第四章⑯
ミチコトの力は圧倒的だった。
光の魔女の障壁、シエルミラを貫通するはずの特殊な魔弾は、ミチコトのシエルミラに傷一つ付けることすら出来なかった。揺らぎもない。アンナのガトリングガンから射出された魔弾は数千発。大容量の特殊なヴィトンのスーツケーツの限界にシキは魔弾を詰め込んで来たが、それはすべて無駄になった。無駄になって、カタカタとガトリングガンが回る音だけが聞こえる。シキのガトリングガンのメンテナンスは完璧だった。ガトリングガンの回る音からそれは分かった。しかしよく回っても、弾が貫けないのならガトリングガンに意味はない。よく回っても、意味がない。
アンナは舌打ちした。
「性質が違うのよ、」ミチコトは愉快そうに言った。「性質がね」
「理解不能意味不明、」シキはヒステリックに声を上げた。「これだけの魔弾を作るのに、一体いくらかかっていると思っているのよ!?」
「今する話の性質じゃないでしょ、」ミチコトは本当に、楽しそうに言う。「ねぇ、自称天才ドクタ?」
「悔ちいっ!」シキは白い肌を赤くして地団駄を踏んだ。「悔ちいよぉっ!」
「シキさん、僕に任せて下さい、」ロン毛の松本がシキの前に立ち言う。松本はレイザ・ブレイドを持っている。光の魔女の魔法、レイザ・ブレイドを再現できる武器だ。その形は懐中電灯で、製作工程は懐中電灯を分解することから始まっている。そっちの方が安く仕上がるからだ。松本は姿勢よく、上段に構える。「こう見えて、僕、インターハイに出てるんですよ」
予測通り、レイザ・ブレイドはミチコトにとって意味がなかった。意味がないどころか、ミチコトは松本のレイザ・ブレイドからエネルギアを補給していた。ただの懐中電灯を握り締めるだけの松本がミチコトに適うわけもなかった。松本は逃げ帰って来た。誰もミチコトに背中を見せて逃げ帰って来た松本に何も言わなかった。
「すいません、シキさん」松本はシキに頭を下げる。
「死ねばいいのに、」シキはボソっと言う。「役立たず」
「うっ」松本は傷ついている。
「さあ、次は誰?」ミチコトはとっても笑顔だった。「次は誰の番、誰が私を楽しませてくれるの?」
そんなミチコトの言葉に、藤井は咥えていたシガレロを捨てて皮靴のつま先で火を消してがなかった。「ここはジムじゃねぇんだよ、バカ野郎っ!」
藤井の本気の一声に、村崎組の人間は一斉にミチコトに向かって走る。
雄叫びが雷鳴のように轟き、揺れた。
それぞれシキが開発した特殊な武装をしている。
しかしミチコトに通用するものはなかった。
ミチコトの笑顔を消すことも出来なかった。
ミチコトは優雅に振り袖を広げて、舞い踊る。
ミチコトは殺す魔法すら、編まなかった。
ただ光を付けたり、消したり。
銃声が響けば、シエルミラを展開。
隙を狙えば、すでにシエルミラによって彼女の柔らかい部分は保護されている。
村崎組の連中はいつの間にか傷だらけだった。
ミチコトの爪痕だった。
ミチコトのただ長いだけの爪に傷を付けられていた。
警察のナルミとヒカリも、彼女に対しては無力だった。すぐにエネルギアを失い、髪の煌めきを失う。
「どこにそんなエネルギアが眠っているんだよ、」ナルミは吐き出すように言う。「どうして煌めいたままでいられるんだよ、充電器でも持ってんのか?」
「あ、ナルミちゃん、」色を失ったヒカリが顔を明るくして言う。「きっとそれ、正解だよ」
「はあ!?」ナルミはヒカリを睨んだ。
マアヤはアンナよりも先に、ギアを繋ぎ、魔女になってミチコトに挑んだ。しかし、まだ魔女になって間もないマアヤの三分とちょっとではミチコトの舞を止めることは出来なかった。マアヤは最低になる前にアンナのためにシガレロを編んで、それをアンナに渡して横になった。
アンナの前にライタの火が灯る。
「残る可能性はお前だけみたいだな、」呼吸荒く床に座り込んだ藤井の顔には斜めに爪の傷が走り、赤く腫れている。きっと重たい腕を持ち上げて、やっとライタの火を付けている、という感じだった。「……いけるか?」
「誰に言っているわけ?」
「村崎組の、」僅かにライタの火が大きくなった気がした。「アンナに」
アンナはマアヤのシガレロの先に火を近づけた。
燃焼。
藤井はライタを床に捨てて「ああ、畜生、バカ野郎っ」と天にがなって仰向けに倒れた。
皆、そんな風に倒れている。
全く。
仕方ないな。
だらしないな。
たった一人の魔女に、こんな風にされるなんて。
村崎組の名折れだ。
本当に、仕方ないな。
本当に。
本当に。
ああ、結局もう。
アンナがどうにかしなきゃならないんだから。
いける?
いけるの?
本当にいける?
心臓の返事が聞こえない。
アンナの声が聞こえない。
頼むよ。
勇気を出してよ。
アンナ。
格好付けさせてよ。
お嬢のために格好付けさせてよ。
いい?
いくよ?
がなるよ?
いいね?
いいよね?
もう問いかけるのは、飽きたね。
もういい加減にしろ。
なんとかしろ。
こんなものじゃないだろ。
がなれ。
声。
「いけるかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
炎が見えた。
丸い炎。
太陽だ。
それがギア。
アンナのギア。
ニュートラルは許さない。
ギアをハイに押し込む。
繋がった。
「やっぱり、綺麗に咲くのね」ミチコトはうっとりと上品な声を出す。
アンナは今、魔女モード。