第一章⑤
明方市駅の南側に位置する、明方第二ビルの地下のディクシーズというファミレスにミヤコとヨウコとシキの三人はいた。予測した通り、ミヤコの嫁の座を巡って営為戦争中のヨウコとシキは、どちらがミヤコの隣に座るか、という小さなことで揉めた。ミヤコはディクシーズの、吉見、という可愛いウェイトレスを困らせたくなかったから、二人ともソファの対面に座らせた。ミヤコの隣には荷物が置かれた。
「もう、アンタたち、」ミヤコは対面のソファに座る二人を睨み言った。「いい加減にしてよ、恥ずかしいでしょ」
ヨウコとシキは、それぞれソファの端っこに座っていた。二人の間には、あと二人はそこに座れるスペースが出来ていて、二人とも違う方向に顔を向けている。その横顔は不機嫌をミヤコに主張している。オーダを聞きに来たウェイトレスの吉見は不思議そうに二人を見ながら、微笑みを絶やさない。「ご注文の方、お伺い致します」
二人は吉見に何も反応しなかった。
ミヤコはそんな二人を睨みながらさっさと注文を伝えた。それでも、二人とも口を開いて注文しようとしないので、二人にロースステーキ四百グラムのセットを注文した。ミヤコはステーキが大好き。
吉見が厨房の方に下がっても、二人に動きはなかった。まるで先に動いた方が負けだっていうルールがあるみたい。
沈黙が続く。
先にコーヒーが運ばれて来た。ミヤコがコーヒーにシロップとクリームを入れてスプーンでかき回していても、二人に反応はないから、ミヤコはカップに口を付けながら、じっと可愛い二人を観察していた。
本当に、可愛い二人だ。
しかし性格に、難、ありだ。
まあ、人のこと言えないってことは、もちろん、自覚してるけど。
ミヤコは笑顔を作って言う。「ね、もう機嫌直さない?」
『ミャコちゃん!』二人の声はユニゾンした。『ミャコちゃんが決めないからだよっ!』
「うーん、」ミヤコは難しい顔をして、腕を組み悩んだ。しかしすぐに笑顔に戻し、指を立てて言う。「やっぱり無理、決められない、二人のうちどちらかを選べなんて言われても、決められないよ、不可能なことだよ」
『決めてよ!』二人はいわゆる必死の形相、というものを見せる。ほとんど一緒の表情で、声もピタリと揃っている。実は気が合う二人なのかもしれない、なんて思う。『今すぐに決めなさいよっ!』
「私、」ミヤコは真剣な表情をして、スプーンでコーヒーを揺らした。「ここに来るまでに考えたんだ、考えるまで、浮気ってよくない、二人の女の子のことを好きになっちゃいけないって思ってたんだけど、よく考えてみたら、世界には沢山、そう数え切れないほどに可愛い女の子がいるのに、その中から一人、たった一人の女の子だけしか好きになっちゃいけないっていうルールは間違っているって思ったんだ、ヨウコもシキも、二人とも可愛いから、どちらかなんて選べないよ、だから、もうこの際、」ミヤコは下手なウインクを二人に見せた。「二人とも、私の嫁、ということで」
「……最低、」シキはミヤコを睨み、テーブルの下で足を蹴った。「死んじゃえばいいのに」
「ホント、信じられない、」ヨウコも珍しく、顔が怖い。「私がいるのに、私がいるのに、私がいるのに、こんなちんちくりんなんかと」
「ちんちくりんって言ったなぁ!」シキはキレた。おそらく、ディクシーズに来て、初めてシキはヨウコのことを見た。シキは小さいとか、コロボックルとか、ちんちくりんとかいうとキレる。「ちんちくりんって言ったなぁ!」
「お前、ちょっと、うるさい、」ヨウコは手の平でシキの頭を押さえ付けた。「黙っててくれる?」
「私に触るなぁ!」シキは吠える。
「ミャコちゃん、」ヨウコはシキを無視してミヤコを見つめて言う。「考え直して、いや、考え直してくれないと、ちょっと私、変になるかも」
ミヤコは弱った。「弱っちゃうな」
独占欲の強い二人だ。
二人はミヤコを自分のものにしたいのだ。
二人は前のめりでこっちを睨み、ミヤコの判断を待っている。
もう一度、考えたけど。
やっぱり。
ミヤコは、二人のうちどちらかなんて、選べない。
ここは。
ごまかすしかないと思った。
「三人だから、出来ることってあると思うんだよね」
『はあ?』二人は同じ角度で首を傾げた。『三人だから出来ること?』
「ヨウコがやりたかったことでもあるよね」
ミヤコの言葉に、ヨウコはピクリと反応して声を漏らした。「……あ、そっか」
「元々、今日も行く予定だったしね」ミヤコは荷物を触った。
「うん、」ヨウコは小さく頷く。「そうだね」
「え、やりたかったことって何ですか?」シキはヨウコの顔を覗き込み聞く。「行くってどこにですか?」
ヨウコはその質問には答えずにシキのことを、まじまじと観察して言う。「……大丈夫かな」
「大丈夫って、」シキは苛ついている。「だから何なんですか?」
「大丈夫だよ、」ミヤコが答える。「シキ、意外と力あるからね、そうよね?」
「まあ、色々と鍛えてますからね、この可愛いらしさのため襲われる危険性が高いですし、それに鍛えた方が日常生活を快適に送れますから、」シキは自分の二の腕を触りながら言う。「不本意ですけれど、筋肉量は平均値より高めなのですよ、えっと、それが何か?」
「別に、」ヨウコは窓の方を見て、その表情をシキに見られないようにして、すっごく笑顔になった。「別に、なんでもないんだけどさっ」