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第一章③

土曜日なので、授業は午前中だけで終わった。シキは椅子だけ、視聴覚室から調達してきて、ミヤコの隣で授業を受けた。シキはずっと退屈そうだった。天才だから普通の高校の授業なんて受けても仕方がないことだと思う。そうだ。ミヤコはずっと気になっていた。「どうして私のところに来たの?」

 ミヤコは女子トイレの鏡の前で質問した。質問するために、わざわざ人気のない、北校舎三階の理科室の隣の女子トイレまで来たのだった。

「本当に退屈な授業だった、」ミヤコの質問を無視してシキは欠伸をしながら伸びをした。「何度、教卓を蹴ってやろうって思ったことか、それに机と椅子が用意されていないなんて、本当に信じられない、夢かと思った」

「シキ、」ミヤコはぐっと顔を近づけて、睨み言った。「ちゃんと質問に答えなさいよ」

「ミャコちゃんって呼ばれてるんだね?」シキは動じずに言う。「可愛い、私も、ミャコちゃんって呼ぼうっと、ミャコちゃん、ミャコちゃん、ミャコちゃん、」シキはミヤコの顎の下を触りながら挑発的な目をする。「ほぅら、みゃあ、みゃあ、って、みゃあ、みゃあって言ってよぉ」

 ミヤコは悪戯するシキを手を強く掴んだ。「どうして私のところに来たの?」

「ミャコちゃん、痛いみゃあ」シキは天使のボイスで言った。

「あ、」言われてミヤコは慌てて手を話した。「……ごめん」

「私、可愛くなったでしょ?」シキは頬に指を突き立てて言う。「魔法工学の研究ばっかりじゃなくて、お化粧とか、自分を美しく見せる研究に最近、熱心なのだぁ」

「そうね、ちゃんと、その成果は出てるみたいね、」ミヤコは皮肉っぽく言ったけれど、シキは一年前に会ったその時よりも可愛くなっていて、直視し続けると恥ずかしくなってしまう、というのが正直な感想。もちろん、そんな恥ずかしいことなんて言わないけれど。「綺麗になるいい方法があるなら、私にもちゃんと教えなさいよね」

「ミャコちゃんはお化粧なんてしなくても綺麗だみゃあ」

「そうね、」ミヤコは髪を払って、自分の顔を見た。相変わらず美人だ。「みゃあって、それ、気に入ったの?」

「休暇を貰ったの、半年の休暇を貰ったんだ、最近働き過ぎてたから、所長が気を使ってくれたのかな、私はそんなに長い休暇なんていらないって言ったんだけど、でも、所長がどうしてもって言うからね、せっかくだから、会いに来たんだ、会うならドラマチックにしようと思って、転校生になったんだ、それにしても、ミャコちゃんってば、」急にシキは真面目な表情になった。「どうして私のところに来たの、なんて、よくそんな、恥ずかしいこと言えるよね、私の気持ち、知ってるくせに」

「なんのこと?」ミヤコはとぼけた。「天才のシキの気持ちなんて分からないな」

「……最低、」シキは頬を膨らまして、ミヤコを睨んだ。「何度もメールもしたし、何度も手紙も書いたし、何度も言ったし、何度も好きって言ったのに、分からないなんて、どうかしてるバカ野郎か、とぼけてるだけ、ミャコちゃんは絶対、とぼけてるだけ、そうでしょ?」

 ミヤコはシキの目を見ているのが、辛くなって、自分の爪先を見た。

 ミヤコはシキに何度も告白されて、何度も振っていた。

 そのときはまだ。

 魔女のことを、よく知らなかったから。

 女の子と付き合うことが。

 女の子のことを好きになるっていう感情がよく分からなかった。

 でも今は。

「今は、どうなの?」シキはミヤコに近いところに立って上目で見てくる。何度も練習したんだな、ということが容易に推測できる、完璧な可愛い顔を見せてくる。「少し、魔女のことを知った、あなたは、可愛い私を見て、どうなのかな?」

「ちょっと、えっと、」ミヤコは困った。「意味分からないな」

「……好き、」シキは小さく言った。脳ミソが蕩けそうなほど、可愛い声だった。「あなたのことが好きなの」

 揺るがなかった、と言えば、嘘になる。

 ぐらんぐらん、に揺れていた。

 魔女のことを知ったミヤコは、魔女みたいに女の子のことが気になる。

 気になってしまう。

 思春期だから、可愛い女の子に反応してしまう。

 シキは目を瞑って。

 唇をきゅっと結び。

 顎を上げた。

 ミヤコは我慢出来なくて。

 キスしてしまった。

 唇が離れると、シキは丸い目を見開き、ピンク色の愉快そうな表情を見せ、猫のポーズを取って言う。「実験成功だみゃあ」

「バカ、」ミヤコはシキから三歩後ろに下がり、頭を抱えた。「……ああ、もう、最低だ、私」

「どうしたの、ミャコちゃん?」シキは首を傾げている。「最低なことなんてないよ、ミャコちゃんは私に最高のことをしてくれたんだよ、」シキは五指を組み、一回転した。スカートがふんわりと踊って、白いパンツが見えた。「ああ、一気に休暇が楽しくなったな、ミャコちゃん、これから半年間、学園生活を満喫しようね」

「ごめん、ちょっと、多分、それは無理だと思うな」

 トイレのドアが開き、ヨウコの声が聞こえたから、ミヤコは顔を上げて、ヨウコの表情を見た。すぐに見なければよかったと、後悔する。凄く、笑顔だった。ヨウコの得意な絶品スマイルだった。ミヤコの心臓は止まりそうなショックを受けている。「……ああ、なんで、ここに?」

「つけてきたんだ、」ヨウコの声は、まるで機嫌がいいみたいに弾んでいる。「とっても、怪しかったからねっ」

「あ、えっと、」シキはことの重大さを把握していない顔で言う。「確か、あなたは、私のずっと右にいた、えっと、どなたですか?」

「愛川ヨウコです、」ヨウコはすっごい笑顔で言って、ミヤコの腕を抱き締める。「ミヤコの嫁です」

「嫁?」シキもすっごい笑顔で首を傾げた。「あの、ちょっと、えっと、聞き間違いでしたら、すみません、嫁と、ミヤコの嫁と、おっしゃいましたか?」

「はい、間違いありませんよ、もう一度言いますね、私、愛川ヨウコはミヤコの嫁です、もう嫁になって一ヶ月、こんなこと言うのってとっても、恥ずかしいんですけどぉ、あんなことや、こんなこともしている関係ですっ、きゃはっ」

 シキの表情が、僅かに暗くなる。

 シキは足元のバケツを蹴った。

 バケツがタイルの上を転がり、不協和音がトイレに満ちる。

 シキは大きく息を吸い、大きく息を吐き。

 不敵に微笑み言った。「過度の誤差、見つけました」


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