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アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない  作者: 枕木悠
第四章 アンチ・エンディング・ロウテイション
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第四章⑲

「先生、教えて下さいっ!」ヨウコは下着姿で叫んだ。「どうして私が着るんですか?」

「こんな派手なもの、」吉永はヨウコにジェット・ロケッタ・ブースタ「鳳仙華」を手際よく着せながらがなった。「もう三十の私が着れるわけないだろ、バカ野郎っ!」

「た、確かに、」ヨウコは納得した。鳳仙華の色はピンクに近い薄い紫色だった。三十過ぎの女性が着るのには、少し厳しいデザインだと思う。吉永が言う通り、十代、二十代の若い女性が着るに相応しい衣装だ。「ちょっと、先生が着たら、キツイかもですね」

「そこはお世辞でも否定しろよ、バカ野郎っ!」

 吉永は帯をぎゅっと締めた。

「ぐへっ、」変な声が出た。「きついですよ、先生っ!」

 とにもかくにも、ヨウコは鳳仙華を纏った。倉の壁に立て掛けられていた鏡に自分の姿を映す。孫にも衣装とは、このことかと思った。こんな風に和風になるのは七五三以来じゃなかろうか。

「孫にも衣装だな」吉永は頷きながら言う。

「そういうことは思っていても本人の前では口にしないものですよね、先生っ」

「さあ、もう、時間がない、飛ぶぞ」

 ヨウコは倉の外に出て、吉永に言われるがままに箒に跨がった。ヨウコだってミヤコと同じみたいに魔女に憧れる日を夢見ていた時期がある。

「ど、どう?」ヨウコは絶品の笑顔で、吉永の方を向いて聞く。「魔女っぽい?」

「飛べなきゃ意味ないだろ、バカ野郎っ」

「お、おっしゃる通りやね、」ヨウコは顔を真面目にする。「それで、どうやって飛ぶんですか? スイッチは、えっと、スイッチはどこですか?」

「スイッチなんてない、ハートに火を付けるんだ」

「は?」ヨウコは首を捻った。「ハートに火を付ける?」

「そうだ、ハートに火を付けるんだ」

「ちょっと、冗談はやめて下さいよ、先生っ」

「冗談じゃないよ、そういうイメージをするんだ、ヨウコはイエロー・ベル・キャブズを知らんのか?」

「えっと、名前だけは、えっと、確か、映画ですよね?」

「ああ、映画にも、演劇にもなってる、王都ファーファルタウのキャブズのノンフィクションだ、その中で、ハートに火を付ける、というシーンがある、大丈夫、簡単だ、ハートに火を付けることに意味不明なのは一分くらいだ、大丈夫、すぐに分かる、鳳仙華がきちんとイメージをサポートしてくれる、初心者にも優しい親切設計だ、魔法工学研究の成果だな、大丈夫、不器用な私だって飛べたんだから、愛川だって飛べる」

「そ、そうですね、」ヨウコは胸に手を当て深呼吸して、目を閉じた。「先生にも出来たんだから、私にだって出来るはず、先生にだって出来たんだもん、私に出来ないわけがないよね」

「お前はいつも一言多いんだよ、バカ野郎っ!」

 ヨウコは吉永の「バカ野郎」を無視してイメージした。

 ハートに火を付ける。

 マッチ。

 ろうそくの先端。

 揺れる紅い炎。

 炎。

 その熱。

 残像。

 煌めき。

 揺らぎ。

 感じる。

 鳳仙華がイメージを固めてくれている。

 確かな火。

 熱を感じられる火が。

 そこにある。

 その火をハートにある、導火線に。

 火を付けた。

 体が軽くなる。

 ふんわりと。

 足が地面から離れる。

 ヨウコは目を開けた。

 その視界はヨウコがいつも見ているものよりも五センチ高い世界だ。

「う、浮いた、」ヨウコは興奮を抑えきれない。「浮いたよ、ひゃ、ひゃっふう!」

 着物の振り袖の部分は金属の鉄板みたいにしっかりとした形に固定化されて、それは地面に向き、そこからエネルギアを放出しているようだった。

「よし、そのまま慎重にだ、慎重に、」吉永はヨウコの後ろの跨がった。吉永はコマンダみたいに銃弾を体に巻き付けて、大きめのピストルを腰に差しているからずっしりと重かった。重心が後ろにズレてひっくり返りそうになるが太股に力を入れてバランスを取る。鳳仙華はその繊細な作業をサポートしてくれている。「よし、いいぞ、その調子だ、ゆっくりと火を強くするイメージだ、想像力が大事だぞ、発想というよりは、想像の細やかさが大事だぞ」

「は、はい」ヨウコは吉永のアドバイスを聞くことより、バランスを取るのに一生懸命だった。

「よし、そのまま、ゆっくり、ゆっくり、浮上だ」

「は、はいっ」

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 ゆっくり、ヨウコは浮上した。

 気付けば。

 見える世界をきちんと確かめれば。

 学校の屋上ぐらいの高さにいる。

 見える明方市のパノラマ。

 ああ、魔女って。

 こういう世界を見ているんだって感動した。

 不思議と全く怖くない。

 夢を見ているみたい。

 素敵な世界。

「よし、ヨウコ、ミノリ・ミュージアムはこの方角だ、」吉永は後ろから、ミノリ・ミュージアムの方角を指差してくれる。その方向にヨウコは体の正面をゆっくりと向けた。「よし、ストップ、そうだ、そう、そのまま、姿勢を前傾に、重心を前に」

 言われるがままに、体を前に倒した。

 振り袖の部分が垂直から、水平の角度に徐々に移行する。

 前に進み始めた。

「いいぞ、よし、その調子だ、徐々に速度を上げていけ、いいか、徐々にだぞ」

 ヨウコは速度を上げた。

 言われたとおり徐々に速度を上げた。

 風が髪を揺らす。

 空を飛ぶとは、なんと爽快なんだろう。

 気持ちいい。

 気持ちがいい、速さ。

 スピード。

 速度。

 ああ、今、私は魔女だ。

「バカ野郎っ!」吉永の怒鳴り声が後ろで響く。「スピード出し過ぎだ、バカ野郎っ!」

「ええっ!?」

 気付けばかなりの速度が出ていた。

 メータがないから、何キロ出ているかとか分からないけど。

 前から後ろへ、左右の変わる風景の早さは、明方市駅始発大阪駅終着の新快速特急よりもずっと早い。

 いや。

 そんなことよりも。

 ヨウコは正面に見つけた。

 なんだか凄いことになっている屋根のない円形の建物の上。

 絶対に見間違えたりしない。

 ミヤコが。

 紅色に煌めくアンナが。

 金色に煌めく魔女と戦っている。

 シキとマアヤ、それ以外の人たちの姿も見える。

 ヨウコは箒の柄を垂直に近くして、急ブレーキ。

 そして建物の上に降り立とうとした。

「お嬢!」吉永は怒鳴って、先に箒から降りた。「無事ですかっ!?」

 その時だった。

 アンナと光の魔女。

 二人はもつれ合って。

 三階から転げ落ちた。

 え?

 嘘?

 落ちた?

 落ちたの?

「ミャコちゃん!」

 ヨウコは伸ばした足を畳み。

 ブースタを炸裂させた。

 音が出る。

 アンナが転げ落ちた反対側へ。

 箒の柄を下に押し倒し。

 垂直に折れる。

 落ちるアンナが見える。

 ヨウコは手を伸ばす。

 アンナもヨウコに手を伸ばしてくる。

 ヨウコは箒の柄から手を離して、両手を伸ばした。

 箒が体から離れた。

 でも掴んだ。

 アンナの手をしっかり掴んだ。

 ブースタを炸裂させる。

 なんとか、なると思った。

 でも、コントロール不能。

 箒がないから、まだブースタ初心者のヨウコには制御することは難しかった。

 振り袖が暴れて。

 空中でヨウコとアンナはグルグル回転した。

 回転が止まると。

 ブースタはただの素敵な着物に戻っていた。

 落ちると思った。

「ぎゃあああああああああ!」

 しかし。

 突然、風が吹く。

 上昇気流。

 誰かの魔法だ。

 風の魔法だ。

 それに乗って二人はゆっくり、建物の裏の芝の上に降り立った。

「い、生きてる?」ヨウコは自分に問いかける。「生きてる?」ヨウコは自分の顔と頭を触って確かめてから頷く。「うん、生きてる、生きてるよ」

 そして芝の上に横になったアンナに問いかける。「ミャコちゃん、生きてる!?」

 アンナは笑って。

 ピースサインをヨウコに向けた。


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