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アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない  作者: 枕木悠
第二章 ティンクル・グリーン・ジェイダイト
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第二章④

 翌日、月曜日、早朝。

 阿倍野ミヤコは紫色のメイド服に身を包み、村崎邸のキッチンに立ち、朝食の準備をした。アパートの台所に比べたら、かなり広い。これだけ広いと、やる気が出る、というものだ。巨大な冷蔵庫の中身にはきちんと朝食の定番を作れる材料があった。ジャスティーンこと、尾野マリコ女史は、意外にもしっかりとメイドの仕事をこなしていたようだ。シキもアンナと同じ格好をして手伝ってくれた。シキにメイド服はとてもよく似合っていた。シキはなんとなく予測していたことだったけれど、料理をするのが初めてで、もちろん下手くそだった。

「こんなはずじゃなかったのにな」シキは何度も言っていた。

 ダイニングのテーブルに八人分の朝食を並べた。男たちは誰一人、起きてこない。スイコもまだ眠っているのだろう。ミヤコが目を覚ますまでスイコは起きていたみたいだ。昨夜、スイコは言っていた。「ボディガードを頼んだから」

 朝食を済ませ、制服に着替えて、ミヤコとシキは村崎邸を出た。門の向かいの駐車禁止のエリアにメタリック・ブルーのポルシェが堂々と停まっていた。屋根がない。オープンカーだ。運転席に座る、群青色のショート・ヘアの女性が、ロックンロール・スターが掛けるようなサングラスを外し、ミヤコに向かって片手を振った。「おーい、君たち、待って、学校まで送るよ」

 どうやらボディ・ガードとは、キリリとした眉が素敵な、水の魔女らしい。

 助手席にミヤコ、後部座席にシキを乗せ、水の魔女はアクセルを踏んだ。

 その特徴的なエンジン音は、やっぱりダイハツのミゼットとは違っていた。

「学校はどっち? この辺の地理は全く意味不明だから、案内してくれる?」

「えっと、二つ先の信号を左です」

「うん、二つ先の信号を左ね、」水の魔女は、なんていうか、溌溂、という単語がピッタリな人だった。黒いTシャツに、細身のジーパンに、アディダスのスニーカ。ちょっと、今までに出会ったことのない、水の魔女だ。「ああ、私は鳴滝ナルミ、スイコとは水上女子で同級生だった、ああ、それから、」ナルミはジーパンのポケットから取り出してミヤコに見せた。「警察官よ」

 それにはちょっと、驚いた。「警察が私のボディガードをしてくれるんですか?」

「まあ、特例だしね」

「特例、ですか?」

「うん、特例」

 すぐにポルシェは学校の前に着いた。正門の前に二人を降ろして、ナルミはミヤコの手を握って言う。「安心して、ずっとここにいるから」

「ありがとうございます、でも、ずっとここはちょっと」ミヤコは周囲を見回しながら言った。オープンカーのポルシェはかなり目立っていた。

「そうね、」ナルミはニッコリと微笑み言った。「ちょっと、考えるわ」

 ミヤコとシキは正門を潜り、昇降口に入った。下駄箱の前で愛川ヨウコが上履きの爪先で地面を叩いていた。ヨウコは二人の姿を見つけて、表情を変えた。「ああ、シキちゃんってば、ミャコちゃんと一緒に登校するなんて狡いっ!」

「狡くないもんっ、」シキはミヤコの腕に自分の腕を絡ませて言う。「ただ偶然、一緒になっちゃっただけだもん」

「嘘だ、絶対嘘だ、絶対にミャコちゃんが来るのを隠れて待ってたんだ、」ヨウコは悔しそうに声を荒げる。「気持ち悪がられると思って、私は一度もそんなことしたことないのにぃ!」

 ヨウコはミヤコにあった色々なことを知らない。高校生としての普通の会話がちょっとミヤコには嬉しかった。普通の世界にミヤコは惹かれているみたいだ。

 やっぱりまだ。

 おかしい。

 変だ。

「お前ら、さっさと席に着け、バカ野郎っ、もうホームルームの時間だって言ってんだろっ!」

 教室で聞く担任の吉永の罵声が、何故かとてつもなく優しい声に聞こえた。その気持がミヤコの表情に出ていたのだろう。

「阿倍野、どうした?」吉永はミヤコの顔を覗き込んで言った。「やっぱり、悩み事とか、あるんじゃないか?」


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