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アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない  作者: 枕木悠
第四章 アンチ・エンディング・ロウテイション
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第四章⑮

 スイコは眠ってしまって起きる様子がなかった。スズが肩を揺らしても、ピクシィが高い声で「起きろっ!」って叫んでも、ノリコが優しく頬を抓っても微動もしなかった。スイコの瞼は涙によって赤く腫れていた。しかしその寝顔は優しかった。スイコの過去に何があったのか、スズは何も知らないけれど、でもたまに彼女はスズに寂しい横顔を見せるときがあった。今夢の中でその寂しさは喜びに変わっていて、涙は優しい笑顔に変わっているのかもしれない、なんてスズは思った。

「マシュマロみたいに柔らかい」

 三階からアンナのガトリングガンの音が響いてくる中、ノリコは脳天気に言って、スイコの頬をツンツンしている。

「ウェイク・アップ!」ピクシィは愉快に叫んでいる。「ウェイク・アップ! ウェイク・アップ!」

 スズは早くスイコをミノリ・ミュージアムの外に連れて行ってあげなくちゃって焦っていた。三階の戦闘の音は徐々に激しさを増していた。二階のフロアもいつ危険にさらされるか分からない。スズは絶賛人見知りを発揮しながらノリコとピクシィに向かって言う。「あ、あの、三人で、師匠を外に連れて行きましょう、きっと魔法で、どんなことをしても、起きないのかもしれないし」

「あなた風の魔女でしょ?」

 ピクシィは急にスズをまっすぐ見て言う。瞳の中を覗き込んでくる。ピクシィの出身はどころだろうって思った。シンデラかな。でももし日本産まれでも、日本式に囲まれて育っていないことは容易に分かる。スズはこういう、まさに破裂するような女の子は苦手だった。なんていうか、ビックリしてしまうからだ。今もビックリしている。ビックリして、言おうとした言葉も出てこなくなって、目を逸らしてしまう。一応、頷くことぐらいは出来るけど。「う、うん、風の魔女だよ」

「だったら編めないの?」ピクシィの声は風の魔女の耳にはちょっとどころじゃなくて、かなり煩く響く。「ハイパ・ソニック、クラクション、スピーカ、」ピクシィはとても高度な風の魔女の魔法を続けて言う。「じゃなくて、ええっと、なんだっけ、ああ、サイレンだっ!」

「で、出来ないよぉ、」スズは俯いて言う。「そんな難しい魔法編めないよ、まだ私、魔女になったばっかりなんだから」

「あら、もしかして、あなた、十一歳?」

「うん」

「ふふう!」ピクシィは急に歓声を上げて、その場でぴょんぴょん跳ねた。「私も十一歳だよんっ!」

「も、もぉ、」スズは驚いた心臓を手で押さえながら言う。「ちょっと、煩すぎるよぉ」

「とにかく、この人を外に出さないとね、」ノリコは言って、スイコを腕を首に回して上半身を持ち上げた。「あなたたちは反対側を持って」

「はい」スズは頷き、スイコの腕を首に回した。。

「ふふう!」ピクシィは手を挙げて煩い。

「もぉ、やだぁ」スイコは小さく言う。

「何が?」ピクシィはスズを見て目をパチクリさせている。

 とにかく三人は協力してスイコを持ち上げて、慎重に階段の方に向かった。

 ピクシィは突拍子もなく陽気にピクニックを歌い始める。「おかーをこーえ、ゆこーおよー♪」

「もぉ、やだぁ」

「らんらら、らんらん、らんらんらんらん♪」

 そのピクニックの途中。

 スズはふと、おかしなものを見つけた。

 それは二階のフロアの円形の窓。

 その窓は三階が爆破された影響で割れてしまっている。

 その向こうにブーツとスカートが見えた。

 見覚えがあるブーツとスカート。

 ブーツとスカートは、ゆらゆらと揺れている。

 見間違えるわけがないと、スズは思った。

 スズはスイコを支えるのを止めて、その窓の方に走った。

「ぐえ!」ピクシィがスイコの体を支えられずに、潰され、変な声を出した。「もぉ、急にどうしたのっ、ビックリするでしょ!?」

 ピクシィに言われたくないって思いながら「ご、ごめん」とスズは声のボリュームを小さくして謝り、人差し指を唇の前に立てて、「しーっ」とノリコとピクシィにサインを送った。二人を顔を見合わせながら黙り、スイコをその場に降ろした。

 静かになったのを確認してから、スズは足音を立てずに、ゆっくりと揺れるブーツとスカートが見える丸窓に近づいた。

 間違いない。

 スズは近くで見て、確信をさらに確かにした。

 揺れているのは、箒に跨がっているからだろう。

 スズは丸窓の横に立ち、顔をゆっくりと出し、目を外に向けた。

 すると風に踊るスカートの中が見えた。

 足が見える。

 揺れる足。

 タイミングを窺う。

 彼女の足を掴むタイミングを狙う。

 今だと思って、窓枠に足を掛け、跳躍。

 スズは彼女の左足を両手で掴んだ。

「うわぁ!」頭の上に響く悲鳴。

 彼女はバランスを崩して箒から滑り落ちる。

 彼女は箒を手放した。箒は地上に落下する。その丸窓の下はミュージアムの裏になる。そこに並ぶ背の低い木の枝に箒は落ちた。

 スズは黒髪を煌めかせた。

 風を起こし、二人の体を、ミュージアムの二階に移動させる。

 急いで雑に編んだから、風は乱暴だった。

 ミュージアムの床を二人は勢いよく転がった。

 痛い。

 膝から血が出た。

 しかしそれより、もっと気になることがある。

 スズはすぐに立ち上がった。

 そんなスズをピクシィとノリコはポカンとした表情で見ている。

 その視線に構うことなく、スズは一目散にうずくまる彼女のところに近づいた。

 メグミコに近づいた。

「はうぅ、」メグミコは頭を抑えている。「陥没したよぉ」

 スズはメグミコの体を仰向けにして、そしてその上に跨がった。こういう姿勢をきっとマウント・ポジション、というのだろう。マウント・ポジションはスズにとって初めての経験だった。その姿勢でメグミコの両手を、両手で押さえつけた。

「メグっ、よかった、無事で、で」スズはメグミコに顔を近づけて叫び睨んだ。「でもどういうことなのっ!?」

「ひょ、ひょえぇ、」メグミコはビビっている。「す、スズちゃんってば、顔が怖いよぉ」

「黙れ、黙って、質問に答えてっ!」

「そ、そんなの無理だよぉ、」メグミコは目をぎゅっと瞑って首を横に振る。「黙って質問に答えるなんて無理だよぉ」

「なんで、どうして!?」スズは生涯で一番大きな声を出した。「人質になっているはずのメグが自由に空を飛んでたのっ!?」

 その質問にメグミコは黙った。

 黙るということは。

 メグミコは何かを隠している。

 何かを企んだ証だ。

 スズはメグミコの目をまっすぐに見る。

 睨む。

 メグミコは睨み返してくる。

 火花が散るほどの睨み合い。

 きっと、ピクシィとノリコには火花が見えているだろう。

「答えないなら、」スズは大きく息を吐いて、睨んでいた目を瞑り、そしてコントローラを右手に握り締め、メグミコのこめかみを狙った。軽くトリガを引くとメグミコの額に赤いポインタが泳いだ。「打つよ」

「え、ちょ、ちょちょよちょ、ちょっと、待ってよ、待って、」メグミコはピストルか何かだと思って勘違いしている。「じょ、じょ、じょ、冗談だよね?」

「冗談じゃない、」スズは引き金を引いた。「冗談なもんかっ!」

 しかし。

 カチッと音がしただけだった。

 スズはシキの説明を思い出す。

 メグミコのことを強く思う気持ちがなければ。

 メグミコのことをラジオ・コントロール・ガールに出来ないっていうことを。

「え?」メグミコはゆっくりと目を開けて、状況を確認する。「ああ、なんだ、弾が入ってないんだよね、なんだ、そうだよね、スズが私のことを打つはずないもんねっ、あははっ」

「違うっ!」スズは声を張り上げた。

 なぜかスズはメグミコが笑顔なのが、凄く気に食わなかった。殺意が沸く。初めての気持ちだった。その初めての気持ちの処理の仕方をスズはまだ知らない。「弾は一つだけ入ってる、ちゃんと入っているんだからっ!」

「え、嘘でしょ?」メグミコの表情は強ばった。スズの殺意は、きちんと伝播したようだ。「嘘だよね?」

「少し黙ってろ、バカ野郎っ!」

 スズはトリガを引く。

 一回。

 二回。

 三回。

 四回。

 五回。

 繰り返した。

 でも、カチッと音がするだけで。

 メグミコをコントロール出来ない。

 当然だと思う。

 アンナの笑顔が脳ミソを過ぎる。

 スズはコントローラを捨てた。

 諦めた。

 だってスズの愛の方向は。

「あ、愛が足りないから!」メグミコは急に叫んだ。

「ふえ?」スズはただ、ビックリした。

「愛が足りなかったから、」メグミコは涙ぐんでスズを睨んでいる。「私は!」


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