第二章⑨
アンナはシキの手を引っ張り、地下街への階段を降りた。空を飛ぶ魔女に対しては、狭い場所に誘い込み、好機を狙う。それが村崎組の、特殊な武器を持った普通の人間たちのやり方だった。
「その鞄に、なんの武器が入っている?」
ミヤコは背後を振り返りながら、早口で聞く。地下の人混みに紛れて、そう遠くない距離に、光の魔女の姿が見える。彼女の視線はミヤコに向いている。彼女は確実にミヤコのことを考えて歩いている。ミヤコは前を向く。地下の人混みが、ミヤコの加速を阻む。
「リボルバとオートマチックとスタンガンとチューインガム爆薬とフラッシュメモリ型爆弾とA3サイズの魔法反射板と一眼レフカメラ型リトル・キャノンと徳富式閃光弾と旧ドゥービュレイ軍製のサバイバルナイフと女性用メリケンサックに、」シキは早口で教えてくれる。「あと、ドラムのスティックがあるよ、他にも、色々あるよ、鞄を逆さまにしたら、沢山出てくると思うな、あ、ごめんね、アンナ、まだガトリングガンは直せてないの、芯まで錆びついてしまっていたから」
「直っていてもガトリングガンはセーラ服姿じゃ持ち歩けないでしょ?」
「なぜかセーラ服とガトリングガンはとてもピッタリな気はしてるんだけど」
「え?」
「あ、でも、私、ジュラルミンケースよりもガトリングガンにお似合いのケースを見つけたの、それは今日の話よ」
「そんなことより、シキ、」ミヤコはシキの腰を抱き寄せて言う。「その沢山の武器を使ってサポートをお願いね」
「もちろん私はアンナのサポートを惜しまない、でも、大丈夫、いけるの?」シキはミヤコに顔を近づけて聞く。「無理をするアンナのことを私は理解しているし、その姿は素敵でとても愛おしく思う、たまにアンナのことを失ってしまうのではないかって恐怖するのも生涯にとっての起爆剤かもしれない、未来に予告してほとんど意味のないことかもしれない、でも私はアンナのことを心配するわ、敵がいるから、アンナはその敵と戦うために煌めくから、私は心配だわ、私を心配させない選択肢に進むのも、ある日においてはいいんだと思う、大人のことを頼りにしたっていいと思う、スイコさんとナルミさんの二人なら、なんとかしてくれる気がする、もちろんこれは魔女を知らない私の希望的推測に過ぎないのだけれど」
「完全にロック・オンされてるみたい、逃げ切れないわ、このまま、普通に足を動かしているだけだったら、」ミヤコは再び背後を見た。光の魔女と視線が交わる。ミヤコの呼吸は乱れる。息を整える。手足の震えを、必死に抑えこむ努力をした。大きく息をした。「ああ、はあ、ええ、うん、戦わなきゃ、あいつと、黙って殺されるより、ええ、戦うべきよね、村崎組だったらそうよね?」
「敵と戦うアンナのことは好きよ、とっても素敵、格好いいわ、でも、死なないでよ、死なないでね、怖がってない? 本当に、いけるの?」
「ちょっと、自信ないな、ビビってるよ、まだ、私のアンナはアンナじゃないみたい、でも、アンナにならなきゃ今は仕方がないから、アンナにならなきゃ」
「バカ、」シキは優しくミヤコを睨む。「こういうときはどんなに怖くても怖くないって言うんだよ、それで黙ってキスをすればいいんだよ」
ミヤコはシキを腰を抱いたまま、通路を左に折れる。
人の往来が少ない横に狭い通路に入り、壁からせり出す円柱の陰にシキを誘い、黙って唇を重ねた。
唇を重ねたまま、一度回転して、再び通路に沿って進む。
通路の先は明方ターゲット・ビルの地下のレストラン街。
その手前にエスカレータがあって、こちらの方から見ると、上りと下りでクロスしてる。
ミヤコとシキはエスカレータに乗る。
一人の幅の細いエスカレータ。
エスカレータの上を走る。
一階には、レコード・ショップと占いの館とスターバックス・コーヒーがある。
二階へのエスカレータにはシャッタ。
二階から上のフロアはホテルになっていて、そのホテルはずっと前に潰れてしまっていた。二階から二十九階の全フロアがずっと暗い世界だ。
シキは鞄からチューインガム爆薬を取り出し、シャッタに貼り付け、首尾よく爆破した。
巨大な炸裂音。
立ち込める煙。
遠くから人のざわめきが聞こえる。
シャッタの下方部に巨大な円形が作られた。
シキを先にシャッタの向こう側に潜らせた。
「うわー、ちょっと、ちょっと、何してるの?」
幼さの残る声に振り向けば、小さな光の魔女がすぐそこに立っていた。「爆破したの、どうして?」
光の魔女の丸い目に。
体が一瞬動かなくなった。
後ろに蹌踉めく。
必死で前を見続けた。
ミヤコは笑う。
笑って、言う。
まだ繋がない。
ギアは繋がない。
「ねぇ、鬼ごっこをしましょう?」
「え?」小さな光の魔女は首を傾げる。「鬼ごっこ?」
「あなた、名前は?」
「オリコト、千場オリコト」
「オリコト、じゃあ、十秒経ったら、追いかけるんだよ」
ミヤコは光の魔女の額を触って、撫でた。「だって、あなたは、私に、村崎組のアンナに会いに来たんだよね」
「う、うん、分かった、」小さな光の魔女は煌めいて、小さく風を起こして、その黄金に煌めく髪の毛を揺らして、大きく、無垢に、笑顔で頷いた。「十秒数えたら、殺しにいくねっ」
小さくても。
やっぱり魔女だ。




