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110 強者の資格


 西に進むこと一日。

 見えてきた都市は、遠方からでも異変が見て取れた。


 空には飛び交う小悪魔インプ。地上には埋め尽くすほどのゴブリン。物量作戦で包囲し、民が逃げ出せないようにしたのだ。


 魔王モナクはここを足がかりに王都に手をかけるつもりなのだろう。反撃の機会すら与えずに一掃してしまうことを目論んだようだ。


 距離が近づくにつれ、ゴブリンの緑色以外にも、オーガやレッドオーガの青や赤が混じるようになり、巨大な一つ目の魔物サイクロプス、鉞を手にしたミノタウロスなど、大型の魔物が目立つようになってくる。


 それらがいるからこそ、都市の兵も防戦一方になっていたのだろう。

 強大な敵がいて、さらに雑魚に群がられては、とてもではないが反撃に転じることなどできるはずがない。


 守り続けるほうが有利だから、都市にこもっているのは悪くない選択だったかもしれない。けれどそれは、じっと待っていれば助けが来るという前提があっての話だ。


 王都は魔王モナクとの争いに備えており、こちらに兵を回す余力なんてありはしない。そしてここより北の都市群は、すでに魔物にすべてを奪われていたり、生き延びていても惨憺たる有様だったり、防衛だけで手一杯だったりする状況だ。


 そして南の近くの都市は、これから魔物が攻めてくると聞いて、必死に守りを固めているに違いない。


 誰が敵中に飛び込んでいくというのか。

 きっと、民が皆そのように実感している中、そちらに駆けていく者が四人。近場で馬車を降りて、疾走している勇者と村人だった。


(だからこそ、俺が来たんだ)


 フォンシエは目を凝らして敵を見る。

 数多の魔物が我が物顔で振る舞っている。人々を殺すことに愉悦を覚えている。その姿に闘志を燃やさずにはいられない。


「フォンシエ殿。敵は大勢おります。いかがしますか?」


 ラスティン将軍旗下の勇者は二人いて、そのうちの一人が尋ねてきた。


「どうする、とは……? 魔物は打ち倒す。そのために来たはずですが」

「フォンくん。それはわかってるよ」


 フィーリティアは苦笑する。フォンシエは相変わらずだと。

 けれど、案外「わかって」いなかったかもしれない。勇者たちはこの状況を見て、怯んでいるようだったから。あっさりと即答できるほうがどうかしている。


 もしかすると、敵を引き連れて距離を離して数を減らしたところで、都市にも頑張ってもらうとか、王都に行けないように工夫するとか、そういう考えを抱いたのかもしれない。


 けれど、フォンシエが考えることはたった一つ。言われた自分の役目を果たすこと。

 ここを奪還し、魔王モナクを討ち取る未来に繋げることだった。


「フォンくん。高等魔術の調整ってできる?」

「できるけど……どうするの?」

「似たような状況で、前にユーリウスさんが都市ごと爆破していたんだけど、今回は中に人がいるからその方法だとまずいかなって」


 ゼイル王国最強の勇者はやることが違う。

 けれど、フォンシエとてどんな魔物にも勝てるように力をつけてきたのだ。「やれない」なんて言っていられない。


 それに、彼にはほかの勇者にはない力もある。


「つまり、都市を傷つけないで魔物を吹き飛ばせばいい……ということだよね?」

「うん。難しいかな?」

「高等魔術:炎は爆発を起こすスキルだから、どうしても同心円状に被害が及ぶけれど……都市の中にいる人だけを守ればいいなら、できないこともなさそうだ」

「外にいる人はわからない?」

「ちょっと探してみるよ」


 フォンシエとフィーリティアの会話に、勇者二人は目を白黒させるばかり。彼らの行動もまた、常軌を逸していたと言えよう。最強の勇者になるための素質であったのかもしれない。


 フォンシエは「探知」と「野生の勘」に光の証を用いて、敵の中に人がいないかと探していく。すると、反応がまったくないことが明らかになる。


 そこに人の姿がないわけではない。けれど、すでにその者たちは生きていないのだ。魔物の集団の中にいては、孤軍奮闘することすら許されなかったのだろう。


 兵たちは市壁の上にて、必死に防衛している者たちしか残っていない。


「問題ないよ。あそこにいる者たちは、皆が勇敢に戦った者たちだから。吹き飛ばすのは心苦しいけれど……」

「きっと許してくれるよ。そのためにも、都市を救わないと」

「ああ。やろう。……できるだけ、魔物を一カ所に集めてもらってもいいかな? その後、危なくなる前に離脱してほしい」

「わかった。なんとかしてみる」


 フィーリティアが光の翼を用いて跳び上がると、勇者二人もそのあとに続いた。フォンシエは気配遮断のスキルを用いながら、敵との距離を縮めていく。


 そうして空に勇者の光が輝くと、フィーリティアは光の矢を放った。


 市壁に群がっていた魔物が数体、貫かれて血をぶちまける。興奮の中にあっては、状況にはなかなか気づかない。


 このままだと、フォンシエに言われたことは達成できそうもない。


 さらに二人の勇者が光の矢を放つが、それは地上に向けたものではなかった。同じく飛んでいる、空にいるインプ目がけたもの。


 狙いどおりに向かっていったそれは、インプの両足を抉り取っていった。


 途端、キーキーと鳴き始めるインプ。それを皮切りに、次々と連鎖反応的にインプが騒ぎ始めた。


「あいつらが情報の伝達を行っているんだ。やつらに敵と認識されるのが一番早い」


 この勇者二人はレーン王国で長らく、魔王モナクの尖兵と戦っていただけのことはある。

 フィーリティアは頷くと、彼らに続く覚悟を決めた。


「わかりました。生かしたまま、四肢を落とします」


 憎い敵を仕留めてしまいたいところだが、そうするとインプは言葉を発することもできなくなってしまう。


 フィーリティアはその気持ちを堪えて、光の矢を幾度となく放った。それは正確にインプの腕を消し飛ばしていく。


 その段になって、地上にいた魔物の視線がフィーリティアたちに向けられた。

 インプたちが彼らの始末を最優先に命じたのである。


 地上にいたオーガたちは投石により、フィーリティアを狙う。しかし、そんなものが当たることはない。このまま回避できる余裕がある。


 だが――


「敵が来ます!」


 フィーリティアが叫んだときには、すぐ近くまで迫る存在がある。

 漆黒の悪魔が翼をはためかせながら、槍を片手に突っ込んでくるのだ。


 あれはデーモンロード。ラスティン将軍がいた都市でも見られたが、魔王モナクは配下にいくつも従えていたのだろう。


「くそっ、早い!」

「空中戦じゃ無理だ! 魔物を連れて引き離すぞ!」


 すでに魔物の意識はこちらに向いている。ならばあとは、魔物が見失わない速度でゆっくりと、しかしデーモンロードに攻められないように素早く撤退をするだけだ。


 敵が迫ってくると、勇者は光の盾を使用する。

 デーモンロードの槍に押されながらも、力強く受け止めることができる。とはいえ、いつまでもそれを維持できるわけでもない。


 フィーリティアは敵目がけて光の矢を放って威嚇しつつ、都市から離れていく。


 地上に目を向ければ、魔物の移動が始まっていた。きっと、都市はもう落ちる寸前だから、そちらに必死にならなくてもいい、ということなのだろう。


 いくつかの魔物はへばりついたままだが、ゴブリンなどはぞろぞろと命令のままに移動し始める。いや、そんな知能なんてなくて、ほかの魔物の流れに合わせて動いているだけかもしれない。


 ともかく、フィーリティアはうまくいったと判断すると、それらを引き連れて空を進む。


 だが、ある程度都市から離れたところで、魔物どもは足を止めてしまった。逃げる相手を追う理由もないのだろう。追跡してくるのは、デーモンロードだけになっていた。


 フィーリティアたちを倒せるのは、この魔物だけだという考えかもしれない。


 彼女がなんとかして魔物の注意を引き寄せようと焦りを感じたとき、叫ぶ声が聞こえた。


「十分だ! 退避してくれ!」


 フォンシエの声を聞くなり、フィーリティアは弾かれるように速度を上げた。勇者二人が遅れて続く。


 そして都市を中心に魔力が高まっていく。

 使われるのは光の証で強化された二つのスキル。


 一つは「高等魔術:土」。あっという間に土のドームが都市を覆い尽くしてしまう。民は突如、光を遮られてこの世の終わりを感じたかもしれない。


 けれど、大勢はそう実感する暇すら与えられなかっただろう。

 もう一つは「高等魔術:炎」。急激に高まる魔力に魔物どもが慌てるも、もはや逃げる時間などなかった。


「魔物ども! お前らに平和を奪わせるものか!」


 フォンシエの叫びとともに、スキルが発動する。

 天が揺れ、大地が震える。それはさながら地獄の光景。耳をつんざく轟音が広がり、付近は赤々とした炎に包まれた。





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