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第三章④

「え、嘘でしょ?」スイコは言った。「だって、なんていうかな、なんていうか、全然似てない」

 縁側に腰掛け、藤井から彼女のことを聞いた。大壷ヒカリ、というのが彼女の名前だそうだ。歳は十八歳。明方女学院をこの春、卒業したばかりだと言う。卒業して、南明方署の特殊生活安全課の魔女になり、しばらく村崎組に常駐してくれるのだと言う。彼女は息を呑むほどの美少女だった。整いすぎている顔に、愛嬌のある笑顔。魅了されない魔女は世界にいない。そんな風に断定的に思えるほどの美少女加減だった。彼女の腰まで伸びる長い黒髪は風の属性の色素で煌めいていた。その煌めきの強さは触りたくなるほどで、スイコは何の脈絡もなく彼女の頭を撫でた。艶があり、触り心地は優しい。

「えへへ、」ヒカリは下品とも言える声を上げて、微笑んだ。「撫でられちゃった」

「んふふっ、いい子ね、」スイコは控えめに微笑み、提案する。ちょっと体に熱があるのを感じる。「ねぇ、ヒカリ、今夜は私の部屋で一緒に寝ない」

「え、いいんですか?」ヒカリは手の平を合わせ、大げさとも言えるリアクションで頷く。「私も、スイコさんと一緒に眠りたいですぅ」

「おい、父親の前でなんつう約束をしてるんだよ、」藤井は顔をしかめて言う。「全く、コレだから、魔女は」

 そうなのだ。

 ヒカリは藤井の実の娘。

 彼女が藤井の遺伝子を受け継いでいるとは思えないが真実らしい。

 ヒカリは背が高く、スタイルがいい。共通点はそれぐらいだろうか。とにかく、藤井とは全然違う。藤井の尖った顔付きに似ず、輪郭には丸みがあるし、その可愛らしさは天使と形容したくなるほど。

「だって、可愛いから」スイコはずっとヒカリの髪の毛に手を入れいていた。「本当に、可愛くて、こんな気持ちになるの久しぶりなんだもの」

「コレだから、魔女は、」藤井は舌打ちして言う。「そういう約束は、俺がいないところでやってくれ」

「あ、あの、じ、じじじじじ、実は、私、」ヒカリは藤井の言葉を無視して続ける。「ずっと、ずっと、スイコさんのファンで」

「ファン?」藤井は首を捻る。「ファンってなんだ、換気扇のことか?」

「ああ、ヒカリ、やめてよ、古い時代の話なんだから、」水上女子高校に在籍していたとき、スイコは魔女の洗濯屋さんをしていた。どんな頑固な汚れも魔法で落とす、魔女の洗濯屋さん、その名もウォシング・マシン・ガールズ。今から考えるとダサ過ぎるネーミング・センスだ。メンバの四人は全員可愛かったから、一時期西日本の魔女たちの間で話題になった。細かい話は知らないけれど、一部の小さな魔女たちからはアイドル視されていたみたいだ。「ずっと古い時代の話だから、そんなこと、忘れてしまったわ」

「拂田さんに明方市にスイコさんがいるって聞いて、ずっと私のアイドルだった、スイコさんが村崎邸にいるって聞いて、信じられなかったんですけど、でも、会うことが出来て、」信じられないことにヒカリの目は涙で濡れていた。声は掠れてしまっている。「会うことが出来て、こうやってお話することが出来て、本当に、本当に、嬉しくて、あのぉ」

「よしよし、」スイコは盛大に涙を生産し始めたヒカリを抱き締める。泣いてしまった女の子を宥めるには抱き締めるのに限る。「よしよし、いい子、いい子」

「……ああ、そうか、」藤井は少し寂しそうに、ヒカリを見ていた。「ヒカリは俺じゃなくて、スイコに会いたかったんだな」

「拗ねないでよ、パパ、」ヒカリは目元を指で拭いながら、早口で言う。「パパにだってずっと会いたかったんだから、拗ねないで」

「拗ねてないさ、」藤井は拗ねていた。「パパは大人だから、拗ねないさ、ただ、昨日、俺と再会したときより、涙の量が多いみたいだから、ちょっと不思議に思っただけだ、それだけだ、それだけ」

「当たり前だよ、パパ、スイコさんの存在はずっと一人で寂しかった私を慰めてくれていたんだもん、スイコさんのブロマイドがなかったら、私は眠れなかった、スイコさんが私のヒロインだったんだもん、だから、涙の量に違いがあるのは仕方がないことだよ、パパ」

「ああ、そうだな、」藤井は吹き出すように笑った。「仕方がないことだな、そして俺はどうやら、スイコ、お前に感謝しなければいけないみたいだ」

「そうね、私が世界に存在する奇跡に、」スイコは誉められすぎて、アニメ声に拍車がかかっていた。「感謝しなさいよね、パパ」

「あの、他のメンバの方は?」ヒカリが聞く。

「ああ、みんなはね、」スイコは目を瞑った。なんて言うのがいいかなって考えた。ファンを悲しませない、ということを考えて言葉を選んだ。「みんな、明方市のどこかにいるわよ、ええ、ここから近い場所にいるわ」

「本当ですか?」ヒカリはスイコに笑顔を見せる。「会いたいな」

「そうね、」スイコは微笑み返し、小さく言った。「会いたいね」

 そして。

 そのときだった。

 スイコのスマホがスカートのポケットの中で震えた。

 画面を確認する。

 スズからだった。「もしもし?」


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