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100 異国の地にて



 飛び出したサンドスコーピオンがハサミを繰り出してくると、フォンシエとフィーリティアはさっと後退する。


 敵の動きは非常に早く、二つのハサミのみならず、長い尾による突き刺しもあり得る。このような魔物と対峙したのは初めてだが、おそらく毒があるだろう。


「フォンくん、どうするの?」

「距離を取って様子を見る。動きは速いけれど、移動するのは得意じゃないようだから」


 光の翼を用いれば、敵よりも速く動くのはわけがない。

 二人が距離を取ると、サンドスコーピオンはカサカサと足を動かして向かってくるが、やがてフォンシエが「初等魔術:炎」をぶち込むと、舞い上がる砂煙の中に紛れていく。


 目を凝らしてみれば、硬い外骨格に守られているため、飛ばされつつも足が吹き飛ぶようなことはなかった。


 けれど、それですっかり戦意は失われてしまったようだ。


 フォンシエとフィーリティアから距離を取るが、まったく反対の方向に逃げる気配はない。


 ということは、そちらから逃げてきた可能性が高いだろう。


「あれは混沌の地から出てきた魔物じゃないな。元々ここにいた魔物のようだ。それなら、もういいか」


 フォンシエが確認を済ませると、フィーリティアはサンドスコーピオンに視線を向けた。そして同時に光の矢が放たれる。


 すさまじい勢いで向かっていったそれは、あっさりと硬い外骨格を貫き、敵の体の大部分を消し飛ばしてしまう。いかに硬いとはいえ、勇者の光に耐えられるほどではないのだ。


 魔王すらも貫く力を前にして、その魔物は無力だった。

 フィーリティアはフォンシエに視線を戻すと、遠くを見据えている彼に尋ねる。


「……どう、フォンくん?」

「魔物がいるかどうか。ここからだとやっぱりわからないな。もう少し、光の証をうまく使えるようになれば、遠くまで見えるのかもしれないけれど……」


 意識をスキルに集中してみるも、そこまで遠くのことはわからない。

 彼は目がいいほうではあるが、こんななにもない砂漠の向こうにあるものなんて、砂粒と見分けるのは無理があろう。


「とりあえず、今日はこの辺にしておこうか。都市に攻めてくる気配はないようだから」

「うん。こんな砂漠の真ん中で干上がっていたら、誰も見つけてくれないし、慎重にいかないとね」

「まったくだ。俺はもう、すでに喉がカラカラになっちゃったよ」


 日中はかなり気温が上がっている。

 魔物ばかりに気を取られていたが、それよりもこの気候のほうがよほど手強い相手かもしれない。


 こちらでの活動に慣れていない二人は、それから元来た道を戻っていくのだ。

 フィーリティアはあちこちに視線を向けるも、風景はどこもさほど違いはない。


「日が昇る方角で、大体見当はつくけれど……目印とかもあまりないから、迷っちゃうね」

「足跡も時間がたてば消えてしまうし、大勢で移動するのも大変そうだ。それにしても、この日差しは強いな。日焼けしないように、衣服も変えたほうがよさそうだ」

「……じゃあ、地下でも進んでみる? フォンくんのスキルを使えば、できないこともない気がするよ」

「モグラじゃないんだから、遠慮しておくよ」


 そんなことを言いながら、二人は軽快に進んでいく。

 光の翼で素早く移動しているから風が気持ちいいかと思いきや、炙られているように熱かったり、砂煙が口に入りそうだったり、とても快適とはほど遠い。


 やがて都市に戻ってくると、フォンシエはほっと一息つく。


「こっちは少しだけど雲があるみたいだ」

「魔石で水を生み出しているって言ってたから、その影響かな?」

「うーん、そこまで大きな効果があるだろうか」


 少し悩むも、そんなのは気象学者の仕事だと、考えるのをやめた。


 街中は昼下がりにもなっていると、人々の姿が見えなくなる。涼しい早朝や夜間に活動するほうが快適だからだろう。


 通りを歩いていくと、人々が集まっている場所がある。中心には噴水があって、その近くだけ涼しげになっているのだ。


 噴水の中には、薄水色の石が敷かれており、そこには魔石も交じっている。それらが作用することで、じわじわと水を生み出しているのだろう。


 暇を持て余した人々の憩いの場となっているようだ。この近くだけでは、店も営業している。


 そんな姿を見ている折、ふと、フォンシエは昨晩のことを思い出した。


「そういえば……あの現場はどうなっているんだろうか?」

「こんな賑やかじゃないと思うよ」

「深夜に動きがあったんだから、近所では気づいているだろうけれど……こんな賑やかになっていたら困るな」


 そんなことを言いつつ向かっていくと、内通者の家は兵によって隅々まで調べられているところであった。もう調査はほとんど終わったようで、兵たちはなかば暇そうにしている。


「なにかあったんですか?」


 フォンシエがなにも知らない素振りで尋ねてみると、


「ええ、窃盗の猜疑がかけられており、盗品を探しているところです」


 あたかも魔物などいなかったかのような素振りで返してきた。


(嘘ではないけれど……ものは言いようだな)


 北の品々を盗んできた、という体にしたのだろう。

 街中に魔物の脅威がなかったのだとすれば、民の不安はないだろうが、フォンシエはなんとも釈然としないのであった。


 その場を離れると、フィーリティアが尋ねてくる。


「……フォンくん、なにかあったの?」

「いや、そういうわけじゃないけれど……色々思惑があるのはわかっても、俺は城主からあの現場の状況について詳しくは聞かされていないし、この街のことには関わるべきでもないと思われているんだろうな。あるいは、よそ者が知る必要もないって」

「考えすぎじゃないかな?」

「そうかもしれないね。でも、やっぱり、ここは他国なんだって実感するよ。そして、人が一団となって魔物に立ち向かえるわけでもないってことも」


 国の違い。魔物の誘惑に負ける人と、抗う人々。

 ゼイル王国にいたときは、魔物と人という対立だけを考えていればよかったし、カヤラ国でも曖昧なところはあったが、諸悪の根源は魔物としていればよかった。


 けれど、ここではそれ以外のことを考えなければならなかった。


「……仕方ないよ。いろんな考えがあるから」


 フィーリティアは狐耳を倒して目を伏せた。

 彼女はかつて、ゼイル王国でも勇者デュシスと対立していたのだ。フォンシエは彼女の姿を見て慌てる。


「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ!」

「わかってるよ。フォンくんはもし……人が立ちはだかったら、また同じように切れるの?」


 フィーリティアの問いは、この国で活動していれば、少なくない可能性で起こりうることだ。


 フォンシエは少し考えた後、ゆっくりと答える。


「前と違って、捕縛して正当に罪を償ってもらう……というのは、驕りだろうか?」


 勇者デュシスを止めるだけの力がなかったから、彼を切らねばならなかった。

 けれど今、彼と向き合っていれば、押さえつけてしまうこともできるだろう。


「……そうだね。フォンくんはいつもまっすぐで、すごいよ」

「『いつも無茶ばっかりしている』って、聞いたばかりだけど」

「うん。まっすぐで、だから心配になるフォンくんが好きだよ」


 フィーリティアが微笑むと、フォンシエは顔を赤らめた。

 そして彼女もまた、自分の発言を改めて思い直すと、初めて告げた「好き」の意味にうつむきがちになりながら、「えっとね……」なんて続く言葉もなしに呟き、尻尾を揺らすのだ。

 違うのだと言おうと思ったものの、その言葉を嘘にしてしまうのは、もったいない気がしたから。


 こんな気分になるのもまた、異国でいつもと違う空気を感じているからか。


 帰りはお互いに言葉少なになりながら、城に戻るばかり。

 やがて戻ってきた二人の様子を見た城主は、


「なにかあったのですか?」


 と尋ねてくる。まさか魔物の強襲にも動揺しなかった二人が、たった一言「好き」の言葉だけで当惑しているなんて、思いもしないだろう。まだまだ、子供だったということかもしれない。 


「いえ。……砂漠の熱気に当てられてしまったようです」

「初めてだと、さぞ驚かれたことでしょう。ゆっくりお休みください」

「ほかの勇者たちはどうですか?」

「この暑さでは寝ていられないと、皆が起きてきました」

「ええ、そうでしょうね」


 フォンシエは苦笑いしながら、あまりなじめないでいる勇者たちに目を向けるのだった。


 そうして、ゆっくりと日が傾いてくる。日没が近づいてくると気温も下がって、街の人々は外に出始めるようになってくる。


 フォンシエはフィーリティアとその様子を眺めていたが、にわかに城下が騒がしくなった。


 何事かと思ってそちらに駆けていくと、城主のところに伝令が来ていた。


「申し上げます! 北の都市が落とされました!」

「なんだと!? あそこには、ラスティン将軍がいたはずだが……」

「現在、兵を連れて撤退中とのことです!」


 フォンシエは状況がよくわかっていなかったが、魔王が南下してきたことくらいは理解できる。


 城主は彼を見てはっとしたようだが、隠しておくわけにもいかないと思ったのだろう。向き直って手短に説明してくれた。


「ずっと交戦中だった都市が落とされた。この国を守ってきた将軍の一人がいて、鉄壁の守りを誇っていたのだが……」


 難攻不落の都市が落とされたということで少なからず動揺してしまったようだ。

 けれど、ここまで魔物が来ることはないだろう。少なくとも、フォンシエが滞在しているうちは。


 それゆえに、城主はフォンシエたちには心配しないようにと言い残し、慌ただしく動き始める。


「……俺たちもさっさと、お騒がせな魔物を倒してしまおう」


 フォンシエはフィーリティアに視線を向けると、彼女は尻尾を振った。


「本当は、すぐに助けに行きたいんでしょ?」

「その前に、自分がすべきことを終わらせないと」

「一緒に頑張ろうね」


 フィーリティアの言葉にフォンシエは頷き、ほかの勇者たちに明朝動くように告げるのだ。


 こんな状況では躊躇するかとも思ったが、それよりもさっさと終わらせて帰りたいという思いのほうが強かったのかもしれない。彼らはすぐに承諾してくれた。


 そして翌日。

 混沌の地から出てきたという魔物を探して、彼らは動き始めた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

おかげさまで、今回の話で100話です。今後ともお付き合いいただけると幸いです。


また、書籍の発売日まで残り10日となっており、amazonなどの予約も始まっております。

大きな変更もございますので、ご覧になっていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

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