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10 ゴブリンロード



 ゴブリンロードはフォンシエへと狙いを定めると、一呼吸で飛びかかってきた。

 棍棒を掲げ、彼の脳天目がけて一気に振り下ろす。


 ――速い。

 フォンシエは咄嗟に飛びしさり、距離を取ることで回避する。


「グギュアアアアア!」


 ゴブリンロードは怒りのままに、フォンシエへと食らいついてきた。

 振り回される棍棒には、骨をも砕く威力がある。しかし、敵が大ぶりの一撃を放つと、彼は迷うことなく前方へと飛び込んだ。


 姿勢を低くすると、頭上を棍棒が通り過ぎていく。髪を撫でる風圧がその威力を物語っており、身の毛がよだつ。


 だが、フォンシエは一切のためらいもなく、剣を振るっていた。


 一歩間違えば頭蓋骨が砕けるこの状況ともなれば、常人は僅かながらも不安を抱き、反応が遅れずにはいられない。そうならなかったのは、ある意味、フォンシエが焦っていたからなのかもしれない。


 ほんの一歩戸惑えば、その間にもフィーリティアは百歩先に行ってしまう。

 フォンシエが目指しているところはそこなのだ。だから、気持ちだけは遅れてはならなかった。


「うぉおおおおおおお!」


 雄叫びとともに、彼は剣を握る手に力を込める。狙いは足だ。

 その勢いに反して剣は繊細な軌跡を描き、ザシュ! と大きな音を立てて正確にゴブリンロードを傷付ける。


 刃は足を両断することはかなわなかったが、骨が露出するほど深く切り裂いた。


(よし! これで機動力は奪った!)


 前の戦いでゴブリンロードは木々の上を飛び回り、兵たちを翻弄した。それを踏まえ、まずは動けなくすることにしたのだ。


 激しい闘志とは裏腹に、彼は冷静だった。


 ゴブリンロードが僅かに体勢を崩すと、フォンシエはすぐさま切り返さんとする。が、ゴブリンロードは片手を彼に向けていた。


 高まる魔力が、魔術の発動を知らしめる。


(くそ、この距離で――!)


 突如、放たれる業火。それはフォンシエを狙ったものではない。そうであるならば、ぎりぎりのところで回避もできただろう。


 だが、それは地面に向けられていた。

 火球は大地に接触するなり爆発を起こし、地面を深くえぐり取る。


 両者の距離は短く、衝撃を浴びずにはいられなかった。


 ゴブリンロードのそれはもはや捨て身の攻撃と言ってもいいだろう。フォンシエは咄嗟に飛び退くも爆風に吹き飛ばされ、焼ける痛みにうめいた。


 土煙が上がる中、フォンシエは「気配遮断」のスキルを使用する。

 ゴブリンロードは彼の姿を見失っているため、今ならば効果を発揮するのだ。


 なんとか這いずり回りながら、その場から移動していく。そして一本の木の陰に隠れると、息を整えていく。


(……してやられた。だが、あいつだってダメージを受けたはずだ)


 探知のスキルを使用し敵の位置を探ると、どうやらあまり移動していないことが窺える。


 地面が爆発したこともあり、傷を負うのは距離的に近い足のはず。

 ならばもはや相手は素早く移動などできまい。


 フォンシエも満身創痍であることは間違いない。だが、最後の魔力を使って「癒やしの力」を発動すると、心なしか楽になった。


 それだけで十分。あとは気合いで乗り切る。


 彼は腰の連弩を取り出し、木陰から飛び出すとともにゴブリンロード目がけて矢を放つ。


 まだ彼の存在に気づいていないゴブリンロードの片足に矢が突き刺さった。


「ギャオオオオオオ!」


 それは怒りからか、それとも痛みからか。ゴブリンロードは叫びながら、血走った目でフォンシエを睨みつける。


 だが、迫ってくることはなかった。

 だからフォンシエは立て続けに連弩を引く。


 矢が数度突き刺さると、ゴブリンロードはドタドタと歩き出した。先ほどの攻撃で足が切れて、うまく歩けなくなっているようだ。


 それでも全力で向かってくる敵は、もはやフォンシエを逃す気などないらしく、血が噴き出すことすら気づいていなかった。


(ここで迎え撃つ!)


 フォンシエは連弩をしまい、剣を構える。

 息を吐き、集中力を高めていく。ゴブリンロードが迫るにつれ威圧感を高めてくるが、それすらも気にならなくなってきた。


 ただ敵の一撃に意識を向け、そしてこれから放つ剣戟に全身全霊の魂を乗せるのみ。


 重々しい風切り音とともに、棍棒が袈裟に振り下ろされる。

 フォンシエはぐっと息を呑み、その軌跡に集中する。


 僅かに身を引くと、胸先を暴威がかすめていく。

 びりびりと痺れるような余波が伝わってくるも、そんなことに構っている暇はない。この一瞬で勝負は決まる!


「食らえ!」


 素早く踏み込むとともに、体重を乗せた剣を放つ。

 鋭い突きはまっすぐに向かっていき、ゴブリンロードの首を貫き骨をも砕いた。


 ふっと手応えが軽くなると、剣先が向こう側に突き抜けた。その勢いのまま押し込むと、ゴブリンロードが仰向けに倒れていく。


 ずしん、と鈍い音が響くと、もう立ち上がってくることはなかった。

 フォンシエは荒い息でゴブリンロードを見下ろす。達成感はなかった。その代わり、強くなったという実感だけが、胸の中に強く湧き起こってくる。


「よし……!」


 フォンシエは拳を握る。

 勇者との差はどれほどあるかわからないが、今はそれを忘れ、手にした力の感覚に浸る。


 このまま進んでいけば、いつかきっと。


 そうしていると、やがてゴブリンロードの肉体が消えていき、千切れた首から上の部分だけが残った。


 依頼を受けてきたわけでもないから、取って帰ったところでなんの意味があろうか。

 けれど、なんとなく強敵を倒した自分の誇らしさもあって、勲章代わりに持って帰ることにした。


 それから、大きな魔石を手にする。

 思っていた以上のものであり、これならば依頼など受けていなくとも、十分な報酬になる。


(鎧もぼろぼろになってしまったし、新調するか)


 先ほど至近距離から炎の魔術を浴びたこともあって、あちこち破れて使い物にならなくなっている。


 それくらいの金なら手に入るだろう。


 フォンシエはそんなことを考えながら、そこらに散らばったゴブリンの魔石を回収し、帰途に就くことにした。


 森の中を歩いていると、今になって体中の痛みが強くなってくる。戦いの最中では興奮状態にあったため気にならなかったが、冷静になるとなかなか辛いものがあった。


 空はいつしかすっかり暗くなっており、星々が見える。

 物寂しげな夜の空気を感じながら、魔物を避けているうちに、森を抜けていた。


 都市が見えるとほっと一息つく。そうして門のところに行くと、門番に呼び止められた。


「こんな時間まで精が出るな。大物は仕留められたか?」


 笑いながら言う彼の姿を見て、フォンシエは何気なく袋からゴブリンロードの頭を取り出した。ちょっと自慢してみたくなったのだ。


「こんな大物がいましたよ」

「なっ……! ゴブリンロードじゃないか!」


 門番が絶句するのを見て、フォンシエは持ってきてよかったと思うのだった。これでまったくの無駄にはならない。


「まあゴブリンロードは素材になりませんから、どうにもならないのですが」

「……知らないのか?」

「なにがですか?」


 フォンシエが尋ねると、門番はもう一人の相方に場を任せて、詰め所へと入っていく。そして戻ってきたときには、一枚の紙をひらひらさせていた。


「今日、お偉いさんからのお達しがあったんだよ」


 その紙を眺めてみると、ゴブリンロードを討伐した者に褒賞が与えられると記載されている。


 そのような事実は西の都市では知らされていなかったが、よくよく聞いてみれば、森への立ち入りが解禁された後、遅れてこの事実が公表されたようだ。


 これにより、調査を代替させるということなのだろう。


「……随分、多くもらえるんですね」

「そうでもなけりゃ、誰も森に行かないだろうからな。高くしておけば、宝探しに出かけるやつだっているさ」

「なるほど。それにしても、黙っていればなんにも知らない阿呆から、ゴブリンロードの頭が手に入ったんじゃないですか?」

「そんなことをするやつはもっと阿呆だ。調べられたらバレるし、仮にうまくいったとしても、俺の人生は変わるんだ。たった一人でゴブリンロードを倒すようなやつは、呑気に門番なんてやってられないのさ」


 彼は自分が門番であると誇示するのだ。

 そんな彼にフォンシエは、


「……立派なんですね」


 と言わずにいられなかった。そして改めて、門番から「立派になった」と言われたことを思い出す。


「まあな。俺は世界一の門番を目指しているから」


 おどけてみせる男に、フォンシエは小さく笑った。もうすでになっているんじゃないか、と思ったが、口出しすべきことでもない。


「さあ、行ってくるといい。遅くなると、ゴブリンロードを求めて飛び出していく者が出てしまうぞ」

「ええと……この道を進んだ先の建物ですね。すぐに行ってきます」


 フォンシエが駆け出そうとすると、門番は慌てて彼を止めた。


「ちょっと待て、その格好で行く気か!?」

「あ、そうですね。洗濯しないと汚いし失礼になっちゃいます」

「いや、そうじゃなくてだな……ああ、もういい。ちょっとこっちに来い」


 そう言って連れられた詰め所では、この門番がすっかり私物化している部屋があった。

 そこでたくさんの荷物の中から一つの袋を漁ると、小綺麗な衣服が出てきた。


「……ちょっとぶかぶかになるが、まあいいだろ。さっきのよりはマシだ」

「いいんですか?」

「貸すだけだからな、ちゃんと返せよ」


 笑う門番から受け取ると、フォンシエはさっさと着替えを済ませる。


「なかなか男前じゃないか。あの獣人の嬢ちゃんも見直すんじゃないか?」

「……見てたんですか?」

「当たり前だ。門番ってのはな、出入りする人間の顔を覚えてるもんなんだよ。そうじゃないと、立ってる意味がないだろうが」


 確かにただ突っ立っているならかかしでも変わらない。

 それから、門番がぽんと彼の背を押す。


 フォンシエは頭を下げると、早速街中を走っていく。

 そうすると、森が立ち入り禁止になっていたせいか、あるいは市民ギルドもないせいか、元々少なかった佩剣している男はますます見られなくなっている。


 しかし今はフォンシエもちょっといいところの息子にも見えるため、劣等感などはない。衣服を替えただけなのに、立派になった気分だった。


 これならどんな場所に出たって恥ずかしくない。

 そう思っていたフォンシエだが、その場所に着くと、その考えが甘かったと知る。


 やけに大きな屋敷の前には鎧を纏った兵たちが立っており、解放された扉の向こうに見えるのは、高そうな調度品だ。


 いかに田舎の都市とはいえ、上に立つ者たちが使う建物というのは随分金がかかっているのだ。


 小さな村から出てきたフォンシエは卒倒しそうになりながらも、


「なにかご用ですか」


 と、兵に声をかけられると、慌てて袋からゴブリンロードの頭を取り出した。

 ぎょっとする兵たちを見て、フォンシエは


(……失敗した!)


 と思わずにはいられなかった。

 怪訝そうな顔をする兵たちの視線を浴びながら、フォンシエは萎縮するしかない。


 兵が確認する間、ゴブリンロードをも倒した村人は、緊張してカチコチに固まりながら待つのだった。



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