104 違和感とともに
フォンシエがフィーリティアと一緒に食事を取っていると、伝令の兵がやってきた。ほかの兵たちは、食事中ではなく会議室の一カ所に集められているのだが、二人はこのレーン王国の兵ではないため、特別扱いなのである。
二人きりの食事ということで、さほどマナーも気にせずに料理を口いっぱいに頬張っていたフォンシエであるが、兵が話を始めると耳を傾ける。
「現在、北方の都市における住民の避難は完了しております。しかし、魔物の侵攻は見られていないため、その衛星都市を拠点にして、魔物の襲撃に当たる手筈となりました」
それを聞いていたフォンシエは違和感を覚える。
魔物の侵攻がないというのに、なぜ衛星都市を利用する必要があるのか。
「北の都市は落とされていないんじゃないのか? それなら、戦い続けていたそちらのほうが、守りやすい場所だろう」
「いえ、それが……ラスティン将軍が増援は不要とのことで、このような決定に至りました」
「不要だと……? ということは、なにか策があるのか?」
囮となって敵を集めて、一気に叩くことでも考えているのかもしれない。
けれど、伝令の兵は曖昧な言葉を告げるばかりだった。
「なにか考えがあると推測されております。これまで将軍の采配には、間違いがありませんでした」
よほどラスティン将軍とやらを尊敬しているのだろう、兵は嘘を言っているようには見えない。
しかし、フォンシエにとってほしいものは、その土地の情報なのだ。
「今までが大丈夫だったとしても、これからはどうなるかわからない。鉄壁の守りが崩されてしまったのだから」
兵はあからさまに不快感の色を浮かべた。
よそ者がこのように、将軍を信頼できないと言うのだから、当然かもしれない。
けれど、これまで魔王との戦いを続けてきたフォンシエにとっては、そんな楽観できるものではないだろうと思われるのだ。
それから少し問答をしてみるも、そもそも兵がなにも知らないようで、話すだけ時間の無駄だった。
フォンシエが話を切り上げたときには、料理がほとんど手つかずのまま残っていた。
「おっと、せっかくの料理が冷めてしまった」
「もう、フォンくん。第一声がそれなの?」
「料理人の思いを大事にしているんじゃないか。村人らしくないかな?」
フォンシエの言葉にフィーリティアは苦笑い。
確かに田舎の村で暮らしていた少年の言葉としては現実味のあるものだが、応援として来ている魔王討伐部隊としてはあまり相応しいものでもない。
フォンシエはおどけて果実を呑み込んだ後、表情を改めた。
「明日の朝には出発するから、衛星都市には昼くらいには着けるそうだ。ということで時間はあるから、直接ラスティン将軍のところを訪れようと思う」
「フォンくんは自分から突っ込んでいくのが得意なんだね」
「じっとしていたら、誰も助けてくれないからね。無策でいるよりは、安全な方法だと思うよ」
将軍を訪ねてみれば、少なくとも現地の魔物の動向がわかるだろう。
避難しなければならないほどの攻勢だというのに、都市が無事で将軍も残っているのが気がかりだった。
フィーリティアは頷くと、フォンシエの口元を布で拭った。
「汚していたら、どんな英雄でも格好がつかないよ?」
彼女に笑われながらフォンシエはもっともだと頷くのだった。
◇
明朝、フォンシエはフィーリティアとともに礼拝堂に来ていた。
出発前の朝早い時間であり、室内でも差し込む日差しが感じられる。
照らし出された女神マリスカの像を見て、人々は敬虔な祈りを捧げている。しかしフォンシエが思うことは、
(……異国でも、祈る姿は一緒なんだな)
ということであった。所作に違いがあるかとも思ったが、同一神の信仰なのだから、変わらないのだろう。
そんな彼の前には、いつもと同じ情報が表示される。
レベル 13.80 220
レーン王国の魔物自体を倒した分がほとんどだ。ということは、混沌の地の魔物はあまり影響していないのかもしれない。
(……分裂した直後だからだろうか?)
それとも単に、フォンシエ自体が魔物を直接切ってはいないからか。
しかしなんにせよ、敵を倒せば上がることには違いないし、そこらの雑魚を倒しても上がらなくなってきたのだから、今後はあのような敵と戦っていくことになるだろう。
ともかく、なんのスキルを取るかと少し考える。
身体能力を少々向上させるものならばいくつも残ってはいるが、今となっては微々たる違いにしかなりそうもない。
それよりも、今の現状をなんとかする方法を考えたフォンシエは、これまでならまず取らなかったであろうスキルを取ることにした。
フォンシエは職業「君主」のスキル「統治力」と「交渉術」をそれぞれ100ポイントで取得。
市民の敵愾心を低下させて忠誠心を向上させるものと、対話における好印象を強めるものだ。
統治者が取る職業であり、付随するスキルも戦いの役に立つことはない。けれど、この異国で彼らの立ち位置を考えれば、取っておいて損もないと踏んだのである。
フォンシエはそれらのスキルのオンオフを自在に操れることを確認しつつ、礼拝堂を出る。どれほどの効果があるのかはわからないが、試す相手もいないのだ。
フィーリティアに用いたところで、「フォンくんは立派だよ」なんていつものように返ってくるだろうから。
礼拝堂を出ると、フィーリティアが家々の花に視線を向けている姿があった。
「……気に入った?」
「どうだろう? ゼイル王国では見られなかったって思ったの。……それに私が飾っていても、似合わないよ」
「そんなことない。今は戦いばかりだけど……いつか平和になったなら、観賞用の花を育ててみようよ」
フォンシエがまっすぐに告げるので、フィーリティアは気恥ずかしくなって、視線を少しばかりずらした。
「コナリア村にいたときは、食べられるものばかりだったよね」
「あのときは、生きていくので精一杯だったから。今もそのことに変わりはないけれど……」
戦いの中で生きている今のほうが、生きていくのは難しいのかもしれない。
けれど、花を贈るくらいの余裕は生まれただろう。
フォンシエとフィーリティアはそんなことを考えていたが、兵たちが都市の外へと移動している姿を視界に入れると、北に向けて出発することになった。
◇
都市に到着したときは、日が傾き始めたばかりのときだった。
こちらは魔物の被害もないため、都市内部は爪痕もありはしないが、人々は皆、憔悴しているようにも見える。きっと、北からの避難民が多いのだろう。
フォンシエは滞在の準備を済ませると、こちらで情報を仕入れるべく、フィーリティアと街中を歩いていく。
彼女は狐耳を動かして、あちこちの噂話を拾う。人によっては、思い出したくないことだってあるだろうから、聞き込むのも気が引けたのだ。
そうして話を聞いていくと、どうやら、こちらにはほとんど増援がないこともわかってくる。
だから将軍は、なかば最後の砦として、少数で残ろうとしたのかもしれない。
けれど、いくつかの噂をかき集めても、はっきりしたことがわからない。
「……敵の情報がないな」
交戦している相手の情報がほとんどないのだ。
魔人がいるとか、それくらいのもので。なにかを秘匿しようとしているのか、それとも本当に戦っている相手のこともわかっていないのか。
フォンシエはフィーリティアに視線を向けると彼女は頷く。
二人は都市を出ると、さらに北へと向かい始めた。
北に進むにつれて、魔物の姿は増えてくる。しかし、コボルトやゴブリンなど、さして強い個体ではない。
草原に道がつき、あちこちで魔物が顔を覗かせる。
こんな光景は、ゼイル王国でもよくあった。
けれど、その都市が見えてくると、フォンシエは不気味に思わずにはいられなかった。
やけに大きな都市は、分厚い市壁に守られて静かに佇んでいた。
門は閉められているが門番はなく、人の姿は見当たらない。
フィーリティアと顔を見合わせ、互いに頷く。人を呼ぶよりも手っ取り早い方法があるのだから。
光の翼を用いて跳び上がり、市壁の上に跳び上がるも、街中から音は聞こえてこない。死んだ街であれば、魔物が我が物顔で歩き回っているのが常だ。しかし、その姿すらないのである。
「……魔物に落とされていないという噂は本当だったようだけど」
「将軍、こんなところにいるのかな?」
フォンシエは探知のスキルを働かせて、街中を歩いていく。
と、すぐにこちらを窺う視線があることに気がついた。
(相当の手練れだ)
遠くからでもこちらの侵入に反応し、適切な位置を取る。戦いになれているだろう。
ピリピリと張った空気の中、フォンシエが強めに靴音を鳴らしながら進んでいくと、建物の陰から一人の男が現れた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
おかげさまで本日、書籍版の第一巻が発売しました! 篠月しのぶ先生のイラストが大迫力です。
WEB版とは大きく変わっておりますので、書店さんで見かけた際は、是非お手に取ってみてください!




