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アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない  作者: 枕木悠
第四章 アンチ・エンディング・ロウテイション
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第四章⑦

私はメグミコ嬢の母親のエミコ様のことを愛していた、と吉永は扇形のステアリングを握りながら興奮気味に助手席に座るヨウコに語った。「私が村崎組の人間になったのは十一歳、魔女に開花出来ずに絶望していた私は村崎組の門を叩いた、十一歳の頃の私には村崎組の人間がする所行が、普通の世界の掟の中にいない魔女のような存在に思えたんだ、そして私はそこで綺麗な人に出会った、それがエミコ様だった、当時エミコ様は京大の大学院に通われていた、組長のジュンジ様とはそこで出会ってすでに結婚なされていた、ある日の夜、私はエミコ様に部屋に呼ばれた、とても驚いて緊張していた、その日までエミコ様とは話したこともなかったからね、部屋に入ると中は紫色の明かりがぼうっと点いているだけで薄暗かった、布団が敷かれていてエミコ様はその上で綺麗な艶のある髪を梳いていた、下着姿だった、私はその状況の意味が分からなくて混乱していた、エミコ様がこっちにおいでと優しく招くから、私はそれに従って布団の上に腰を降ろした、エミコ様はもっと近くにおいでと言って、私の手を掴んで引っ張った、村崎組の訓練は大変でしょ、ってエミコ様が聞いた、私は全然平気ですって、嘘を付いた、村崎組の訓練は十一歳の女の子にも容赦なくて、私は何度も失神したし何度も血を吐いた、何度逃げ出そうかって思ったか分からないくらい苦しい訓練だった、でも嘘を付いたのはこの綺麗な魔女に自分のことを認めてもらいたいからだった、そう強い子ね、強い子は好きよ、エミコ様は褒めてくれた、とても嬉しかった、言葉が出なくてただ微笑んでいた私の唇にエミコ様はいきなりキスした、そしてそのまま私の体はエミコ様のものになった、それからエミコ様は私のことを部屋に呼ぶようになった、エミコ様はジュンジ様のことも愛していたけれど、魔女だから女の子のことも求めずにはいられなかったんだろうな、研究に煮詰まったときとか、ジュンジ様と喧嘩をなされたときとかに私のことを呼んだ、私は都合のいい女だったんだ、他にも何人かそういう風に呼ばれている女の人がいることは知っていた、でもエミコ様は私のことを愛してくれていたし、私もエミコ様のことを愛していた、私が大学を卒業して先生にって村崎組を辞めるまで愛は続いた、私は辞めたくなかったんだけど、一応公務員だから仕方なかったんだな、もちろん今でも私はエミコ様のことを愛している、だからエミコ様の娘のメグミコ嬢のことも愛している、だから今は、天体史の授業どころじゃないんだよ、バカ野郎っ!」

 吉永は法定速度四十キロの道路でアクセルをベタ踏みした。吉永の愛車はダイハツのコペンという、座席が二つしかない小型レーシング・カーだった。スピードが出るし、小回りも効く。コペンは次々に前の車を追い抜いて行く。フロント・ウインドの景色は次々と変わる。まるでジェット・コースタに乗っているような気分だった。

「せ、先生っ、」ヨウコはシートベルトをしっかりと掴みながら叫んだ。「あ、安全運転、安全運転っ!」

「ゆっくり走っていられる訳ないだろっ、バカ野郎っ!」吉永はヨウコの方を向いてがなった。

「先生、前、前向いて下さい!」

 交差点は赤信号だったがすでにコペンはその中心に躍り出ていた。

 トレーラが左から迫る。

 吉永は素早い左手の動作でギアをハイから「JET」に繋いだ。

 ヨウコの背中のすぐ後ろから凄まじい炸裂音がした。

 ジェット・エンジンが火を噴いたのだ。

 コペンは交差点を走り抜けた。

「全く、あのトレーラ、」吉永は舌打ちして言う。「危ねぇじゃねぇか、バカ野郎っ!」

「危ないのは先生の方だよっ、っていうか、ジェットって何だよ、」ヨウコは叫んだ。「バカ野郎っ!」

 村崎邸に着く頃にはヨウコはヘロヘロだった。マアヤのメイドの左近が用意してくれた朝ご飯を全部戻しそうだったが、ヨウコは耐えた。吉永はそんなヨウコの背中をさすりながら、村崎邸の門のインターフォンを押した。しかし反応がなかった。吉永が門を押すと、奥に動いた。中は静かだった。「どうやら誰もいないみたいだな」

 お嬢様の危機に全員出払っているようだった。

 吉永は別邸の方に向かった。そちらには倉があって、吉永はどうやらそこに用があるみたいだった。こちらの門を開いていた。お嬢様の危機は村崎組の人間に施錠ということを忘れさせたらしい。吉永は別邸の敷地内に入る。

「お邪魔しまーす」小さな声を出して、ヨウコは吉永に続く。

 敷地内には二階建ての母屋が一つあり、それを囲むように背の高い倉が並んでいた。吉永は迷うことなく奥の方へ歩いていく。地面は小さな砂利が敷き詰められていて音が鳴る。

 吉永はある倉の前で立ち止まった。その倉は他のものとは違っていた。木製の扉の部分が金属製のシャッタのようになっていた。そのシャッタの横にはインターフォンのようなものがあり、吉永がそこに鍵を差し込み回すと、鳴き声を上げてシャッタが上に開き始めた。

「どうして鍵を持ってるんです?」ヨウコは聞く。

「これは私の倉だ、」吉永は懐かしそうな表情を見せる。「バカ野郎」

「そうじゃなくて、先生はもう、村崎組の人じゃないのに、ちゃんと認可をもらってるんですか?」

「もしものときのためだ、」吉永は小さく微笑んだ。「そういう細かいことは気にするな、バカ野郎」

 吉永は完全にシャッタが開く前に腰を屈めて中に入った。ヨウコも続く。倉の中は当然真っ暗だ。

「なあ、愛川、」吉永は電気のスイッチを探しながら言う。「空の飛び方を知っているか?」

「はあ?」ヨウコは吉永がどうしてそんなことを聞くのか、訳が分からない。「魔女でもないのに空を飛ぶなんて」

 電源が入る音。

 瞬間。

 倉の中が明るくなる。

 というか。

 ライト・アップされた。

 ヨウコはライト・アップされたそれを見上げて、目を丸くする。「先生、これって、もしかして?」

「ああ、そうだ、これが私の武器、」吉永はそれに近づき、その生地に触った。「ジェット・ロケッタ・鳳仙華、これが私の空の飛び方だ、バカ野郎」


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