彼らは雪を待ちながら
天気予報によれば、今夜は初雪らしい。
*
ざまをみろ、と結城は思う。
びゅうびゅう風が吹いている。死ぬほど寒い。死ぬほど寒いが、気にはとめない。どうせすぐに自分は死ぬのだ。ビルの下でぺしゃんこになるか、ビルの上でかちこちになるかの違いだけだ。
今日こそ、死ぬつもりだった。
思う。
もっとも、違いという話をするのであれば、自分にとっては生きていることと死ぬことの違いもないのだ。
自分はとうとう、これまでの二十数年間、生きてはこなかったのだと思う。
もう二十数年の正確な数字すらわからない。
眼下を行く人々を茫々と眺めながら思う。
これは天誅だ。
人は平等でなければならない。幸福なものにはある一定の不幸が与えられなければならない。
そしてそれは天から降ってくる。
どうしようもなく阿呆だと自分でも思う。思うが、どうしようもなかった。
星も見えない冬の曇り空を見上げて思う。
そういえば今年はまだ雪を見ていない。
確か今朝の予報では今夜あたり初雪になりそうだと言っていた。
決めた。
痛いほど冷たいコンクリートに胡座をかいて、雪の降らない空を見上げる。
雪が降るまで待とう。
雪が降る夜を自分が見た最後の景色にしよう、と結城は思った。
*
舟野のデスクは窓際にある。
夏は日差しがきつく、冬は寒い。あまりいい立地とは言えない。
だが、ここから見える景色を舟野は気に入っている。このビルは周りの建物に比べて高く、だから舟野の席は眺めがいい。
最近、残業で会社に残っているときに、窓からふと外を眺めると、隣のビルの屋上に人がいることがある。
男の人だ。
フェンスに体をあずけて、夜の街と往来を行く人々を眺めている。
あの人も、自分と同じなのだろうかと思う。
これまで生きてきて、格別いいことはなかった。将来のために、将来のためにと生きているうちに、一体いつのために生きているのかが、とうとう自分にはわからなくなってしまった。
あの人もそうなのかも知れないと思う。
あの人は、寂しさを紛らわすためにあそこに来ているのかも知れない。
仕事は片付いた。
だったら帰ればいい話だが、なんだかそういう気分になれないのだった。
窓の外の空を見上げてふとこんなことを思う。
そういえば今年はまだ雪を見ていない。
仕事は片付いた。
雪が降り始めたらあそこに行ってみようかと、舟野は思っている。
*
夜はしだいに更けていく。
雪が降り始めるにはまだ時間がある。