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プレリュード

枕木ハルカの魔女シリーズ、新プロジェクト!!

アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア(中立を許せない少女たちの歯車)

ウォッシング・マシン・ガールズから八年後。

ヴェルベット・ギャラクシィ・ブランケットの五年前の魔女の世界。


楽しい物語の始まりだっ!!

 世界の掟。

 世界に果てしなく、どうしようもなく、いやおうもなく。

 存在し続ける法則。

 定理。

 概念。

 私。

 それは私。

 あるいは私。

 私に縛られ続ける、私。

 今日は曇り空だけと。

 観測するほどの変化も生じない、私。

 雲よりもきっと、私の変化は微小。

 その意味さえ。

 私の個体。

 そこに流れるものの意味。

 血の意味。

 血を通わせる意味。

 呼吸の熱。

 無限に続く酸化。

 足を上手く動かすことによって、私が前に進むことは。

 歩くことは。

 考えながら歩くことは。

 世界の掟によって縛られているから、知らなくても出来る事。

 全てが掟に従って、動かされる。

 黙っていても、世界は流れる。

 私の血もそれに連動する。

 してしまう。

 だから私は。

 静かに流れる私がいる世界に対して。

 私は祈るほどのことでもない、思いを抱く。

 別の。

 あるいは夢の。

 世界が存在すればいいのに。

 私という個体で、別の世界を感じられればいいのにと。

 強く。

 思いを抱く。

 世界を構築する、世界の掟。

 それらが紡ぐ、糸に縛られ。

 果たして何人の少女が涙を落としたことだろう。

 優雅に空を飛ぶ魔女。

 少女は魔女が飛ぶ、空を見上げる。

 シーソに跨り、少女は地面に近い位置で空を見上げ、世界を恨んだ。

 どんな掟か。

 どんな法則か。

 それによって成り立ち、支配される世界とは一体。

 この世界とは、一体。

 何なのか。

 理解を経ずに掟を受け入れることには時間がかかるもの。

 誰だって。

 そうでしょ?

「慎重に進めよ」隣で歩く藤井が小さく言う。

「誰に言っているわけ?」私は藤井の前に進み出て、振り返って聞く。

「村崎組の、」藤井は立ち止まって答える。「アンナに」

 特殊武装集団、村崎組。

 私たちは村崎組の人間だ。

 村崎組は西日本を中心に活動する、特別な武器を保有し、様々なことをする、一般的でない、特別な組織だ。

 その本部は滋賀県の明方市にある。

 私はその明方市の産まれで、もしこの街で産まれていなかったら、私は村崎組の人間には、きっとならなかった。

 私が魔女に開花しなかったというのも、村崎組の人間になった理由の一つ。

 私は魔女になれなかったけれど。

 魔女みたいに生きたかったんだ。

 彼らが行う特別な仕事。

 その一つ一つが魔女に近い所業に思えたのだ。

 産まれた時から村崎組のことは知っていた。母からは彼らが住まう屋敷には近づいてはいけないと言われていた。彼らは世間に恐れられる存在だった。社会のルールの中にいないもの。別のルールに従うもの。それはとても、魔女だ。

 古くなってその色を深紅にした、小さなランドセルを背負った私にはそんな彼らが、とても特別に、見えたんだ。

 魅力的に煌めいていた。

 未来に吹く風。

 それを、頬に感じた。

 気付けば、村崎邸の門を叩いていた。

 それからもう、四年。

 私は十五歳になった。

 十五歳の春。

 明方南高校のセーラ服に袖を通すことに慣れた、五月。

 その金曜日。

 またとない、五月の金曜日。

 天気、快晴の後、曇り空。

 その放課後を待たずに私は。

 帰りのホームルームの司会を隣の席のヨウコに任せ。

 魔女みたいにヒステリックな担任の吉永の怒鳴り声から逃げた。

 黄色い自転車を漕ぎ。

 村崎邸を経由。

 セーラ服の上から黒いローブを纏った。

 魔法工学研究の成果である、特別な武器を籠に乗せて、ペダルを踏み込む。

 途中。

「ああ、ちょっと、止まって、君だよ、黒い服を来た不審者!」髪が女みたいに長くて、蒼くて、交番勤務の気の弱そうな新人警官に呼び止められる。

「私?」私はブレーキを握り、振り返った。

「籠の中のそれ、何?」

「ガトリングガンよっ」愛に溢れたウインクをプレゼント。

「ガトリングガン?」警官は口を開けたまま、交番前にあるシルバの自転車に乗ろうか乗るまいか考えているようだ。

 迷っているようだった。「……本物?」

 そんなつまらないことを聞く彼に、私は笑顔とピースサインのプレゼント。「ピース!」

「ええ!?」

 警察官の追跡を、躍動感溢れる立ち漕ぎで振り切った。

 そして、

 私は今、ここにいる。

 明方市駅北口のロータリーを通過して、北西へ。

 明方ロフトの背の高い円筒形のビルを中心とした雑居ビル群の中にある小さな博物館に。

 ミノリ・ミュージアムに、私たちはいる。

 ドーム状の三階建ての建物の中は暗く、静か。

 私たちの足音だけが響いていた。

 吹き抜けの玄関ホールの中心には、老朽化して天井から落下したシャンデリアがそのままにされている。

 誰も片付けるものがいない。

 ミノリ・ミュージアムが閉鎖されたのは比較的最近で、私からすればずっと昔のこと。

 ずっとここを管理する人間がいないから、ずっとここは廃墟になった。

 ここではかつて、ミノリ、という人が収集していた、多くの美術品が展示されていたのだという。

 その中には学術的価値の高い作品もあり、ここにも賑やかで雅な全盛があったのだという。

 しかし、ミノリ、という人の死とともに、ミュージアムは閉鎖。

 展示品は様々なルートを通って世界中に散らばった。

 競売など、公平なルールを経て移動した作品もあれば、盗難にあったものもある。

 唯一残されたものは、三階へ階段を上がり、右手に見える柱の裏に隠れるように飾られた、ミノリの肖像画。

 以上、ミノリ・ミュージアムの簡単な解説は藤井が話してくれたこと。

 細かい年齢までは知らないけれど、おそらく藤井は三十代後半。

 古い時代のことをよく知っている。

 藤井が懐中電灯で肖像画を照らした。

 浮かび上がる、ミノリの顔。

 彼女の瞳と目が合う。

 心臓が震えた。

「驚いたな、」藤井がじっとミノリの顔を見つめながら言う。「可愛い人だったんだな」

「げぇ、」私は藤井の横顔を見て言う。「趣味悪いんじゃないの?」

 ミノリの肖像画は、ダヴィンチのなんとかっていう肖像画みたいで、少し不気味だった。確かに藤井の言う通り、その造形は可愛いに分類されるものだと思うけれど。

「わっ、何すんのよっ、眩しいっ」

 藤井が私の顔を照らして言う。「少なくともお前よりは可愛い」

「べぇ!」私は藤井に向かって舌を出した。

 その瞬間。

 盛大にガラスが割れる。

 その音に視線を動かす。

 ドームの円周上に配置された、三階のガラスは一度に割れた。

 一つの風に揺さぶられ。

 粉々になった。

「来たわね」

 私は気分のモードを変える。

 足元の感触を確かめる。

 きちんとローファから、底が硬くて分厚いミリタリーブーツに履き替えていた。

 ドゥーヴュレイ軍製。間違いないブランドだ。

 踏み込みの感触を確かめる。

 ステップを踏む。

 リズムを刻む。

 細かく跳ねて、あらゆる事態に対応できる柔らかさを作る。

 藤井が懐中電灯のスイッチを操作して明かりを消した。「アンナ、コレは、ヤバイ」

「そうね、前より、」私は集中しながら藤井の声に反応した。「凄い、ヤバイ」

「違う」

「何が?」

「金の話だよ」

「はあ?」

 次の瞬間。

「ハイエン!」鈴の音のように凛と響く、少女の声。

 僅かに遅れて。

 回転して迫ってくる、風。

 私はローブで全身を隠しながら叫んだ。

「ああ、もう! 余計なこと言うから!」

 ローブは反応する。

 魔法で編まれた風に反応して。

 それを反射する。

 風が私の方から正面に、再び回転して。

 走る。

「きゃあ!」近い場所から少女の悲鳴が聞こえた。

 このローブはあらゆる魔法を反射する、ローブ。

 しかし、その効果は一度きり。

 二度目はない。もうすでに、ただのローブ。

「ああ、コレだから、徳富式は!」私はローブを投げ捨てた。「なんで一回きりなのよ!」

「人生みたいだな」藤井が自分で言って、自分で笑っている。

「つまんない事言うんじゃないわよ!」

「向こうだ、」柱に隠れていた藤井が姿を見せて指差す。「向こうで煌めいた」

 指差す方向には腰くらいの高さがある、美術品の飾られていない、白い楕円形の台座。

 私はガトリングガンを構え、周囲に警戒しながら、その方向へ進む。

 周囲は静かだ。

 気配はない。

 台座の向こう側からは、ビンビン、気配を感じるが。

 私は台座に跳び乗り。

 向こう側で頭を抱えて、ブルブルと震える少女を見つけた。

 可愛い少女を見つけた。

 私は少女に向かってガトリングガンを構える。

 笑顔で囁く。「こんにちは、スズちゃん」

「ふえぇ」スズは顔を上げて、私を見る。彼女の瞳は涙目。

「バーン」私はトリガを引かずに言った。

「きゃあ、」スズは可愛い悲鳴を上げた。「ご、ごめんなさい、アンナさぁん」

「許してあげる、」私は台座の向こう、スズの隣に座った。スズの頭を撫で、聞く。「でも、感心しないな、もう二度と、こんなことしないって言ったよね?」

「ご、ごめんなさい、」スズはしゅんとして、小さくなる。「ごめんなさぁい」

「よしよし、」アンナは頭を強く撫でる。「スズちゃん、分かっているから、分かっているから、可哀想に、全部、お嬢と、」私はスズの小さい体を抱き寄せる。「悪魔のせいなんだよね、それで、お嬢は?」

「め、メグのこと、怒らないであげて」スズは丸く宝石みたいに輝く目で私を見る。

「うーん、それは無理、」私はスズに笑顔を見せて言う。「だって、もうキレてるんだもん」

「アンナさん、」スズは私の腕をぎゅっと抱き締めて言う。「素敵、」スズの顔はピンク色だった。「……カッコイイ」

「そうでしょ」私はスズにウインクをプレゼント。

 そして私は立ち上がり。

 がなる。

「お嬢様! お嬢! 村崎メグミコ!」声は響いた。「スズちゃんを人質に取ったぞ、こらぁ、出てこいよぉ!」

 私の声の余韻。

 すぐに応答がない。

 振り返って藤井を見ると、熱を持ったシガレロを指先で回している。

 私と視線が絡んで、首を竦めた。

 村崎組の男性は慣例により、黒いスーツ。

 黒いネクタイ。

 それはまるで不幸なセレモニィの参列者。

 白い煙を吐き、藤井は懐から何かを取り出して、私に向かって投げた。

 私はそれを片手でキャッチした。

「ラジオ?」それは小さなポータブル・ラジオだった。

「アンテナを伸ばして」

「アンテナ?」私は藤井に言われたようにアンテナを伸ばした。アンテナは一メートル以上伸びた。「何これ?」

「スイッチを入れて、」藤井はシガレロをこちらに向ける。「天橋立から送られてきた、最新兵器、そして最終兵器」

「シキちゃんの最新兵器?」私はラジオを顔の横に持ち上げて、カチッとスイッチを押した。「最終兵器?」

 別に何も起こらない。

 チューニングを弄ってみる。

 ラジオを頭の上に持ち上げて、一回転。「……コレ、壊れてるんじゃない?」

 その時。

「ライトニング・ボルト!」

 メグミコの発声。

 それは、ガラスがあった、向こう側から聞こえた。

 フロアにはいなかったのだ。

 外にいる。

 振り返る。

 煌めく紫陽花色。

 箒に跨り、空を浮遊しているメグミコを確認した。

 殴りたくなるほど無邪気な表情。

 可愛らしい笑顔。

 ああ、なんて。

 憎たらしいのだろう。

 彼女が編んだ魔法。

 稲妻。

 ライトニング・ボルトが、ストレートに私に向かって来る。

 すでに来ていた。

 反応は完全に遅れていた。

 目を瞑り。

 歯を食いしばった。

 それはライトニング・ボルトの痛みを知っているから。

 メグミコが魔女に開花したのは去年の十一月のバースデイ。

 魔法を編むことを覚えた時からメグミコは、今までの恨みを晴らすかのように。

 私を痺れさせ続けていた。

 だから今も。

 その痛みを覚悟した。

 しかし。

 来ない。

 来なかった。

 瞼を貫く強い紫電はハッキリと、感じたのに。

 でも。

 来ない。

 目を開ける。

 そのタイミングで聞こえた。

『……臨時ニュースです』

 ラジオの音声。

「最終兵器だって言っただろ?」いつの間にか近くにいた藤井がラジオを私の手から奪いチューニングを合わせている。アンテナは空に浮かぶメグミコに向けられている。「シキに頼んでおいたんだ、お嬢に有効な特別な兵器、雷をバッテリに変換する」

「……一度きりじゃないでしょうね?」

「冲方式だ、大丈夫、」そして藤井は私に囁くように言う。「でも、充電が満タンだと吸えないのが欠点、お嬢のライトニング・ボルトなら、一回と四分の一で、満タン」

「……実質、一回じゃない、」私も小さく言って笑った。「でも、それを知らなければ」

 ラジオがロックンロールを拾う。

「お嬢、」藤井は声を張り、メグミコに言う。「今の見てましたか? 今日は僕達の勝ちですよ」

 メグミコは悔しそうな表情でこっちを見ていた。「そ、そんなのズルいよぉ! 卑怯だよぉ! あんまりだよぉ!」

「どの口が言うのよ! ほら、お嬢、早くこっちに来て謝りなさい!」私はメグミコを指を動かして招いた。「ほら、十秒以内!」

 メグミコはぶすっと頬を膨らませて、私を睨んだ。

 なかなかこっちに飛んでこない。

 私は苛々しながら。

 別のことを考えている。

 悪魔のことを考えている。

 群青色の髪の魔女、雨森スイコ。

 メグミコの魔法の教育のために、メグミコの母が村崎邸に連れてきた魔女だ。

 大坂の水上大学出身の、とても優秀な魔女。笑顔が素敵な魔女。

 彼女が私の近くに来たのは、運命だと思っている。

 世界の掟の綻びを探し続けていた私の元へ。

 魔女でないものが魔女になるための綻びを探し続けていた私の元へ。

 世界に対する私の小さな意地は。

 彼女のことは、神様とは呼べない。

 悪魔を私のもとに呼び寄せたのかもしれない。

 悪魔は笑顔で囁いた。「魔女になれるよ」

 だから私はスイコに体を売ったのだ。

「しまった!」

 藤井の声に反応。

 視線を動かす。

 彼の手が、ラジオが水に濡れている。

 ロックンロールは鳴り止んでいる。

「欠点その二、水に弱い」

 まるでアニメのキャラクタのような、コミカルでふざけた声。

 スイコの声だ。

「さすが、先生!」メグミコは嬉々とした表情で紫陽花色を煌めかせる。魔法を編んでいるのだ。「アンナ、もう一度、いっくよぉ!」

「水に弱いのかよ!」私は盛大に舌打ちして叫んだ。「ちくしょう!」

 せっかく勝ったと思ったのに。

「だめぇ!」スズだった。

 スズが私と藤井の前で両手を広げている。「メグ! もう止めようよ、アンナさんを困らせること、やっちゃだめだよ!」

「邪魔しないでよ、スズ!」

「どかないもん!」

「なんで!?」

「なんでも!」

「もう!」メグミコの髪が煌めき空気中に細かな紫電が生じる。「どかなかったら別れるよ!」

 メグミコとスズ。二人は幼馴染で、私が認知しているところによると、ただの友達だったのだが、いつの間にか恋人同士に進化していたようだ。

 スズは涙目で振り返り、私のことを見て、何かを決心した目をして、再びメグミコに視線をやった。「……い、いいもん!」

「え?」メグミコは目を丸くする。「スズ、何言ってるの?」

「いいもん、別れる、別れて、わ、私、アンナさんの恋人になる、」スズは私の腕を引っ張って、もぎゅっと私に密着した。「わがままなメグよりも、格好良くって、素敵なアンナさんの恋人になるもん!」

「な、何言ってるのよ!?」メグミコは動揺していた。「あ、スズが、アンナの恋人になるなんて、」

「あり得ない、って思う?」私は少し愉快な気分で、両腕を使ってスズをもぎゅっと抱き締める。「別に私は構わないわよ、」そしてスズに顔を近づける。「可愛いスズちゃんからキスしてくれたら私、真剣に考えちゃうかもね」

「ふぇ!?」スズは顔をピンク色にして、きっと私とのキスを考えている。一度目を伏せ、潤む瞳に私の顔を映して、スズは唇を湿らせた。「……き、キスして、いいんですかぁ?」

「いいよ、」私は口元に指を当てて言う。「キスしても」

 スズは一瞬迷う目をしたが。

 すぐに瞳を閉じた。

 ああ、この娘。

 本当に、私のこと、好きみたい。

 少し嬉しくなった。

「駄目ぇ!?」

 稲妻の割れる音。

 メグミコが大きく口を開けて叫んで、こちらに凄いスピードで飛んできた。

 そしてスズをギュッとして、私から距離を取る。「駄目、駄目、駄目、ぜったーいだめぇ! スズは私の恋人なのぉ!」

「だったら別れるって言うんじゃないの!」

 私はメグミコに負けず劣らず、大きく口を開けて叫んだ。

 私が近くで怒るとメグミコは涙目になった。「い、言われなくても分かってるもん!」

「分かってない!」私は腰を手に当てがなる。

「分かってる!」メグミコは拳をギュッと握って否定する。

 全く、ずっと甘やかして育てたから、こんな風になってしまったんだ。

 子犬のように煩いメグミコに溜息を付き。

 ふと、隣のスズを見れば、凄く、大人びた表情で、自分の口元に指を当て、私のことを見ていた。

 正確には、私の唇だろうか。

 私の視線に気づくと、すぐにスズは表情を変えたが、なんだか、残念そう。

 私はスズの頭を優しく撫で。

 キャンキャンと煩いメグミコの頭を乱暴に撫でた。

 手が少しビリっと痺れたから、優しい拳を一発、メグミコの脳天に、お見舞い。

「はうぅ、」メグミコは頭を大げさに押さえ、蹲った。「陥没したよぉ」

 そして聞こえる。

「全く、二人とも、」どこからともなく響く、アニメ声。「いけませんよ、魔女でもない女子高生相手に、こんな様じゃあ、未来が不安です、せめて女子高生の最高くらい、見せてもらわなきゃねっ」

 私は踵を軸にして、回転。

 二百七十度回転したところで、停止。

 粉々に砕けずに残ったガラスに映る、スイコの姿を確認。

 即座に振り返って、ガトリングガンのトリガを引く。

 弾けたのは、鏡に映るスイコの姿だった。

 どんな魔法を編んだのか。

 いつの間にか、スイコは私の背中、台座に座り、タブレットを弄っていた。「最高を見せてくれるよね?」

「最初からそのつもりだったんでしょ?」私はピースサインを作る。タブレットの裏のレンズが私を狙っていたからだ。「ピース!」

 スイコは私のまたとない今をデータにして、魔法を編む。

「イキシデイグレッション」

 スイコの発声とともに、ガトリングガンから炎が上がった。

 鈍い炎。

 凄まじい速度で、金属が酸化しているのだ。

 こんな魔法。

 スイコに会うまで、見たことなかった。

 私はガトリングガンを手放す。

「さあ、見てなさい、二人とも、」スイコは言いながら台座の上に立ち、そしてフワリと跳躍して、私から距離を置き、こちらを向く。二人の間を阻むものは、何もない。「コレが魔女の戦いよ」

「後悔させてやる」

 私はスイコを睨み、大きく息を吸って、がなった。

「いけるかよおおおおお!」

 私は左足を前に踏み込んだ。

 左足のコンクリートの床が深く沈んだ。

 陥没により、姿勢は前傾に。

 スイコが私に刻んだ模様が、紅く発光。

 それは服を透過するほど、強い光。

 それは世界の綻びを、呼び寄せる。

 床を突き破り、私の体のちょうど軸に、巨大なレバーが出現する。

 垂直な状態で。

 つまり、ニュートラル。

 私はレバーを両手で掴み。

「おらぁあああああああああああぁ」

 叫びながら、前に倒す。

 押し倒す。

 強引に押し込む。

 ギアをハイに繋ぐ。

 繋がった。

 瞬間。

 私の髪の色が深紅に染まる。

 魔女になる。

 私は今、

 魔女モード。

 時間は三分とちょっと。

 その間私は、世界の掟から。

 離脱しているのだ。

 スイコが魔法で編んだ、迫る巨大な水球を。

 私は私の巨大な炎で蒸発させた。

 水蒸気に包まれる。

 視界が白い。

 スイコの水はずっと私を襲い続けた。

 私は三分とちょっとの時間、紅蓮の炎を編み続けた。

 紅蓮とは。

 いい響きだ。

 気付くと私は仰向けに倒れていた。

 そんな私を、藤井とメグミコとスズと、そしてスイコが覗き込んでいる。

「はい、チーズ、」スイコがタブレットを操作して、きっと信じられないほど不細工な私の顔をデータにした。ピースを作る気力もない。「さてさて、今の気分は?」

 想像していた力は。

 想像よりもずっと。

 最高だった。

 でもね。

 ニュートラルに戻った時が。

「最低」なんだ。

 その最低さ加減は。

 許せないほど。

 もう体中が、精神さえも、最低になるんだ。

 私は仰向けのまま、ガトリングガンを手にし、スイコを狙った。

 トリガを引く。「……ば~ん」

 しかし。

 ガトリングガンが回らない。

「んふふ、」スイコはタブレットを胸に抱き、笑った。「残念でした」

 再びトリガを引くが。

 ガトリングガンが回らない。

 錆び付いていて、回らないのだ。

「さあ、メグ、スズ、帰りましょう」

 私を最高で最悪にした悪魔は暗くなり始めた空に消える。

「吸うか?」

 藤井が差し出したシガレロを私は咥えた。

 先端が火に紅く燃えた。

 私は吸う。

 思いっきり咳き込んだ。

 なんだか笑えてきた。私は叫んだ。

彼女の中に見出す使命。

 武器に見つける、我が煌めき。

 それが行き場のない私のエネルギアの噴射の出口ならば。

 私はいくらでもコントレイルを作ろう。

 ロケッタよりも。

 巨大に煙る。

 しるしを。

 私は、果たして。

 示せるか。


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