101 探索の末に
勇者たちは初めて来る砂漠に気を取られていたが、フォンシエとフィーリティアが警戒を担っていたため、それほど戸惑うこともなく進んでいた。
移動が不得意な大魔術師は、勇者の一人が担いでいる。
まるで荷物のような扱いであるが、馬車なんて砂漠では役に立たないし、勇者に守られていれば安心だから、彼のほうも異論はないようだ。
そうして朝からずっと移動していた彼らであるが、ふと、フォンシエが足を止めた。
向かう先には、なにかがあるようには見えない。
「おいおい、こんなところで立ち止まってどうするつもりだ? まさか迷ったんじゃないだろうな?」
勇者の一人がそんなことを言ってくるが、フォンシエが耳を傾けることはなかった。
すでに光の証を用いた「探知」と「野生の勘」、さらには三つ目のスキルとして「洞察力」も利用しており、彼の感覚は研ぎ澄まされている。
その影響下では、地下を動く野ねずみすらも隠れることなどできやしない。まして、数多の魔物ともなればなおさらだ。
「この先に魔物がいる。それもたくさん、数は百以上だろう」
彼の言葉に、男はゴクリと生唾を呑み込んだ。
「嘘だろ? と言いてえところだが、前に離れ業を見せられちまったしな。……そいつが混沌の地から出てきた魔物か?」
「どうだろう? 地下にたくさん埋まっていて、じっとしているようだから、無機の魔物かもしれないけれど、俺は実物を見ずに判別できるほど、こちらの魔物との交戦経験はないから」
「ま、当たりを願うしかないか。よし、案内してくれ。こんな暑いところからはさっさと帰って、水でも浴びてえんだ」
そんな軽口を言う男にフォンシエは頷き、そちらへと進んでいく。
勇者たちが数名いるというのに、それ以上の準備なんてありはしないだろう。
近づけば近づくほどに、鋭敏に存在が感じられる。間違いなく、この先に魔物がいるはずだ。
そうしてフォンシエが近づいていくと、突如、砂の中にいた魔物どもが動き始めた。
「来るぞ!」
彼が告げるとともに、砂が舞い上がって地下から飛び出す存在がある。
橙色の石でできた人型だ。大きさは人間よりもさらに大きく、とても剣では切り裂けそうもない。
「ストーンゴーレムか! やつらの動きは速くない。注意すれば難しい相手じゃないはずだ!」
無機の魔物は自己複製する能力があり、強度が高いのが厄介ではあるが、気をつけていれば勇者が苦戦することもないはず。
そう思った矢先、ストーンゴーレムが砂に乗って移動を始める。あたかも波の乗るかのような勢いに、剣を抜いた勇者たちが息を呑む。
数十の敵が迫ってくるのみならず、大魔術師を抱えていた男の背後で砂が迫り上がった。
「後ろだ!」
フォンシエが叫び、男は咄嗟に距離を取る。
次の瞬間、砂が人の形を作っていき、彼目がけて腕を振り下ろしていた。
それは地面を叩いて砂を巻き上げていく。全身が砂でできたゴーレムであるサンドゴーレムだ。このような土地では、自己複製能力が桁違いに上がってしまう。
勇者は光の矢を用いて反撃するも、核になっている魔石を貫かなければ、敵が止まることはない。
「くそっ、めんどくせえ!」
数度放った矢は敵を貫いていくも、その肉体が完全に崩れ去る前に砂の中に潜ってしまう。
こうなれば、次に出てくるときは元どおりになってしまっているだろう。
一つ舌打ちしたときには、すでに迫ってきていたストーンゴーレムの姿が近くなっている。
「切り落としちまえば、動けねえだろ!」
勇者が光の翼を用いて敵中へと飛び込むと、光の剣を振るって敵の腕を落とす。そして逃げられる前に足を断ち、胴体を叩き割る。
いかに強固な体といえども、勇者の光に抵抗することなどできやしない。
フォンシエとフィーリティアもまた、敵を切り裂いていく。
「右に二体! 地面から迫ってる!」
フォンシエが叫ぶと、フィーリティアが狐耳を動かして音を拾い、光の矢を放つ。
それだけで魔物の反応が消える。彼女の光の矢はそれほどの威力を秘めていた。
このままいけば、すべて蹴散らせる。誰もがそんな考えを抱き始める。
だが、フォンシエはいまだに警戒心を緩めてはいなかった。そして、彼の「光の証」によって強化された「野生の勘」が警鐘を鳴らした。
強大な魔物の存在と接近に、緊張を禁じ得ずにいた彼であるが、すぐにはっとして声を上げる。今は彼以外の者もいるのだ。
「敵が来ている! 気をつけろ!」
フォンシエが言うなり、砂の中から数体の魔物が飛び出した。
けれど、それはほんの少しばかり大きいだけのストーンゴーレム。ほかの個体とほとんど違いはない。
「なんだ、驚かせやがって。ほかと一緒じゃねえか」
暗黒騎士が一息ついてから切りかかっていく。だが、その敵は地と一体となっているかのように自然な動きで、背後を取ってきた。暗黒騎士が振り返ったときには、すでに拳が迫っている。
「ぐはぁ!」
地面に叩きつけられて、砂を巻き上げながら地下へと埋まっていく暗黒騎士は、状況を飲み込めなかった。そして、勇者たちも。
「なんだ!?」
「おい、無事か!」
埋もれながらも辛うじて声が聞こえることから、まだ死んではいないだろう。だが、勇者たちが助けに行くことはできなかった。
ほかのストーンゴーレムもまた、恐ろしく速い動きで勇者たちへと殴りかかっているのだから。
咄嗟に光の盾で防いだものの、それを破る勢いすら見せている。
「くそ、こいつら……混沌の地から出てきたやつか!」
おそらく、それが自己複製によって増えたのだろう。
さして強い魔物でなくとも、その土地の魔物は魔王に匹敵する力を持つとされている。そこそこ力がある魔物であれば、魔王すら凌ぐこともあるほどだ。
そんな魔物を前にして勇者たちが動けずにいる中、ストーンゴーレムは先ほど打ちのめした暗黒騎士にとどめを刺そうと迫っていく。
その威圧感を前にして、漆黒の剣がやや震えた瞬間、敵の足が止まった。そこに絡みついているのは砂。ストーンゴーレムにとっては、味方であるはずの物質。
「お前らの好きにさせるものか!」
その声が届いたときには、勇者の光が縦横無尽に飛び回り、胴体が切り裂かれていた。
ストーンゴーレムがとりわけ損傷が大きかった部位であるところから崩壊し、やがては片腕を失いつつも、かろうじて残った首を動かして襲撃者を見ようとする。けれど、その瞳が何者かを捕らえる前に、足が切り取られ、胴体に穴が空いていた。
中にあった魔石が抜き取られると、ストーンゴーレムはゆっくりと崩れていく。
フォンシエはストーンゴーレムを捕らえたときと同様に「初等魔術:土」によって暗黒騎士を中から引っ張り上げていく。その姿を、魔石を手にしたフィーリティアが眺めていた。
「立てるか?」
「……すまない」
「あれは荷が重いだろう。俺たちがやる」
フォンシエとフィーリティアが敵に目を向けると、暗黒騎士は大魔術師の護衛を引き受ける。
勇者たちはそれぞれ戦っているが、ストーンゴーレムは混沌の地の個体とレーン王国の個体が入り混じっていて、視認性も悪く数でも押されていた。
そこに二人も加勢しようとするなり、大魔術師が杖を掲げた。
魔力が高まっていき、やがて「高等魔術:土」が発動する。
数多のストーンゴーレムが巻き込まれ、一カ所にかき集められていく。しかし、混沌の地から出てきた魔物は呑み込まれることなく、その場に踏みとどまっていた。
(あそこにいるのは雑魚だけだ!)
フォンシエは弱い個体であるストーンゴーレムやサンドゴーレムが呑み込まれている場所に視線を向けると、「高等魔術:炎」を利用する。
ぐっと魔力が高まり、一気にその力が解放された。
ドォン!
轟音とともに、光の粉が撒き散らされる。「光の証」を用いたそのスキルは、魔物をことごとく粉砕していた。
破片が飛び散る中、大魔術師の「高等魔術:土」の効果が切れて、混沌の地から出てきた魔物は自在に動き回り、勇者を翻弄し始める。
フォンシエも光の翼を用いて一気に飛びかかり剣を振るうが、ストーンゴーレムは砂の中に潜ってしまう。
「くそ、あいつら! ちょこまかと!」
勇者が苛立ち混じりに叫ぶ。すでに大魔術師は魔力を消費しきっており、二発目は撃てそうもなかった。
「フォンくん! どうするの!?」
「俺はあと一発ならいける。敵を集めてくれ」
フォンシエが告げると、フィーリティアは頷く。そして敵を倒すために動き始めた。
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