歌にも近しく、魂を震わせる。


「人は魔物になど負けやしない。そのことを思い知らせてやる」


 フォンシエは魔王へと剣を向けた。



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