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アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない  作者: 枕木悠
第二章 ティンクル・グリーン・ジェイダイト
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第二章⑥

正午過ぎ、スイコは目を覚ました。シャワーを浴びてアンナが作った朝食を食べた。すっかり冷めていたがおいしかった。村崎邸は静かだった。中庭に誰かが水を巻いている音だけがしている。スイコは自室に戻り、軽く化粧をして、口紅を引き、着替えた。白いブラウスに、ベージュのチノパン。鏡を見れば、まるで学校の先生のような地味なスイコがそこにいた。群青色の髪の毛を後ろで纏め、箒を持って、縁側に出る。

「おはようございます、」縁側の雑巾掛をしていた北村がスイコを見上げ言った。「スイコさん、どうしたんです? 今日はちょっと、なんていうか、派手じゃありませんね」

「北村君こそ、仕事は?」午後の眩しい日差しを見上げ、スイコは北村に言う。「今日は月曜日よね?」

「月曜日が僕の休みなんです、」北村は雑巾をバケツに投げて縁側に座って言う。「正しくは、第二月曜日、ですけれど、へへっ」

「仕事辞めたら?」スイコは適当にアドバイスする。「村崎組に正式に就職すればいいじゃない」

「そうですねぇ、」北村は気の抜けたような返事をする。「スイコさんもそう言ってくれるし、そうしようかな」

「あら、私の意見に左右されるの?」

「あははっ、」北村は笑って自分の後頭部をさすった。「そうですね、自分で決めなきゃいけませんよね」

「別にそういうことを言ったわけじゃないんだけどな、」スイコは北村の隣に腰を降ろした。「ああ、北村君ってさ、ハッキングとか、そういう、コンピュータを使った悪いこと出来るの?」

「え、なんですか?」北村はスイコの横顔をマジマジと見ていた。「いきなり」

「出来るの?」スイコはアニメ声で言う。「出来ないの?」

「やろうと、思えば、ははっ、出来ます、けど、」北村はぎこちなく笑っている。「え、やるんですか?」

「君は道徳があって、悪に手を染めることを許せない、潔癖症君かい? そうなのかい?」

「いや、その、スイコさん、何を考えているんですか?」

「私、そういうダサい男、」スイコはアニメ声のまま、北村の耳元で言う。「だいっきらーい」

「えっと、やります」北村は頷いた。

「ホント、マジ?」スイコは北村を抱き締めた。「嬉しい、大好きぃ」

「えっと、僕も、ははっ、」北村の顔はピンク色だった。「大好きです」

「よし、それじゃあ、行こうか」スイコは立ち上がって言う。

「えっと、あの、だからどこに?」

 スイコは北村を箒の後ろに乗せて、明方タワー・ビルディングに向かった。スイコはその三十四階に住む、市長の娘のマアヤに用があった。明方タワー・ビルディングの正面入り口前に降り立ち、エントランスを進み、エレベータの手前、分厚いガラスの自動ドアの脇のインターフォンにマアヤの住む部屋の番号を入力する。

「はい、どちら様でしょうか?」抑揚のない声。おそらく、使用人の声だろう。

 スイコは声をおしとやかにして、マイクに言う。「お世話になっております、村崎組の雨森スイコ、と申します」

 高い位置にあるカメラがこちらを狙っていた。スイコと北村はレンズに向かって微笑む。

「村崎組の方が、何の御用ですか? こちらは何も、伺っておりませんが」

「えっと、実はお嬢様にお伝えしたいことがありまして、参上した次第です」

「それならば、後ほど電話を掛けて頂けますか?」

「いえ、直接お会いして、お話ししたい内容なのです」

「それほど大事なことでしたら、文書に纏めて、市長の認可を得て下さい、本日はお引取りを、それでは、失礼いたします」

「……あ、あのっ」

 使用人はインターフォンの受話器を置いたようだ。スイコは盛大に舌打ちして、咳払いをする。おしとやかな声を出して、ちょっと声帯がおかしくなっている。「……まあ、ここまでは予想通りね、」スイコはエントランスに誰もいないことを確認して、後ろの北村を見る。「じゃあ、北村君、お願いね」

 スイコは群青色の髪を煌めかせた。

 監視カメラが水球に包まれ、ショート。

 防水はされているようだが、スイコの水の前で意味はない。

 北村は鞄からノートパソコンと、様々な工具を取り出して、作業を始める。

 何度か、インターフォンから火花が散った。

 すぐに自動ドアが開く。

 北村は手際よく広げた工具を纏め、鞄に仕舞う。

 スイコと北村はエレベータに乗り込み、三十四階のボタンを押した。

「手際がいいのね」スイコは褒めた。

「いや、村崎組にいるんだから、こんなこともあると思って、」北村は興奮しているようだ。「いや、思っていただけですよ、でも、こんなときのためにと思ってプログラムを編んでいたのは、無駄じゃなかったみたいです」

 三十四階に着き、扉が開く。

 左右に伸びる通路を挟んだ向かいのたった一つの扉が、マアヤが住む三四〇一号室の扉だ。

 北村がすぐに作業に取り掛かる。いびつな形をした工具を鍵穴に突っ込んだ。

 スイコは目を瞑り部屋の水道の位置を探り。

 破裂させた。

 おそらくキッチンの蛇口が弾け飛んだことだろう。使用人はキッチンで慌てるはずだ。

 北村は鍵を開けた。

 中に入る。

 マンションにしては広い玄関ホール。

 勢い良く溢れる水の音が通路の横の部屋から聞こえる。

 とにかく通路を真っ直ぐ進んだ。

 突き当りの扉を横にスライドさせる。

 スイコと北村は、アトリエ、と呼ぶに相応しい、天井が高くなったフロアに足を踏み入れた。

 市長の娘のマアヤはアトリエの中央に裸足で立ち。

 色のついた筆を持ち。

 キャンバスに向かっていた。

 彼女はゆっくりと首だけこちらに向けてスイコを見る。

 緑色の長い髪の毛と、翡翠のピアスが揺れて煌めいている。「……魔女?」

「ええ、魔女よ」スイコはニッコリと微笑んだ。

「魔女が私になんの用?」首だけこっちに向けた姿勢そのままに、マアヤは言う。

「あなた、」スイコは歯切れよく言った。「魔女になりたくはない?」


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