第四章①
早朝、藤井は辻野と皆川邸に車で向かった。車はメタル・バイオレッドのムーブで、ダイハツのディーラで店長をしている野上から二十パーセントオフで購入したものだった。皆川邸は明方市の南、市の境に近い場所に位置していた。高速を降りてすぐの交差点を右に曲がると、皆川邸の背が高く、頑丈そうな塀が見えてくる。塀の上には槍の先端の形状をした黒い突起物が並んでいる。南側の門の両脇には明方パトロールという警備会社の警備員が立っていた。二人とも顔に皺が多い。おそらく六十は越えているだろう。しかし、背筋はしゃんと伸びている。警備員の前で藤井は車を停止させて、助手席のウインドを開ける。辻野はそこから顔を出し、それに反応して険しい表情を見せる警備員に向かって笑顔を作って言う。「村崎組の辻野と藤井でございます」
警備員は門を開けた。藤井はムーブを皆川邸の敷地に入れる。
左に進んだところに駐車スペースがある、ということを警備員に聞いて、そこにムーブを停車した。助手席から降りて手をかざし藤井は皆川邸の全貌を見渡した。その広さに圧倒された。芝が植えられた広大な敷地。その中央には噴水があって、その奥に白い宮殿がそびえ建つ。藤井にはそれが金の塊に見えるし、王都ファーファルタウに紛れ混んでしまったような気分だった。「すげぇな」
「凄いですね」
藤井はポケットからシガレロの箱を出し、一本抜いて口に咥えた。
「駄目ですよ、」辻野が言う。「禁煙ですよ」
「じいさんたち、そんなこと言ってた?」藤井はシガレロの先端に火を近づける。
「書いてありますよ」
辻野が指差す方を見ると、塀際に生えた姿勢のいい木の根本にノー・スモーキングの看板が姿勢悪く立っている。藤井はシガレロを箱の中に戻した。「よし、行こう」
南門から邸宅の玄関までは白い砂利が敷き詰められた細い道が続いている。緩やかな傾斜があり、丘のように少し高くなったところに邸宅は建っていた。噴水の横を通り過ぎ、六段の階段を上がった先に両開きの扉がある。材質は大理石。マーブルだ。扉には輪をくわえた黄金のライオンがいる。インターフォンを探すが見当たらない。ライオンに手を伸ばした。そのときに扉が手前に開いた。
「あ、藤井さんだ、」ノリコが顔を覗かせる。朝には刺激が強すぎる魅力的な笑顔だった。それから格好もダボダボのTシャツにホットパンツという、露出度が高い刺激的な衣装だった。大壷ヒカリの同行を断って正解だったと藤井は思う。娘には見せられない顔をする確率が、彼女の前だと一気に上ってしまう。「それから辻野さんも」
『どうも』藤井と辻野は声を合わせて頭を下げた。
「さ、どうぞ、入って下さい」
藤井と辻野は扉の隙間から身を入れた。
吹き抜けの玄関ホール。天井にはシャンデリアが見える。どこかで見た風景だなと思ったら、ちょうど、ミノリ・ミュージアムが同じような構造をしていた。玄関ホールの左右から曲線を描くように奥へ階段が続いている。ノリコを先頭に右の階段を上り、二階部分の右手の奥の扉を開けて進む。そこから細い通路が伸びていて、南側には丸窓が並び、太陽の光が入ってくる。通路の先に扉があり、そこに二人は案内された。可愛い部屋だった。壁際にはぬいぐるみが並び、家具の形もファンシィなものが多い。
部屋の中央の応接セットのソファの色は蛍光ピンクだった。
そのソファに、ピンク色の髪の、破裂する魔女が座っていた。
魔女は藤井と辻野が部屋に入るなり立ち上がり、急接近して、二人の手を握って、上下に激しく振りながら、甲高い声で言う。「やあ、私、ピクシィ、ピンク・ベル・キャブズ社長のピクシィ・マンブルズだよ、二人とも、元気してた!?」
破裂する魔女のピクシィ・マンブルズはとても小さかった。
顔立ちもまだ幼く、メグミコやスズと同じようにまだランドセルを背負っていてもおかしくない年齢だろう。魔女に開花して、まだ一年も経っていないかもしれない。
しかし彼女のピンクは、目に痛いほど、濃厚なピンクだった。
とにかく彼女のテンションの高さに、二人は茫然となった。ピクシィは「ふふぅ」と奇声を上げながら、笑顔で、その場で飛び跳ねている。「ふふぅ!」
二人がポカンとした顔で黙っているとピクシィは首を捻って言った。「あれぇ、元気ないのかなぁ、元気があれば何でも出来るっていうのに、元気がないのかな、それはちょっと困った事だよね、困った、困った、困ったときは、こういうときは、」と早口で言ってピクシィはすっごく笑顔になった。「歌うよっ!」




