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102 矢面に立つ者は



 フィーリティアが狐耳を立てながら音を拾って、砂の中に潜んでいるストーンゴーレムの位置を大雑把に把握すると、光の矢を撃ち込む。


 しかし、それは砂の中に消えていくばかり。敵の図体は大きいが、正確に魔石を撃ち抜かなければすぐに再生してしまうのだ。


 それゆえに一見すると、なんの効果も得られていないかのように見える。けれど、ほかの勇者たちはフィーリティアを支援するように光の矢を放っていた。


 彼らは大きな耳なんてありゃしないし、狙いなんてほとんど当てずっぽうだ。ストーンゴーレムのいない見当違いの方向に撃ち込んでいることだってある。


 フォンシエはそんな姿を見ていたが、やがて探知のスキルを最大限に働かせる。ストーンゴーレムは予想していたとおりに、一カ所に集まっていた。


 となれば、もはや迷っている暇などない。


「これより敵を討つ!」


 声を張り上げたときには、地下で魔力が高まっていた。

 そして残りの魔力すべてが注ぎ込まれて「高等魔術:土」が発動する。


 大魔術師が用いたものとは異なり、勇者の光が混じった砂はあたかも腕のようにストーンゴーレムを束縛し、そのまま地上へと持ち上げていく。


 やがてその姿が日に照らされたときには、胸部や腹部などに、砂で作られた模様があった。それこそが魔石のある場所にほかならない。


 フォンシエの「野生の勘」は、そこまではっきりと把握することができていた。


「今だ、撃て!」


 勇者たちは一斉に光の矢を放つ。その鏃が狙いどおりに貫き、ストーンゴーレムは吹き飛んでいった。


 いくつもの個体が崩れていく中、それらを拘束していた砂もまた、バラバラになっていく。魔力が尽きたのだ。


 スキルの使用を終えて息をついたフォンシエのところに、一体の解放されたストーンゴーレムが向かってくる。


「フォンくん!」

「これで最後だ!」


 今はもう、なにもできなかった頃とは違う。魔力がなければ、それ以外の方法で戦えばいい。勇者のスキルもその手段の一つに過ぎないのだから。


 すらりと剣を抜いた彼は、背に光の翼を生やして急加速。ストーンゴーレムの腕をかいくぐり、光の剣で胴体を切り裂きながら背後へと回り込んだ。


 そして切り口からわずかに見える魔石に視線を向けると、光の矢をそちらに向ける。そのときには敵がまたしても殴りかかっていたが、その腕が彼に届くことはなかった。


 光の盾は、魔物の一撃をしかと受け止めていた。


「食らえ!」


 放たれた光の矢は、正確に魔石を貫いていった。

 砕け散った破片を撒き散らし、ストーンゴーレムは崩れていく。もはや、動く魔物の姿はなかった。「探知」や「野生の勘」に引っかかる存在もない。


 勇者たちはこの状況をしばらく眺めていた。それからふと呟くのだ。


「これが混沌の地の魔物か……数体でこれとはな」


 けれど、フォンシエはストーンゴーレムを思い出してから、首を横に振った。


「おそらく、混沌の地から出てきた個体は一つだけ。それが自己複製して、数体になっていたはずだ」

「なんだと!? じゃあ、俺たちはたった一体を相手に苦戦していたってのか」

「それもたいして強い魔物じゃない」


 もし、混沌の地に魔王と呼ばれる存在がいたのであれば、いったい誰が太刀打ちできるというのだろうか。

 これまで前例がなかったとはいえ、弱い魔物だけでなく強い魔物が出てくるかもしれない。いつか、魔物がその土地から溢れ出すかもしれない。


 そんな考えが頭を過ぎるが、今は告げるべきときでもないだろう。

 ともかく魔物を打ち倒して彼らも助かって、ここでゼイル王国からの派遣は終わったのだ。


「帰ろうか。こんなところにいつまでもいたら、干物になってしまうよ」


 フォンシエの言葉に、誰もが頷いた。

 それから魔石やストーンゴーレムの素材を回収を済ませる。やがて歩き始めた彼の後ろにぞろぞろと勇者たちが続く。隣にいるのはフィーリティアただ一人。


「フォンくんが言ったとおり、混沌の地の魔物は強いね」

「そうだね。でも、大きくはないからやりやすいよ。なにしろ、俺の剣は長くないからね」


 彼はキングビートルの外骨格で作られた剣を見せる。黄金色の輝きは変わらずにあるが、いかに切れ味に優れようと大きさばかりはどうしようもない。


「乱暴に扱っちゃだめだよ? 代わりはないんだから」

「わかってるよ。二つとない魔物を切り裂く名剣なんだ。皮肉なことに、魔物から得られたものだけれど」

「そういえば、ストーンゴーレムの素材はあまり使えそうにないね」

「勇者が切った魔物の素材となれば、価値が上がるかもしれないよ。漬物石くらいにはなるかもしれない」

「もう、誰が切っても一緒じゃない」


 そんなやり取りをしていた二人は、やがて街に辿り着いた。明朝に出てきたとはいえ、すでに日は天辺に近づきつつある。


「ようやく、この鎧からも解放されるか」


 勇者の一人は鎧を脱いで、手で仰ぐ。熱を帯びていて、さらには空気がこもるのだろう。


「もう我慢できねえ!」


 中には水を頭から被る者もいた。


「くーっ。すっきりするなあ!」


 ジャブジャブになって水をしたたらせている男にフォンシエが視線を向けていると、フィーリティアが水の入った桶を見て、「フォンくんもどう?」なんて笑うのだ。


「俺はいいよ。ただでさえ汚い格好なんだから、少しでも見栄えはよくしておかないとね」

「……でも、今はフォンくんが一番立派に見えるよ」


 勇者たちは鎧を脱いでいるし、鎧だけならばフォンシエの品が一番立派だから。

 これほど多くの勇者がいる中で、村人が目立つのも皮肉なものである。けれど、実際矢面に立っていたのは彼であり、もはや勇者となんら違いはない――いや、それ以上に多彩なスキルを用いることができる人物なのだから、職分を考えなければ相応しい姿なのかもしれない。


 照りつける日差しの熱気を肌で感じながら、あまり人が出歩かなくなった街を勇者たちは進んでいく。


 やがて城に戻ってくると、そちらは街中と違ってやけに慌ただしかった。

 兵たちが走り回っていることから、戦いが予見される。


「……こっちからも、北に向かうことになったんだろうか?」

「北の都市が落とされたって話だったから、人手が足りないのかもしれないね」


 二人で話をしていても仕方がない。

 重要な報告があると告げると、使用人はすぐに城主のところへと案内してくれた。


 一室に勇者たちが足を踏み入れると、その男は目を丸くするのだ。


「その魔石は……」

「混沌の地から出てきた魔物を討伐しました。また、それらが率いていたレーン王国の魔物も。これで依頼は達成しました。ご確認願えますか?」


 城主はすぐに人を呼んで確かめさせる。

 混沌の地の魔物はほかとは少しばかり異なっているから、調べれば区別くらいはつくかもしれない。といっても、ほかにもレーン王国の個体もたくさんいたから、時間はかかりそうなのだが。


 それを待つ間、勇者たちはグラスを傾けて、果汁や果実酒を口にしている。ここでの活動も終わるだろうから、少しばかり名残惜しそうにしつつ。


 一方でフォンシエとフィーリティアは、兵たちにこちらの状況を尋ねていた。


「なにかがあったのですか?」

「ええ、救援要請がございまして、我々も北に向かうことになりました。混沌の地の魔物を討伐していただき、誠にありがとうございます。憂えることなく出立できます」


 そう言う兵の顔は、しかしどことなく不安があるようだった。

 魔物が国土を荒らしているというのだから、無理もない。


 そんな話をフォンシエが聞いているうちに、魔物の確認が終わる。


「今回は本当にありがとうございました」


 城主が深々と頭を下げると、勇者たちはそれぞれ、すっかりほっとした顔で涼みに行くのだった。明日にはゼイル王国に戻るのだろう。


 けれどフォンシエとフィーリティアはその場に残って、


「俺たちも北に向かおうと思うのですが、国籍に関して、こちらでの活動にはなにか問題はございますか?」


 などと告げるのだ。こんな血の気の多い勇者はそうそういやしない。

 だから城主は目を丸くするのだが、


「願ってもない話です。自由に活動できるよう、すぐに手配いたしましょう」


 と、足早に動き始めた。

 彼もまた、目覚ましい村人の活躍に感化されてしまったのかもしれない。

 それからしばらく話し合いがあった後、二人は部屋に戻って休息を取る。


「北に行けば、この砂漠地帯よりは過ごしやすいってさ」


 それは気候の話であり、魔物がたくさんいるから、大勢の人々にとっては過ごしやすいはずがない。


 だからその言葉は、魔物を打ち倒して変えていくという決意でもあったのかもしれない。


「頑張ろうね、フォンくん」


 フィーリティアは居ても立ってもいられないといった様子のフォンシエを見て、尻尾をぱたぱたと振るのだった。


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