1 運命の日
獣の息遣いが聞こえる森の中。
「フォンくん! そっち行ったよ!」
「おう! 任せとけ!」
少女と少年の声が響き渡る。
少年は簡素な衣服を纏い、扱いやすい片手剣を持っていた。
そして彼の視線の先には、緑色の小鬼の魔物ゴブリンが醜悪な形相で棍棒を振りかぶっている。
「グギャアアアア!」
雄叫びを聞きながら少年は勢いよく踏み込むと、ゴブリンが彼目がけて棍棒を振り下ろした。だが、当たらない。
次の瞬間には勢いよく刃が一閃。血が噴き出し、ゴブリンが後退する。
すでにそのとき、その背後からは槍が迫っていた。
刃がゴブリンの首を貫くと、その小鬼はあっけなく倒れ、やがては肉体が消えていく。
あとには小さな黒い塊――魔石が残るばかりだった。
少年フォンシエは魔石を拾い、汚れを落としながら、消えずに残ったゴブリンの一部分を小さな袋に放り込んだ。
「やったねフォンくん! これで目標達成だ!」
「ああ。きっと、これからは皆も安心して夜も眠れるだろう」
槍を持ちつつ喜ぶ少女フィーリティア。
彼女の美しい金の髪からぴょこんと飛び出した狐耳が、腰の辺りから伸びる大きな尻尾が、ぱたぱたと揺れている。
彼女は狐の獣人である。種族は人に区分されているが、その見た目ゆえに、あまり好まれているとは言いがたかった。
といっても、ここは王都から随分離れた片田舎。
誰もそんなことを気にしちゃいない。
フォンシエは剣を鞘に収めると、フィーリティアに告げる。
「さあ、帰ろうか。今日は用事があるんだ」
「うん!」
それからしばらく森を進んでいくと、小さな村が見えてくる。二人が生まれ育った村、コナリア村だ。
農作業をしている男たちを見ながら、二人は村長の家へと向かっていく。
そうすると、村長の妻である老婆が出迎えてくれた。どうやら、腰が悪い村長は寝ているらしい。
「お帰りなさい、フォンくん。ティアちゃん」
「ただいま帰りました。ゴブリンの討伐、無事に終わらせてきました」
フォンシエは袋の中からゴブリンの一部分を取り出して、彼女に見せる。
「いつも済まないねぇ……なんにも得がないというのに……」
老婆は頭を下げるばかり。
「気にしないでください。今にきっと、ゴブリンだけじゃなくて、悪さをする魔物を全部倒してみせますから!」
フィーリティアが意気込むと、老婆は頼りにしているわ、と微笑んだ。
さて、二人がそうして話をしていると、一人の村人がやってくる。
「フォンシエ、フィーリティア。もうそろそろ出発の時間だ。準備はいいか?」
「っと、いけない。すぐに準備します!」
「まったく……明日は重要な日だっていうのに。ま、そんなところがお前たちのいいところなんだがな」
呆れる村人に見守られながら、二人はそれぞれ家に戻ると、準備していた袋を背負って戻ってくる。
互いに裕福でもない村人だから、それだけで全部の荷物だった。
二人が馬車に乗り込むと、村人たちは総出で見送ってくれる。
「向こうに行っても、達者でやれよ!」
そんな言葉がかけられる中、馬車は出発する。
フォンシエもフィーリティアもしばらく手を振っていたが、やがて中にいる少年たちと同様に、腰を落ち着けた。
ここにいる者たちは皆、今年で15になる。
この年になると、このゼイル王国――いや、この大陸中の国々で行われている儀式に参加することになるのだ。
それは人の女神と契約することで、力を得るというものだ。
この大陸では人と魔物、大きく分けて二つの種族がある。それぞれに神がいて、戦う力を与えているとされていた。
どこにいたって魔物は出てくるから村人でも戦う必要があるし、なにより優れた才能を与えられる人物を発掘するために、全員がこの契約を済ませることになっていた。
つまり、同期になるのだ。親しくしておいて損はない。
フォンシエは彼らに軽く声をかけることにした。
「君たちはどこから?」
「隣町さ。なーんにもない村だよ」
「そりゃあ、俺たち皆そうだろう!」
一人の調子のいい少年が茶化す。
実際、そうなんだから仕方がない。
けれど……
「これから、俺は名を上げるぞ!」
「おう! すげえ兵士になるんだ!」
そんな未来を思い描くのだ。
彼らの思いは子供染みた夢ではなく、現実的な目標でもあった。
その理由として、女神と契約すれば、誰だって努力した分だけ報われることがある。
敵対している種族を倒せば貢献が認められ、それを反映したレベルが上がることで様々な恩恵が受けられるようになり、努力した分だけ確実に結果に現れるのだ。反対に同族を殺せばペナルティが与えられる。
これは契約前では無効なため、フォンシエが先ほどゴブリンを倒したのが無駄ということになるのだが、そもそも目的は村の安全であるため、気にもしていなかった。
けれど、これから自分にどのような才能が与えられるのか。
期待に胸を躍らせずにはいられない。
そんな馬車が進むこと一日。
付近の村々から少年少女たちを一杯に乗せた馬車は、近くの大きな都市に辿り着いた。
彼らは早速、兵たちに出迎えられる。
誰がどんな才能を持っているかわからないため、今の段階では皆が皆、無限の可能性を秘めているから、丁寧な対応だ。
それから彼らは女神と契約すべく礼拝堂へと案内された。
今日は彼らのために貸し切りということで、神父がいるばかり。
そこに集まった少年たちは、あらかじめ伝えられた手筈どおりに、女神マリスカへと祈りを捧げる。
ここでは言葉を発してはならないということで、誰もが無言で祈りを捧げていた。
そしてフォンシエも彼らと同じく、より優れた能力を願った。
この一瞬で運命が決まってしまう。心臓はばくばくと音を立てていた。
やがて彼の頭の中に文字が浮かび上がってくる。
まずは個人によって異なる女神の加護、通称「固有スキル」が与えられるのだ。
その如何によって、今後得られるスキルや職業が決まってくる。
たとえば、最強の職業とされている勇者は、なるためにおよそ1000のスキルポイントが必要になるため、「スキルポイントボーナス1000」以上の固有スキルが得られない限り、なることができない。
レベル上昇でもスキルポイントは得られるが、職業が確定するまでレベルが上昇しないため、ここで将来性が決まってしまうことになる。
緊張気味にその文字に意識を向けるフォンシエ。
(……え?)
彼は思わず声を上げそうになった。
なぜなら、そこにあった文字は――
「レベル上昇1/100」
一度たりとも聞いたことがない、しかし見るからに使えそうにない固有スキルだった。