107 デーモンロード
デーモンロードが打ち下ろした剣を咄嗟に回避し、フォンシエは反撃しようとする。
しかし、その隙を与えずに、ゴブリンロードが三体、同時に突っ込んできた。
槍を手にしたそれらの突撃を跳躍して躱しつつ、距離を取る。背後から飛んできた矢を切り払い着地したときには、レッドオーガが棍棒を振り上げていた。
ズドォン!
棍棒が地を叩き土煙を上げる。
視界が悪い中、魔物の腕が断ちきられて血しぶきが上がった。
「邪魔をするな!」
フォンシエは素早くレッドオーガの落ちた腕を取ると、向かってくるゴブリンロード目がけて投げつけた。
そしてそれらの個体が身動きが取れなくなった瞬間、デーモンロード目がけて切りかかる。
しかし、またしてもあちこちから矢が飛んできて、勢いを十分に乗せた一撃を放つことはできず、デーモンロードはギリギリのところで回避して反撃してくる。
重い一撃を受け止めると、フォンシエは鬼神化のスキルを使用して一気に剣を払い懐に入るなり、そこから膝蹴りを叩き込む。
デーモンロードはうめくも、フォンシエがさらに剣を叩き込もうとしたときには翼をはためかせて跳び上がっていた。
そして上空から火球が放たれると、フォンシエはすぐさまレッドオーガの影に隠れて、鬼神化を使い持ち上げ、盾としてその魔物を利用する。
しかし、いつまでもそんな状況が続くはずもない。
フォンシエは肉体的な疲労を実感する。勇者のスキルは精神的な影響が出るだけだが、その状態で動いていたことで、肉体にもダメージが蓄積していたのかもしれない。普段であれば気づくようなことも、小さな傷などは気にする余裕もなくなってしまうから。
奇襲のとき、毒を受けた傷口はすでに血が固まっているが、それ以外に矢をかすったところなどもあるのだろう。
集中力を切らす可能性もある。
そうなったとき、これほど多くの魔物を相手にするのは難しい。
撤退の案が頭を過ぎる。
(けれど……こいつを生かしておけば、また被害者が出る)
ここでなんとしても仕留めなければならない。
フォンシエがどうにかする術を考えていた瞬間――
鋭い光の矢がデーモンロード目がけて飛来した。
「グォオオオオオ!」
怒りとともに悪魔が剣をそちらへと投げつけると、金色の少女が飛び出した。
「ティア!? 子女は……」
「将軍さんたちが来てくれたの! それよりフォンくん、やっぱり戻ってきてくれないじゃない」
「その……ごめん」
「いいよ。フォンくんが剣を持ったら突っ込んでいくこと知っているから。だから。一緒に倒そう?」
フィーリティアは彼の隣にたち、デーモンロードを見据える。
その悪魔はこの二人を相手にするのは難しいと見てか、撤退を考えているようだった。
しかし、その背後から現れる存在がある。
「積年の恨み、晴らさせてもらう」
秘めた闘志を爆発させるラスティン将軍が、魔物の群れをことごとく切り裂いていた。鬼気迫る表情の彼は、魔物ですら怯えるほど。
フォンシエは先ほど退治したとはいえ、本気の彼を見るとぞっとせずにはいられなかった。
(まともに切り合っていたら、捕縛どころか、俺が切られていたかもしれない)
あまりにも経歴が異なるのだ。彼の何十倍もの間、魔物を切り続けてきた人物なのだから。
けれど、フォンシエも少しばかり当てこすりを言ってみる。
「……都市を出られないんじゃなかったんですか」
「あれほど光の矢を放てば、なにかがあったと誰でも気づくだろう。そこまで愚鈍ではない」
それ以上の長話もいらない。
フォンシエが敵のほうに意識を向けると、ラスティン将軍が呟いた。
「子女のこと、助かった。今は貴公を助けよう」
「そりゃありがたい。けれど、こいつは俺が倒す」
「ならば、周りの魔物がすべて片づく前に済ませるといい」
ラスティン将軍は光の矢を乱発して周囲の魔物を打ち砕き、さらにはレッドオーガをぶん投げて数多の魔物を潰してしまう。それはさながら台風のごとく。
もはや邪魔は入らなくなった。
フォンシエが剣を握ると、デーモンロードが怒りのままに切りかかってくる。
剣を躱すと、フォンシエは幻影剣術を用いて相手の胴体を切り裂いた。そしてうめく相手には、立て続けに飛び込んだフィーリティアが光の剣を振るった。
たった一太刀。
美しい光が弧を描くと、漆黒の腕が吹き飛ぶ。そして翻ったときには、背後からのもう一撃を浴びて片足が落ちていた。
「貴様ら! 二人がかりとは卑怯な!」
「お前が言ったんだろう。人間は愚かだと。けれど、そこには立派な思いがあるんだ!」
逃げ出そうとするデーモンロードを見据えたフォンシエは、勢いよく跳躍する。
その背には光の翼。
確かな思いに背を押され、彼は敵の頭上へと躍り出た。
掲げた剣は、勇者の光を纏っている。そして魔物を断つその瞬間を、今か今かと待っていた。
「これで終わりだ!」
美しい光は、漆黒を切り裂いていく。
デーモンロードは頭から股下まで真っ二つになっていた。いかに生命力に溢れた魔物といえども、こうなっては生きてはいられない。
ゆっくりと地面に落下し始めると、フォンシエもともに下りていく。着地した彼のところに、フィーリティアがやってきた。
「フォンくん、お疲れ様」
「ありがとうティア。……魔物、もう片づいたんだ」
そこにいた大量の魔物はものの見事に仕留められていた。ほとんどは時間がたっているらしく、すでに肉体が消えて魔石になっているものも少なくない。
(……ラスティン将軍はレベル70近くあるんだろうか)
もしかすると、彼はゼイル王国最強の勇者であるユーリウスとフリートを相手にも立ち会える人物かもしれない。
フォンシエは改めてラスティン将軍を見る。息一つ切らしてはいなかった。
その姿を見ていると、民が全幅の信頼を寄せているのも納得できた。実力のみならず、人間的にも成熟しているのだろう。
「……ラスティン将軍。ご助力、感謝いたします。それから……先ほどは見逃していただきありがとうございました。そして、身勝手なことをして申し訳ありません。将軍のおっしゃるとおり、子女を解放された後に攻めれば、たったお一人でも魔物を駆逐できたでしょう」
「いいや、君のおかげで皆が助かった。感謝してもしきれない。なにより、責められるべきは、この老骨だ。今後はしかるべき場所にて、罪を受け入れよう」
「その必要はございません。俺たちはこのことについて、なにも言うことはありませんから。なにしろ、ゼイル王国がレーン王国に関与する意味はありません。それにもし……罪の意識があるのなら、すべての魔物がいなくなる日まで、剣を取ることで償っていただきたいと思っています」
フォンシエが告げると、ラスティン将軍は頷いた。必ず、民のために戦い続けようと。
それからまじまじと、フォンシエの姿を眺める。
「君を見ていると、本当にすべての魔物をいなくしてしまうのではないか、と思ってしまうよ。ところで……君が言っていた『村人』というのは、いったいどういうことかね?」
そう尋ねられるも、簡単に説明できることでもない。にわかに信じられることでもなかろう。
フォンシエはとりあえず、
「まずは戻りましょう。あちこちから集まっている援軍に話をしなければなりませんから」
と、三人で南に戻ることにしたのだった。
ゼイル王国の村人は、勇者二人とともに凱旋していた。




