第三章⑪
翌朝、スズが目を覚ますと、アンナとシキに挟まれていた。アンナの向こうには市長の娘のマアヤも眠っている。スズは布団から出て、昨日の夜のことを思い出す。ああ、そうだ。メグミコのことを考えていたら、家に帰ることなんて出来なくて、別邸の研究室のところに行って、アンナに一緒にここにいていいかって頼んだんだ。アンナは優しく微笑んで言ってくれた。「布団を持ってこようか、ここで、皆で一緒に寝ようか」
アンナが隣にいて興奮して眠れないと思っていたけれど、スズはすぐに眠ることが出来た。疲れていたのときっと、アンナが隣に眠っていてくれるから、凄く安心したんだと思う。
スズは小さな寝息を立てているアンナの顔をじっと見る。
ああ、とっても綺麗。
綺麗過ぎる人。
可愛い過ぎる人。
この人のことを想ってしまうのは、しょうがないことだと思う。
好きになってしまうのは。
愛してしまうのは仕方がないことで。
この片思いにアンナは本当に答えてくれるのかな?
抱き締めて。
キスしたら。
スズのことを好きになってくれるかな?
スズは手をゆっくりと動かして、指先をアンナの唇に触れさせる。
触れた。
少し湿っていて。
柔らかい。
スズは指先を舐めた。
体温が瞬間的に上がる。
スズは息を呑んだ。
間接的なキスで、こんな風になってしまうのなら。
本当にキスしたら、どうなっちゃうんだろう?
スズはゆっくりと。
唇を、アンナのそれに急接近させる。
急接近。
アンナの甘い匂いに、ぽーっとなる。
「……スズちゃん?」
「は、はいっ」スズはアンナから顔を離し、慌てて振り返った。
振り返ればシキが目を擦って、欠伸をしながら言う。「ふはぁ、スズちゃん、そういうの、魔女らしくないんじゃない?」
スズの体は一気に熱くなった。完全に目が覚めた。汗が吹き出る。「……し、シキさん、あの、その、えと、えっと、ごめんなさい、このことは、アンナさんに、言わないでぇ」
「んふふっ、」シキは毛布から体を出して笑う。「言わないよぉ、そんな野暮なことしないよぉ」
「えと、ありがとうございます」スズは胸を撫で下ろした。
「やっぱりスズちゃん、アンナのこと好きだったんだねぇ」
スズは小さく頷いた。恥ずかしすぎて、風を起こして顔を冷やしたかった。「……はい、そのぉ、はい、そうなんです」
「まあ、この借りはいつか、返してもらおうかな、んふふっ」
シキは立ち上がって、作業台の上の最終兵器ラジオを手にして時間を確認した。昨夜、スズがそこに置いていたのだ。ラジオの正面にはアナログの小さな時計が付いていた。「まだ早いね、」言ってシキは表情を変えて、丸い目をしてスズの方を見る。「スズちゃん、このラジオのバッテリ、一度満タンになった?」
「はい、」スズは頷く。「それが何か?」
「スズちゃん、でかしたよ、」なぜかシキは興奮しているようだった。「スズちゃん、でかしたぁ」
「え?」スズは首を傾げた。「どういうこと?」
「んふぅ」とシキは鼻息を吐き、ラジオのスイッチの七つあるうちの二つを同時に押した。
すると。
カチャ。
そう、音がして、ラジオは変形した。
ラジコンのリモコンになった。
「どや、」シキはリモコンを見せつけるように前に出す。「これが最終兵器の本当の姿やで、バッテリが満タンになるとラジオからプロポにトランスフォームするんやで」
「ええ?」スズの首は傾いたままだ。「関西弁?」
「スズ、」シキはプロポになったラジオをスズに渡す。シキに呼び捨てにされたのは初めてだった。シキはまるで外道みたいな悪い顔でスズを見る。「これでお嬢は、スズのもんやでぇ」
「私のものぉ?」
「せや、お嬢はスズの思いのままやでぇ」
「やでぇ?」
「で、どういうことなの?」アンナは大きい目を開けてこっちを見ていた。「シキ、さっさと細かいことを教えなさいな」