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アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない  作者: 枕木悠
第二章 ティンクル・グリーン・ジェイダイト
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第二章⑦

「さ、今日も練習だぁ!」

 放課後、ヨウコは素敵なスマイルでシキとミヤコの手を取って、音楽の練習スタジオ、明方第二ビルの『ピュア・クラウン』に引っ張っていった。

 練習する曲はもちろん、『ビューティフル・ブルーマ』。

 まず三人で通して演奏しよう、という話になった。が、それはまだ無理だった。

 シキのドラムは半日程の練習で信じられなくらい上達していた、ということはなくて、まだまだ下手くそだった。サビに入る前で微妙に乱れて、終わる頃にはダイナマイトが破裂したみたいに無茶苦茶になった。ヨウコは厳しく叱責する。「この前はちゃんと出来るようになったのに、何で今出来ないの!?」

「うるちゃい!」シキは吠えた。

 シキがドラムの天才じゃなくて、ちょっと残念な反面、シキも普通の女の子なんだなと思ってミヤコは安心していた。シキ本人はヨウコに叱責されて、ヒステリックを鋭意充電中という感じだった。あまりミヤコに見せない表情でヨウコを睨んでいる。

 途中、練習を中断し、皆で宿題を始めた。天才少女シキのおかげで、宿題はサクサク進んだ。ミヤコとヨウコは何も考えてない。ただ手を動かしていただけだ。シキはこれみよがしに、ヨウコの数宇の出来なさ加減を叱責する。ヨウコは無茶苦茶な言葉で言い返している。その応酬から徐々に刺が抜かれていくのがミヤコには分かった。この傾向はミヤコが二人とも嫁にする上で大事なことの一つである。

 さて、その練習からの帰り道。

 明方市は夜の七時。

 明方市駅から北に伸びるメインストリートを、三人は歩いていた。

 駐車禁止の交差点近くに停まる屋根のないメタリック・ブルーのポルシェが視界に入り、その助手席から、白いブラウスに、ベージュのチノパンという、なんだか地味な姿のスイコを見つけて。

 ミヤコは安心した。

 光の魔女に抱いた感情。

 恐怖と呼ぶべき、感情は。

 ずっと心臓の奥の方を漂っていて。

 消えなかった。

 一日中。

 消えなくて。

 消えるどころか、膨らむ一方で。

 ミヤコはずっとビビっていた。

 急にあの魔女が姿を現すんじゃないかってビビっていた。

 その感情はどうにも出来なかった。

 振り払えなかった。

 何度も振り払おうとしたけれど。

 無理だった。

 何もかもが今日一日ずっと。

 上の空だった。

 空は晴天だったのに。

 心は曇り空。

 色がない。

 全ては恐怖という色に塗り潰されてしまっていた。

 何もかもが鮮明に見えなくなる。

 そして遠ざかる。

 遠くに行ってしまった。

 遠い。

 今まで近かったはずの、煌めく自分が遠い。

 もう戻れないと思ってしまうほどの。

 距離。

 いや。

 もう。

 本当に。

 戻れないかもしれないな。

「ミャコちゃん?」ヨウコがミヤコの顔を覗き込み言う。「どうしたの?」

「……ううん、」ミヤコは遅れて反応して、首を横に振った。「何でもない、何でも」

「そう、でも、学校でも、なんか、ぼぅっとしてたっていうか」

「ぼうっとしてるのは、いつものことよ、」ミヤコは無理に笑う。「いつも哲学的なことを考えているからね」

「いつもエロいこと考えてるもんね」ヨウコが絶品の笑顔で言う。

「こらっ」ミヤコはヨウコの頭を小突く。

「あははっ、」ヨウコは一度笑って、すぐに、まっすぐにミヤコを見た。「でも、本当に、何かあるのなら、言いなよ、私はミャコちゃんの嫁なんだからね」

 ヨウコはミヤコの頬に短いキスをした。

「ああっ!?」シキはそれを目撃して、悲鳴を上げる。帰宅途中のサラリーマンが一斉にこっちを見た。「ああっ!?」

「じゃあね、ミャコちゃん、また明日」ヨウコは手を振って、自宅の方向に自転車に乗って去っていく。

「じゃあ、私たちも帰ろうか、シキ」ミヤコはシキの手を取り、村崎邸の方角に歩き始めた。

「やっぱり納得いかない、」シキは頬を膨らませて、ぶつぶつ言ってる。「やっぱり嫁は一人に選ぶべきだと思うんだな」

「じゃあ、シキは好きな子が二人出来たらどうするの?」

「私が好きなのはミャコちゃんだけ」シキは可愛い顔を作って言う。

「……ちょっと、グッと来たかも」ミヤコは唇を湿らせた。

「やったぁ、」さらに甘い声でシキは軽くジャンプした。「帰ったら、一緒にお風呂入ろうねぇ」

「ああ、そうだ、」ミヤコは気付いく。「ナルミさんのポルシェに乗せていってもらおう?」

「おお、そうだね」シキは手の平を合わせて頷いた。

 ミヤコはナルミのポルシェを道路沿いに探した。

 すぐに見つかり、そっちに片手を上げた。

 運転席のナルミもミヤコに応じて片手を軽く上げた。

 そのとき。

 シキがミヤコの袖を引っ張った。

 腕を絡めてきた。

「ん?」ミヤコはシキを見る。「シキ、どうしたの?」

「……ミャコちゃん、」シキは駅に向かうサラリーマンの行軍の背中を見ながら、そちらの方にゆっくりと指を持ち上げた。「アンナのことを襲った光の魔女って、あの娘?」

 シキの指が狙う方向に、ミヤコは視線を向けた。

 心臓が急に煩くなった。

 いないでくれと願った。

 サラリーマンの行軍の中。

 一人。

 こちらに向かって歩いてくる。

 光の魔女、一人。

「違う、違う、あいつじゃない、あの魔女じゃない」

 彼女じゃなかった。

 彼女じゃない。

 彼女は、昨日のあいつより、ずっと小さい。

 シキよりも背は小さいのではないだろうか。

 メグミコやスズと同い年ぐらいだろう。

 でも。

 似ている。

 髪の色。

 その煌めき。

 目元も。

 そこにある瞳が、ミヤコの姿を映して。

 魔女は笑う。

 全身が震えた。

「シキ、逃げよう、」シキの手を強く掴んだ。「逃げなくちゃ、私は」


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