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アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない  作者: 枕木悠
第四章 アンチ・エンディング・ロウテイション
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第四章②

 跡見クウスケは早い時間に目が覚めた。二階の事務所のソファに変な姿勢で座っていたせいか、首が痛かった。跡見は洗面台の前に立ち、鏡に映る自分の姿を見た。

 甲原リッカの鋭いハサミに切られ、跡見の髪は短くなっていた。昨夜はキッチリと整髪料で七三にされたが、整髪料を付けなければ、まあ、まだなんとか外に出れる髪の長さだった。こんな風に髪を短くしたのは高校生以来だった。跡見は球児だった。球児で、丸坊主だった頃もある。よく平気でいられたものだと自分で思う。

 リッカはここにはいない。彼女はピンク・ベルの社長と明方市に来ていて、二人は社長の知り合いの家に泊まっている、ということだった。まさか、ピンク・ベルの社長が明方市に来ているとは思わなかったから、それを聞いたとき、跡見はとても驚いた。そのときはすでに七三分けだったから、アーティスト然としていない、とても誠実な驚きだったと思う。

 今日は社長にも会うことになるのだろうか。跡見の今日の予定は、リッカと駅前でビラを配って、キャブズをスカウトすることだった。跡見は少し考えて、整髪料を指先に付けて七三分けを作った。社長に会うかもしれないし、もしかしたら明方支店にキャブズが集まらなかったのは、跡見のロン毛のせいかもしれない。そんなことは決してないと思うのだが、とにかく、今朝の跡見の髪型も七三分けになった。「……まあ、悪くないんじゃないか?」

 自分にそう言い聞かせて跡見は無理矢理納得した。

 朝食を食べ終え、コーヒーを飲んでいるとインターフォンが鳴った。

 席を立ち玄関に向かおうとしたところで、扉の施錠が解かれる音がして、誰かが入ってくる気配がした。

「おじゃましまーす、」リッカの甲高い声がした。「クウスケ、起きてるかぁ!」

「起きてますよ」跡見はソファに座り直し、コーヒーで口を湿らせた。

 リッカは階段を足音を大きく上がってきて、跡見のことを見るなり、笑顔になって跡見の頭を指差した。「お、ちゃんとやってんじゃーん、七三、うん、似合ってるよ」

「コーヒー淹れますね」跡見はソファから立ち上がり言った。

「うん、ありがとう」

「朝から元気ですね」跡見はコーヒーメーカを操作しながら言う。

「そう?」リッカはソファに座り、足を組み、銀色の髪を払った。「実は結構ヒステリックが溜まってんだけどねぇ」

「ああ、そのせいで声のボリュームが大きいいんですね、」跡見は言ってから、しまったと思った。ヒステリックなのは、自分の存在のせいだと思ったからだ。「えっと、すいません、わざわざご足労頂きまして、ヒステリックも溜まりますよね、ははっ」

 跡見は薄ら笑う。昨日、本格的にリッカの恐ろしさを知ってしまったので、跡見は今までにないほど魔女に気を使っていた。

「別にクウスケのせいじゃないって、これは、明方支店の再生は私の仕事だから、最初からクウスケがダメダメでクズだっていうことは予測していたことだし」

「ははっ、」クウスケはカップをテーブルに置いて言う。「笑えないですよ」

「ありがと、」リッカはミルクをコーヒーに入れてかき混ぜている。砂糖は微量。リッカはカップを唇に当て、僅かに傾けた。「うん、コーヒーは上手に淹れるのね」

「機械のスイッチを入れただけですよ」

「それでも下手くそなコーヒーを淹れる人っているでしょう?」

「そうですか?」

「それに比べればまだ、君には救いがあるってことよ」

「ああ、そういえば今日、」跡見はリッカの対面に腰を降ろして聞く。「社長は?」

「社長ってば、イチャイチャしちゃってさ、私が見てる前だっていうのに、信じられないよね」

「え、なんの話です?」

「昨日、話したでしょ、私と社長、こっちにいる知り合いの家に泊まってるって」

「ええ、それが?」

「社長、その知り合いの人のこと、ああ、もちろん、社長は魔女だから女性のことが好きなんだけど、その人のこと社長、気に入っているみたいで」

「ああ、ジャラシですか?」跡見は薄ら笑って言う。

「そんなんじゃないけどさ、」リッカはコーヒーの表面を見ている。「面白くはないわけさ、だからヒステリックが溜まるのさっ、」リッカは吐き捨てるように言って、ぐいっとコーヒーを飲み干し、立ち上がった。「さ、行きましょう、クウスケ、車を出して頂戴な」

「え、もうですか?」

「学生は朝に駅に集まるものでしょ?」

「まあ、そうですね、」跡見もコーヒーを飲み干して立ち上がる。「あ、リッカさん、僕に出来ることがあったら言って下さい、手伝いますよ」

「は?」リッカは跡見を睨む。「いや、手伝うって言うか、あんたの店のことでしょ?」

「違いますよ、リッカさんの恋のことですよ」

「別に恋とかじゃねぇし、」リッカは唇を尖らせて言う。「別に他人になんとかしようともらおうなんて思ってねぇし、」徐々にリッカの表情はニヤケ始めた。「……つうか、余計なことはするなよな」

「リッカさんは、」跡見は壁のフックに掛かっているメガーヌのキーを手にして言う。「恥ずかしいときは言葉が悪くなるんですか?」

 近い距離からナイフが飛んで来た。

 幸い失うほどの髪の毛はもうなかった。

 ナイフは壁に刺さっている。

「次私をからかうようなことがあれば、」リッカは銀色の髪を煌めかせ、睨んでくる。「死刑」


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