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108 取り戻した都市で



 フォンシエはフィーリティアとともに南へと駆けていく中、探知のスキルに光の証を用いていた。もう、隠れる必要はなくなったため、気配遮断を強化する必要もなくなって、勇者のスキルも一つで済んでいた。


 そしてデーモンロードが死んだとはいえ、ここらにいる多くの魔物はまだそのことを知らないままだ。それゆえにフォンシエたちの姿を見つければ攻撃しようとしたり、デーモンロードのところに連絡しに行こうとしたりする。


 けれど、勇者が二人もいて、見逃すはずもなかった。


 そしてフォンシエは、探知のスキルに引っかかる敵がいると、光の矢を放った。

 木々の合間を通り過ぎ、枝葉を撒き散らしていくと、鬱蒼としていた視界がすっきりする。そして血を流した魔物の姿があった。


 まったく敵を見ずに撃ち抜く姿を見て、ラスティン将軍も驚きを隠せない。


「……君が村人というのは、やはりまだ信じられないな」

「そうですか? 一緒に食事をする姿を見れば、ああこれは村人だと、納得してくださるでしょう」

「生憎と、我々も叩き上げでね。今や勇者といっても、元は畑を耕していたような子供だ。出世もできずに、危険な辺境の任地ばかりで、優雅な仕草など身につく間もなく、このような年になってしまった」


 そう言いつつも、ラスティン将軍は特に後悔している様子はなかった。

 デーモンロードに翻弄されたことはともかく、あの都市を守ってきたこと自体には誇りを持っているようだ。


 だからフォンシエは彼を見て、笑うのだ。


「では、俺の食べ方を見ても笑わないでくださいね?」

「フォンくんは開き直らないの。人前で食べるときは気をつけたほうがいいかもしれないよ?」

「さすがティア、ピッカピカの勇者だ。いつの間にか、お上品になってしまわれたようだ」

「もう、大活躍のフォンくんはこれから、偉い人と会食することも増えるはずだから」

「こんな村人に会いたがる人なんていないよ。いたとしても、きっと、それは魔物の血で化粧していったほうが喜ばれるような戦場に違いない」


 なかなかに認めたがらないフォンシエである。

 彼は勇者と村人の違いに関しては吹っ切れているが、あくまでもそれは戦いに関しての話だ。


 やはり彼自身は田舎で暮らすような生活があっているだろうし、戦いに呼ばれることはあろうが、そのときにマナーなんか聞かれることもないだろう。魔物を殺すと多少は野卑なくらいのほうが好まれるかもしれない。


「それを決めるのはフォンくんじゃなくて周りの人だよ。ですよね、将軍?」


 フィーリティアはラスティン将軍に話を振った。


「ああ。デーモンロードを討ち取り、囚われの子女を救出した活躍は、私の方から伝えておこう」

「ちょっと待ってください。このことについて、俺も将軍もなにも言わないはずじゃ……」

「君は『なにも言わない』と言ったが、私はそのような約束はしていないな。これまでのいきさつに関しては、約束したように、これから魔物を倒すことで償おう。しかし、君の活躍は皆が知るべきであろうと思う。このレーン王国のみならず、人々の希望になるのだから」

「そんな……」


 すっかり困り切ってしまうフォンシエだった。

 しかしフィーリティアは尻尾をぱたぱたしながら「一緒にマナーを覚えようね」と言ってくれるので、彼女に恥じないような最低限の作法くらいは身につけよう、とフォンシエは諦めるのだった。


 そんな三人はやがて、森を抜けて都市に到着する。

 辺りのインプはすでに蹴散らされて、空は晴れ渡っていた。


「将軍! よくぞご無事で!」


 三人の姿を見るなり、市壁の上で見張りをしていた勇者が飛んできた。


「子女たちの具合はどうだ?」

「問題ありません。少々、精神的苦痛で参っている者もいるようですが……」

「仕方なかろう。あのような目に遭ったのだから。ほかの都市との連絡はどうだ?」

「いくつかの部隊から、救援に来た旨が届いておりますが、今のところこちらに来た隊はありません。応援を呼びますか?」

「いや、問題ない。敵はすべて片づいた。……以前に援軍は不要と告げていたが、あれは敵がこの都市を乗っ取りに来るように仕向け、決戦を挑むためだった。しかし、そこでゼイル王国からの強力な村人の助力があり、我々は敵の在処を見つけることができ、攫われていた子女をも救助することができた。我々は彼の平和を思う尊い気持ちに感化され、一層奮起し、魔王モナクとの戦いに命を賭して挑む……ということにしよう」


 ということにしよう、と言うのである。


「はっ。仰せのままに」


 勇者もそういうことにした。

 フォンシエは頬をかいたが、フィーリティアは隣でにこにこしていた。


 それから彼らは都市に戻ると、ここをすっかりもぬけの殻のままにしておくわけにもいかないため、援軍を引き入れることにした。


 連絡を出すなり、すぐに兵たちはやってきた。憧れの将軍とともに魔物を蹴散らすのだと、意気込んでいた者が多かったのだろう。しかし、すでに魔物は倒されたあとだということで、すっかり拍子抜けしてしまったようだ。


 とはいえ、それでますます将軍を敬愛するようになった者も少なくない。


 そしてフォンシエとフィーリティアは、北に移動する際、同行していた者たちに軽く挨拶を済ませると、将軍らのいる城の中で歓待されていた。


「フォンシエ様、フィーリティア様。本当に、本当にありがとうございます!」


 何度も何度も頭を下げるのは、子女を攫われた貴族の一人である。

 南に避難していたようだが、その間もずっと心配で仕方がなかったようだ。


 そしてラスティン将軍が動けないということも知っていたのだろう。礼はずっと、フォンシエとフィーリティアに向けられていた。


「無事でなによりです」

「なにかお礼をしたいのですが、私にできることはございませんか」

「もし、その気がおありでしたら、どうか魔物に奪われないように戦う支援をしてください。もう二度とこのような悲劇が起きなくて済むように。民の平和が私の願いです」


 フォンシエが告げると、その貴族は感動のあまり落涙する有様だった。


「ぜひ、協力させていただきます……!」


 フォンシエとしては、そこまで深く考えていたわけではない。けれど、一人でも平和を願う者が増えたなら、それに越したこともない。


 と、そこで彼はふと気がついた。


(……君主のスキル、切ってなかったな)


 これはあまり使いすぎないほうがいいかもしれない。

 彼の戦いで磨かれた風格が人々を突き動かすのだが、彼自身は、ただ魔物を倒しているだけの村人としか、自分を認識してはいないのだった。


 フィーリティアは「相変わらずだね」と笑っていたが、彼女も彼女で、変わらないフォンシエに安心感を覚えるのだった。


 そうして一通りの事後処理を終えたところで、フォンシエは休憩室にてくつろいでいた。


 フィーリティアは勇者として、ゼイル王国に関する話があるそうで、今は一人きりだ。たまにはこうしているのも悪くない。


 一息ついたところで、近づいてくる存在に気がついた。以前、街中でも魔物の襲撃があったため、探知のスキルは切らさないようにしているのである。


 入り口へと視線を向けていると、入ってきた女性と目が合った。


「あっ……フォンシエ様」


 驚くのも無理もない。けれど、はにかみながらやってきて、「お隣よろしいでしょうか」と尋ねてくる。


「構わないよ」


 言いつつ、フォンシエはなにかあったのかと思う。確か、この女性は救出した子女たちの中にいた人物だから。上品なドレス姿になっているが、見間違えではないだろう。


「このたびはお助けいただき、ありがとうございました」

「ああ、気にしないでくれ。どこか具合が悪いところはないかい?」

「はい。本当に夢のようです」


 子女たちの半数以上はすでに貴族たちの元に戻っていたが、すでに死亡したと諦められていたり、遠くに住んでいたり、連絡がつかなかったりと、宙ぶらりんな状態になっている者も少なくない。


 だから、彼女が元気そうでなによりだと思うのだ。


 お礼を言いに来たのだろうと思っていたフォンシエだが、陶然としながら「勇者様のご活躍に勇気づけられました」だとか「とても凜々しいお姿でした」だとか言われて、距離が縮められてくると、フォンシエは、そこではっとするのだ。


(なるほど。彼女は不安なのだろう。この先、自分の未来がどうなるのか。だから、俺を英雄に祭り上げることで、精神的な安定を求めたに違いない。もしくは、打算的なことを考えているなら、俺に取り入って貴族の親に紹介でもしようと思ったか)


 自分ではものの見事に真実を探り当てたと思っているフォンシエである。

 女性が必死にアプローチするも、彼には結局届くことはなかった。


 そうしているうちに、いつしか子女たちが集まってきて、なんやかんやと話をすることになる。


(なるほど。被害者たちは集まったほうが、心の安らぎになるのだろう)


 と、フォンシエはこれまた納得しながら話を聞いているのだった。


 そんなところに、金色尻尾がぱたぱたと揺れながらやってくる。


「フォンくん。少しいい?」

「構わないよ。……それじゃあ、俺はこの辺でお暇するよ。君たちだけで話したいこともあるだろうからね」


 フィーリティアと一緒に出ていくフォンシエを見て、子女たちは呆然とするのだった。


 そして廊下を歩いているとフィーリティアは、


「ほらね、フォンくん。マナーを知らないと困るでしょ?」

「本当だ。いやはや、貴族の会話というものは、お上品過ぎるね。田舎者が紛れ込んでいると、気を悪くした者もいるかもしれない」

「そうだね」

「……なんだか、今日のティアは反応が冷たくない?」

「そんなことないよ。……でもフォンくんはそれくらいでいいんだよ。貴族と付き合うなんて、できないからね?」


 フィーリティアはまだ困惑しているフォンシエの手を取って、彼を引っ張るのだった。


(今日はよくわからないことばかりだ)


 機嫌よく揺れる尻尾を見てフォンシエは首を傾げるのだった。


 それからフィーリティアと今後の予定を話していた彼だったが、にわかに城内が騒がしくなった。そして、伝令の兵が慌ただしく駆け込んできたのである。


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