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106 救出作戦


 北の森をフォンシエは駆けていた。

 その背には、布で全身を隠したフィーリティアがおぶさっている。


「大丈夫? 重くない?」

「ああ。それより、もうそろそろ敵が近くなる」


 フォンシエが告げると、フィーリティアは口を閉ざした。今、彼女ができることは、ただ押し黙っていることだけだから。


 どうしても勇者というものは存在感があり、目立ってしまう。

 けれどじっとしていれば、荷物同然の存在感しか持ち合わせていなければ、フォンシエ一人となんら変わらないのだ。


 そして彼は「隠密行動」、「気配遮断」「探知」の三つのスキルを勇者の「光の証」で強化しており、もはや魔物が見つけることは不可能だった。


 しかし、光の証は二つしか取っていないため、三つのスキルに切り替えながら使い続けるのは骨が折れる。一瞬でも集中力を切らすわけにもいかなかった。


 だからフィーリティアはじっとして、フォンシエが敵の居所を見つけることを祈るのだ。


 彼ならばきっとやってくれるから。


 そんな期待を背負ったフォンシエは、ひたすらに足を動かしていた。

 付近になにかある気配があれば、「野生の勘」や「洞察力」を働かせて調べていく。


 魔物が通った跡など、これといったものはない。


 けれど……。


(おや、これは)


 とても魔物や兵が使うものとは思えない、真新しい髪飾りが落ちていた。

 何年も北に行った者はいないはず。となれば、攫われていった子女のものに違いない。


 フォンシエは念入りに付近を調べながら、頭を働かせて推測していく。


 ラスティン将軍が言っていたように、どれほど時間がかかるかわからない。その間に、魔物と遭遇してしまえば、この計画は潰れてしまう。


 そんな綱渡りのような状況でも、黙ってこの国を立ち去ることなんてできやしなかった。


 盗賊や狩人、暗殺者に勇者などのスキルを持ち合わせて状況を打開できる可能性があるのは自分一人だけなのだから。


(この選択が正しかったのかはわからない。けれど……それを悔やむのは、すべて終わってからでいい)


 魔物がいるのなら、フィーリティアはともに戦ってくれる。どんな強い魔物だって、彼女は切り伏せて進んでいくだろう。


 だから、フォンシエがすべきことは、彼女が存分に力を発揮できる環境を作ることだ。すなわち、子女をこっそり救出すること。


 それに、期待を寄せているのはフィーリティアだけではなかった。


(最後、わざと手を抜いたな)


 フォンシエがフィーリティアとともに脱出するとき、ラスティン将軍と目が合ったのだ。勇者としての実力は高く、あんな短時間で撒くことができる相手ではなかったのに、彼は追うことをしなかった。


 そしてあからさまに叫んだのだ。

 フォンシエにはその言葉が、失敗すると許さないという、彼の思いにも感じられる。


 しかし、なんであれ、フォンシエの決意は変わらない。


(必ず助け出す)


 フォンシエが口を結んだ瞬間、探知に引っかかる存在があった。数十の反応は、どれも魔物のものではない。子女たちは生きている。


 野生の勘などによって確かめてみるが、間違いない。

 フォンシエが雰囲気が変わったことで、フィーリティアは状況を察してくれる。いつでもいけると合図を出すと、フォンシエは突入の経路を考慮。


(……小屋か? 見張りが多いな。一度飛び込めば、もうあとには引けない)


 しかし、妙なことに子女たちが怯えている。

 長い間、閉じ込められていたのであれば、今頃になって急に不安になることはないだろう。つまり、敵がなにかをしたはず。


 だからといって、ここで引き返すわけにもいかない。


 フォンシエはフィーリティアと視線を交わすと、一気に飛び出した。


 空には数十の魔物。そして地上には武器を手にしたゴブリンロードやレッドオーガなど上位個体。


 空を飛んでいた悪魔が地上の襲撃者目がけて、炎を放ってくる。


「ティア、頼む!」


 フォンシエが告げるなり、フィーリティアは跳躍。火球を光の盾で受けるとともに、光の矢で反撃していく。


 その間にフォンシエは小屋の中に突入すると、数十人の子女の姿があった。

 フォンシエを見て怯えた顔をするが、


「助けに来た、ここから脱出する!」


 君主のスキルを使用した彼の言葉を聞くと、なかば呆然と信じ込むしかなかった。自分たちは助かるのだと。


 フォンシエが素早く縄を切り裂き歩けるようにしている中、地下から衝撃が伝わってくる。


 バキバキと音を立てて、魔物の腕が地面から伸びてくる。


「きゃああああ!」


 絶叫が上がる中、フォンシエはそれらを切り裂き、光の矢をぶち込んでいく。

 そして直後、小屋全体で魔力が高まっていく。


(……間に合わない!)


 咄嗟に光の盾を用いた瞬間、「中等魔術:炎」が生じる。

 すさまじい爆風の中、フォンシエは気合いを入れる。ここで気を緩めれば、誰もが吹き飛ばされてしまうと。


 ぐっと歯噛みし、ひたすらに集中。

 幾度となく繰り返されるスキルを堪えていく。


 風がやんだときには、フォンシエは額に汗を浮かべていた。いかに勇者のスキルが消費しないとはいえ、精神的な摩耗は途方もなかった。


 そうして小屋など跡形もなく消え去っている中、フォンシエは地下にいた魔物もまた、木っ端微塵になっているところに視線を向ける。


 いかに魔物とはいえ、反吐が出るやり方だ。

 そして今度は地上から武器による攻撃を行ってくる魔物の姿。


 フィーリティアはすぐさまフォンシエの隣に降り立つと、彼の代わりに光の盾を使用する。


「よかった、フォンくん。無事で」

「ああ。ティア、彼女たちをお願いできる? 俺は時間を稼ぐ」

「わかった。すぐに戻ってきてね」


 フィーリティアは光の盾を調節すると、硬度を上げてあたかも入れ物のように作用させて、そこに子女たちを詰め込んで駆け出した。


 フォンシエはそこまで勇者のスキルに長けているわけではないが、彼女ならばそんな芸当すらも可能だった。


 フィーリティアの姿を見送った後、フォンシエは息を吐きながら、剣を握る。

 ゴブリンロードが切りかかってくると、神聖剣術によって受け流し、幻影剣術と神剣一閃のスキルによって断ち切った。


 勇者のスキルはこれ以上使うと、集中力を欠いてしまうから、魔力を消費してもこのほうがいいと判断したのだ。


 幾度となく放たれる矢を躱していると、フォンシエは片膝をついた。


 その瞬間、木々の奥から姿を現す存在がある。それは悪魔。

 漆黒の肉体を持つ上位個体、デーモンロードだ。


 魔王でこそないが知能は高く、弱い魔王よりも実力が高い場合も少なくない。


(……魔王モナクじゃないな。こいつが仕組んだやつか)


 その魔物がフォンシエを見て、くつくつと笑った。


「無様だな。動けないだろう? 無敵の勇者も、毒には敵うまい。ゼイル王国からわざわざ死にに来るとはな」


 小屋を破壊したとき、地下から出てきた魔物が毒を用いていたのだろう。彼の足には小さな傷がついていた。


 フォンシエはそのままじっとしていると、その悪魔が近づいてくる。


「あんた、たいして強くないな。こんな卑怯な手を使って」

「人間どもが愚かなだけだ」

「その愚かな人間の言葉を語るとはな」

「いずれ貴様はその口もきけなくなるだろう。ほざいているといい」


 ずんずんとデーモンロードが近づいてくる。

 そして至近距離で足を止めた瞬間――


(今だ!)


 フォンシエは光の翼を使用し、一気に飛び込む。

 そして光の剣を、デーモンロードの胸へと突き刺した。


「くっ……!? 貴様!」


 デーモンロードは胸から血を流しながらも、フォンシエを殴り飛ばす。

 集中力が足りず、勇者のスキルが思った以上に威力に乏しかったのだ。


 フォンシエはごろごろと地を転がりながらも、敵の様子を探知で窺う。そこには、怒りの形相の魔物がいる。


「生憎と、毒は効かない。なにしろ、俺は村人だからな」


 混沌の地の魔物のほうが、よほど強い毒を持っていたくらいだ。それすらも直してしまう解毒のスキルとそれを強化する光の証を持った村人に卑劣な罠など意味はない。


 デーモンロードが歯ぎしりの音を立てながら、近くの魔物から大剣を奪い取ると、フォンシエを睨みつける。


「グゴォオオオオオオオオ!」


 その咆哮を聞いてフォンシエは笑った。


「……安心した」


 すっと剣を構えると、呼吸を整える。


「言葉を話せるから、戦うのに躊躇するかと思った。けど、あんたなら遠慮なく殺せる」


 魔物ゆえにペナルティもない。

 ここで切り裂いてしまえば、平穏は戻ってくるのだ。


 突っ込んでくるデーモンロードを相手にフォンシエは地を蹴った。


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